第二百二十九話 齟齬
よくよく考えてみたら・・・
ただの女子校生が、異世界に転移させられているなどと考える方が愚かなことだったのだろう。
もちろん、誰がそんなシナリオを作っているのかも分からないのだから、
あくまでランダムであるとか、何かの偶然で選ばれた・・・
という可能性も消えてはいないのだが、
少なくとも「この私が」転移させられている時点で、同様に選ばれた麻衣さんが只者の筈もない。
そう考える方が自然とすべきだろう。
もちろん、その巨大な魔力や感知能力のことを差し引いていてもだ。
ああ、誤解しないで欲しいが、
別に麻衣さん本人を悪人であるとか、私たちの敵になるとかそういう意味合いの疑いではない。
それこそ私たちの運命に何らかのかかわりや、影響を与える事が出来る存在と思うべきなのだ。
「麻衣さん・・・君はどこで私の母と出会ったのか、教えてもらってもいいかな・・・。」
まずは純粋に好奇心から問いかける。
・・・いったいどんな繋がりがあるのか・・・。
ところが麻衣さんの反応は私の予想を思いっきり外してくれたようだ。
「はい?」
麻衣さんの頭が斜めに傾く。
・・・何言ってるんだろう、この人、とでも主張するかのように。
「え、あ、いや、君は私の母と知り合いなんだろう?
『マーゴお姉さん』と呼びかけるように・・・。」
「あ、は、はい、マーゴお姉さんという人は確かにあたしの知り合いですよ?
と言っても一昼夜、ともにある邪悪な魔法使いを倒すのに協力し合ったというか・・・。」
なにそれ!
そんな話は聞いたことないぞ?
母からは若い頃の冒険譚をよく聞かされていたが、
少なくともそんな話は記憶にないな。
「あ、それは興味深い話だね、
うん、その時の話を聞きたいと言ったつもりなんだけど・・・。」
「え・・・あの、そ、それでどうしてカラドックさんのお母さんの話になるんですか?」
あ!
そうか、麻衣さんはフェイ・マーガレット・ペンドラゴンが私の母親だと知らないのか。
これはうっかりだ。
「すまなかった、
先に言っておくべきだったね、
そのフェイ・マーガレット・ペンドラゴンという名の女性こそが、このカラドックの母親なんだ。
いやあ、びっくりしたよ、
この異世界に来たら、母上と同じ顔した女性が目の前にいたんだからさ。」
一度マルゴット女王に視線を投げかけた後、私は苦笑を浮かべる。
これで話は通じた筈だ。
そう思った。
ところが話が前に進まない。
麻衣さんの額には深い皴が刻まれた。
「・・・はい!?」
「え?」
なんてことだ、
麻衣さんが可哀相なものを見るような視線を私に送ってくる。
「・・・それこそ他人の空似じゃないですか?
マーゴお姉さんて・・・あれが6年前で・・・あの時、ケンブリッジ大学出たてって言ってたから・・・
まだあの人、30才前後じゃないですか?
カラドックさんのお母さんの訳ないですよ?」
・・・なんだって。
「バ・・・バカな!?
麻衣さん、君は大学を卒業したばかりの母に出会っていたというのかい!?
じゃあ君の年齢は・・・!?」
「へ!?
いやいや、待ってください!
あたしは正真正銘の16才の女子校生ですよ!!
マーゴさんに会ったのは・・・小学生・・・10才の時です!!」
「6年前って・・・そんな。
は、母はその時、一人で・・・!?」
「え? いえ、マーゴさんのことでいいのなら、
あと背が高くて赤い髪のライラックさんて人と、
金髪の若い人でガラハッドさんて人もいましたけど・・・。」
「何だって!?
ライラックさんとガラハッドも!?」
後ろでケイジも驚いていたようだが、今はこっちの話が先だな。
「え?
そのお二人も知っているんですか?
もしかして日浦さんて日本の探偵の人も知ってます?」
「ヒウラ・・・知っている・・・、
でも、ライラックさんもヒウラさんも、
もう、ずっと前に亡くなっている・・・。
ヒウラ・・・確かヨシズミって名前だったね、
私が生まれる前の話だよ・・・。」
そこで麻衣さんが固まった・・・。
「え・・・嘘。
日浦のおじさんが・・・?」
「今、元の世界で生きているのは名前が挙がった中ではガラハッドだけだよ・・・。
でも彼も高齢になったために一線からは退いている・・・。」
「うそ・・・ですよね・・・。
あんなめちゃくちゃ強かった人たちが・・・。」
「戦争では何が起きるか分からないからね・・・、
例え個人の武力が強くてもどうにもならない時もある・・・。」
「戦争・・・? どうして・・・」
「ん?」
「うそ・・・嘘ですよ?
カラドックさん、まだ生まれてなかったって・・・
どうして自分が生まれる前の話をそんなに詳しく語れるんですか!?」
・・・それには私の事も言及しないとならないな・・・。
「・・・ライラックさんもヒウラさんも、
私の家に仕えた最高幹部の人達だ・・・。
特にライラックさんは当時、最強の三騎士の一人と呼ばれていたし、
ヒウラさんは日本で大活躍していた人物と聞いている。
そんな誉ある人たちの名前や功績くらい主君となる私が覚えていなくてどうする、って話さ・・・。」
まぁ私は正確には主君ではないけどね。
「それは・・・でもまだ納得できません!!」
「・・・麻衣さん、
実は麻衣さんと最初に互いの身の上を話していた時から、ずっと違和感があったんだ・・・。
私たちがやってきた元の世界の話をする時、特にだ・・・。
もしかして・・・君も同じことを私の話に感じていたんじゃないか?」
「あ・・・それは確かに・・・
カラドックさんの話ってあたしの知識と一致しないというか、
何かずれてるなって・・・。」
既にこの段階で、私は一つの答えに辿り着いていた。
だが、それはあまりにも信じがたい内容であったために、
すぐに口に出す事が出来なかった。
すなわち、私と麻衣さんの時代に大きなズレがある事だ。
そして私がその事を口にする事が出来ない理由はもう一つある。
恐らく麻衣さんの暮らしている時代は平和な頃の日本だ。
そして私の時代はそれから二十年か三十年は過ぎている。
母の年齢を尺度にするなら三十年以上は確実だ。
・・・その間に、
世界は破局を迎え、大勢の人間が滅びていった・・・。
それは日本も例外ではない。
・・・それを・・・その事実を、
麻衣さんに伝えるべきなのだろうか・・・。
伝えてしまっても、
問題はないのだろうか・・・。
もし・・・歴史が変わったら・・・。
「麻衣さん・・・
きみがこの世界に送られたのは・・・
何年何月だい・・・?」
この時の私の気分は、
自動車の運転で重大な事故を起こした人間が、裁判所で判決を聞くかのような気分だった。
・・・無罪など有り得ない。
そして若い女性裁判長は私に向かい、非情なる判決を下すのだった・・・。
無慈悲に・・・
ただし悪意など全くない、無垢なる宣告を・・・
「はい? い、今、その話ですか?
え、えっとですね、え? 年から?
せ、西暦二千・・・ 」
明日は休み!!
物語を書き溜めないと!!