第二百十六話 復讐と慈悲
それは「最期の時」のワンシーン。
一瞬、
そう・・・ほんの一瞬だけ、カラダが浮き上がったかのような・・・、
もしくは辺りが無重力になったかのような・・・
錯覚だ。
正確にはオレたちが伏していた地面の岩場が粉々に砕け散り、
大量の瓦礫と土塊とともに、オレたちは更なる大地の底へと真っ逆さまに落ちていく。
時間的な猶予はどれくらいか?
おそらく10秒もありはしない。
その間、大地の激突の瞬間まで、オレはリィナの身体を放さず、
この身で彼女の頭部や重要な臓器の部分を守りきればいい。
落下による地面への激突だけじゃない。
大量の土砂に生き埋めになるかもしれない。
だが、それはカラドックの精霊術で吹き飛ばしてくれるのを期待しよう。
それまで心を強く持て。
オレのカラダは自己の生命の危機に強く反応している。
体毛は全て逆立ち、手足の指先がチリチリする。
リィナの身体を放し、これから来たる衝撃から命を守れと、逃げ出そうとする衝動がオレを襲う。
しかし、この期に及んでそんな逃げ道なんか存在しない。
覚悟を決めろ。
もともと二人とも一緒に墜落したら、そのまま死体が二つ出るだけだ。
オレがリィナの身体の盾になるなら死体は一つ減る筈だ。
オレはリィナを掴む二つの手に力を込める。
オレは自分のカラダから聞こえてくる生存本能の悲鳴を全て無視した。
・・・その瞬間、不思議なことが起きた。
オレの周りの景色が真っ暗闇になったのだ。
時間が止まったかのように。
いや、真っ暗闇・・・じゃないな。
まるで世界が変わったとでもいうのか・・・
オレの目には、
何の脈絡もなく、さっきまでの状況とは全く関係のない、
別世界の風景が映っていたのだ・・・。
ただ一つだけ同じ状況があった。
崩れている?
吹き飛んでいる?
どっちなのか区別はつかない。
爆発でもあったのだろうか。
そこは民家だった。
全く見覚えのない年季の入った和風の家。
その中の部屋の一つ。
その家が何かの原因で木っ端みじんになっているまさにその瞬間だった。
オレの視界の先には、若い二人の男女がいた。
男の体格が半端なくデカい。
二人の顔つきは似ている・・・恋人同士とかじゃなく兄妹か姉弟・・・か。
時間はゆっくりとだが動き始めていた。
全てがスローモーションに。
だが、オレは目前の光景を見て、
胃の中の物を全て吐きそうになった。
女性が、この爆発の中、
まさに男をかばおうとして、オレと同じことをやって見せたのだ。
・・・おい、それじゃ、お前が・・・
そしてその予感は的中する。
天井の梁か、部屋の柱か不明だが、
その女性の背中に・・・巨大な木材が無情にも・・・突き刺さる。
華奢で柔らかなそのカラダを、
折れた木材が貫いてゆく・・・う
女性の身体がその衝撃でビクンと反り返った・・・。
どう見たって・・・致命傷だ。
助かるわけがない。
庇われた男が、ようやくその事実に気付き、
子供のように大声で泣き叫んでいる・・・
そりゃ・・・
辛いよな・・・悲しいよな。
たった一人の家族を、こんなことで失って・・・
自分の大事な人を守ることも出来ずに・・・
・・・あ?
なんだ?
オレの罪?
誰だ?
何を言っている?
これを・・・これをやったのはオレだって言うのか!?
待て、知らない・・・、
こんな記憶はオレのじゃない。
オレはこいつらなんて知らない!!
いや・・・
知らない?
知っている?
少なくとも男の方に・・・どこかで見たような・・・黒髪の
こんな・・・立ち上がったら2メートルはありそうな男なんて・・・
一人しか・・・
あいつか・・・。
オレが知っている男の・・・まさか若い頃の姿だって言うのか!?
じゃあなおさら、オレが関わっている筈ないだろう!?
オレはまだ生まれてもいない・・・
じゃあこの映像はいったい・・・
あ、女が震える手で・・・剣を?
