第二百十五話 ケイジの願い
<視点 ケイジ>
あの執事とやらは大した格闘能力を持っていた。
魔闘法とやらで能力の底上げを行ってはいたそうだが、
それでも恐らくこのオレと1対1で戦って互角、といったところだろうか?
だが生憎オレは一人じゃない。
こっちにはリィナもいるし、後ろには頼りになる術士が3人もいる。
まともに戦ってオレたちに負ける要素は何一つない。
だがオレたちが決定的に勘違いしていたのは、
互いの勝利条件だろう。
いつの間にかオレたちの目的は、
戦いに勝つ事より、魔族シグから情報を引き出すことに変わってしまっていたんだ。
だからこそ、奴に隙を突かれた。
そして奴も、オレたちを全滅することが目的ではなかった。
先にあいつが言っていたように、
あいつの役割は、スカウトと邪魔者の排除。
毛深い獣人は魔人クィーンの好みの対象外とも言っていた。
なるほど、そこで条件は揃ったという訳だ。
排除するのはオレとリィナだけで良いという事か。
そこであいつがオレたちの「望み通り」に見せつけてくれたのは、
レアスキル召喚術。
鳥や獣のような小動物を呼ぶのとは訳が違う、
よりにもよって、奴が呼んだのは「悪魔」と呼ばれる巨大な鰐? 老人?
人馬一体のケンタウルスのような想像上の動物なら聞いたことはあるが、
鰐と人間(?)がくっついてるって、なんだよ、そりゃ?
それでも、
その鰐部分が、いきなりこちらに攻撃してきたり、老人部分が魔術を駆使してきても対処する事が出来るくらいの警戒は当然行っていた。
ところがその悪魔とやらが行ったのはただの足踏み。
そしてすぐにオレの生存本能は危機を知らせた。
まずい。
たった一回の足踏みで、オレたちはその場に立っていることも出来なくなっていたのだ。
背後からカラドックの叫び声が聞こえる。
戻れだって!?
言われなくてもそうしたいが・・・
ダメだ・・・獣人の身体能力を以てしても、
どんどん容赦なく揺れる大地に足を踏ん張らせる事が出来ない。
その場に這いつくばるのでやっとだ。
しかも・・・あの悪魔はこの地面を崩壊させるつもりだと!?
さらにいつの間にか、タバサがかけてくれたプロテクションシールドまで外されてしまう。
もし、このまま岩場が崩壊したら・・・
カラドック達は安全地帯まで退避できたようだが、
オレとリィナは・・・。
そのうち、この獣人の耳に嫌な音が聞こえてきた。
岩盤にひびが入っていく音だろうか?
湿った水の匂いも漂ってくる。
岩場に生まれた亀裂から立ち昇る匂いなのか。
カラドック、タバサ、アガサの三人が、何か呪文を唱えようとしているがうまくいかないらしい。
そうだろう、
あの位置からじゃ距離が遠すぎる。
かといって、こっちに戻ろうとしたら、この大地の揺れでまともに精神集中できないだろう。
カラドックは風の精霊術でオレたちを巻き上げようとしているな。
だがそれだけの勢いの風を巻き起こすには時間がかかる筈だ。
・・・なんだよ、打つ手なしじゃねーか・・・
ああ、もちろん、それはオレやリィナも一緒だ。
出来る事と言ったら、せいぜい地面が消失するまでにこの四つん這いのまま、カラドックたちのいる安全地帯まで、少しでも距離を縮めることくらいしか・・・
・・・そうか、
そうだよ、
ある。
出来る事・・・あるじゃねーか。
それに気づいたオレはリィナの元へと向かう。
間に合うはずだ。
たとえ、この地面の揺れが激しくとも、
手を伸ばし、
右手の爪に力を入れ、自分の体を引き寄せる。
みっともなくてもいい。
左右の足を必死に動かし、カラダを押し上げる。
そうだとも、オレの手足はちゃんと動く、
オレの言う事を聞く。
左腕を伸ばし、その爪を砂利や土の中に深く埋め込む。
その繰り返しだ。
ああ、リィナのカラダまであと少し・・・
すぐそこに。
リィナの匂いだ。
彼女の体温も感じる。
すぐだ。
間に合う。
間に合うとも。
今度こそ
そうだ、今度こそだ。
例え、今崩落が始まったとしても、この位置からならリィナを捕まえてみせるぞ。
リィナ!
そしてオレはうずくまるリィナを背後から覆いかぶさった。
・・・間に合ったんだ。
「ケ、ケイジ!?」
途端にリィナがオレに振り返り疑問の表情を浮かべる。
戸惑っているようだな。
なにしろオレはリィナの手を封じるように覆いかぶさってしまっている。
本来、オレの目的からすればリィナの手を塞いじまう必要はないんだが、
その目的を知ったらリィナは暴れ始めるだろう?
お、早速気づいたようだな。
「ケ、ケイジ!
あんたバカ!?
何するんだよ!! さっさとどけよ!!」
「放さない。」
「ちょ、ま、ケイジ、何言って、まさか・・・。」
「もう喋るな、リィナ、そろそろ崩壊が始まる、
舌を噛むぞ・・・。」
すぐにオレの予想通り、彼女が暴れ始めた。
どうにかしてオレの手を外そうとしているようだが、
既に縮こまった状態の腕で、オレの力から逃れる事など出来るわけがない。
「や、止めろケイジ!!
自分が何してるかわかっているのかよ!?
いくらなんでもこの高さから岩ごと崩れたら、例え獣人の強靭なカラダだってタダじゃすまないって・・・!!」
「ああ、だが、そのカラダを盾にすれば、リィナは助かるだろう。
大怪我を負うかもしれないが、生きてさえいればタバサが何とかしてくれる。」
「はぁ!? ふぅざけんなよ!!
あたしだけ助かっても意味ないだろ!!
どうせなら自分も助かる可能性考えろよ!!」
「・・・残念だがそんな都合のいい考えは思いつかなかったな。」
「ちょ、ケイジ、本気でやめてよ!!
こんなことであたしだけ助かってもうれしくない!!
お願い! あたしから離れて!!」
はは、泣きそうじゃねーか、リィナ。
だが、悪いな、
オレは二度とお前を放すつもりはない。
やっとお前を捕まえる事が出来たんだ。
あんな思いはもう二度と御免なんだよ。
「放せ! 放せケイジ!!
ダメ・・・放してったら・・・!
あたしを・・・あたしをまた一人ぼっちにさせるのかよ!!」
一人ぼっち?
ああ、それは辛いよな・・・地獄だよな・・・。
だが大丈夫だ。
「・・・安心しろ、リィナ、
カラドックがいる。
あいつがいるからオレは安心してお前を見送る事が出来る。
カラドックは・・・リィナ、絶対お前を見捨てない。」
そうとも、
なんでもカラドックのこの世界での使命は「勇者を救え」だったか?
なら間違いねーじゃねーか。
カラドックには負担ばかりかけて本当に申し訳ないが、
それでもあいつなら信じられる。
今のあいつはオレが過去に何をしたか、気づいていないのかもしれない。
本来、オレはあいつに首を刎ねられても文句は言えない筈なんだがな。
だが、オレの正体を知った所で、あいつは行動を変えないだろう。
・・・本当に、あいつだけにはオレは頭