青い光が剣に纏わりついて・・・
あ、あれはリィナの・・・奴隷の身に堕ちていても、彼女が肌身離さず持っていた一振りの剣・・・
天叢雲剣・・・?
なんでこいつらが・・・。
いや、もしこの男がオレの知っているあいつの若い頃の姿だというなら・・・
こいつらは・・・リィナの・・・
そこで現実の光景に戻った。
今のは何だ?
白昼夢でも見たのか?
だがそんなことを訝しがる余裕はない。
時間にして今の幻のような光景はほんの一瞬だったのか。
オレが完全に我に返ったのは、
リィナの悲痛な叫び声を聞いたからだ。
「ケイジィ! まだ間に合う!!
お願いだから放してよぅっ!!」
オレの脳裏に先程の若い女性の姿が浮かぶ。
・・・立派な最期だったよな、あの女の人・・・。
あの幻は、オレを勇気づけるために見せてくれたのか、
それとも、死ぬ間際にオレの罪を思い出させるためだったのか?
まぁどっちでもいい、
オレがすべきことは一つだけ・・・。
「悪いな、リィナ、
ずっと、こんな機会を待っていた・・・。
オレの罪を償える瞬間を・・・。」
おふくろ・・・アンタは死ぬ間際に、
オレに好きなように生きろって言ってくれたよな・・・。
こんな生き方しかできないオレは親不孝者かな。
でも許してくれ。
オレはこうやって、初めてオレ自身がオレを許せる事が出来るんだ。
そう、
あの奴隷商でリィナと出会って・・・
オレは自分の人生に初めて意義を見出す事が出来た。
それまで、過去の人生の記憶を持っていることが不思議でならなかった。
なぜ、おふくろの死の瞬間に全てを思い出したのか。
もっと早くに異世界の知識を思い出していたならば、
この運命を回避させる事が出来たかもしれないのに。
おふくろの命を助ける事が出来たかもしれないのに。
・・・でもそれでリィナに出会えたのなら・・・
リィナを救う事が出来るのなら報われる。
その為には、こんな命いくらでも投げ出してやる。
それが、このオレが異世界に転生した意味なのだろう。
もし、これが誰かの意志によって行われたというなら・・・
オレはそいつに最大限の感謝を
「バカ野郎!!」
リィナの泣き声がオレを現実に引き戻す。
「ぢくじょうっ!
ケイジ、お前そんなこと考えでたっていうかよっ!?
あだしを助けておきながらっ!
さ、さいしょからっ! あだしを一人にするづもりでっ
あだしを置いでっ! とっとどひとりでかっでにっ!!」
「・・・リィナ、聞いてくれ、
オレは今度こそお前を死なせたくないんだ・・・。
ずっと悔やんでいたんだ、お前を死なせてしまったことを・・・。」
オレはあの後、20年もたった一人で絶望の孤独を味わってきた。
かつての仲間の元に顔を見せることも出来ず、
オレをこんな境遇に追いやった男に復讐する事だけを考えて生きていた。
・・・そしてオレは罪を重ねてゆく・・・。
もはや償う事など決してできないような取り返しのつかない罪を。
「そっ、それを!
今度はあだしに味あわせるつもりだって言うのかよぉっ!?
バカァ! ふざけんな! 恨んでやる!
ぢくしょう! ケイジ! 絶対お前を許さないっ!!
一生恨んでやるがらなぁっ!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだぞ、リィナ。
お前はもうちょっと女っぽくしろよ?
もう地の底が見えてきた。
そろそろお別れの時間だ。
ああ、そうだ、お前はオレを許さなくていい
オレを呪い続けるがいい
だから きっと 生き延びて
リ ィ ナ 今 度 こ そ
し あ わ せ に
「ケイジのバカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
さ よ な ら り ぃ な
「虚術第四の術、『重力を喰らえ』!
ゼロ・グラビティ!!」
予告しましたよね、
虚術第四の術は初っ端に使うと。
「あたしにとってはっ・・・てことだよね?」
ちなみにタイトルの「復讐と慈悲」 とは、
ケイジの「復讐と慈悲」ではありません。
ケイジへの「復讐と慈悲」です。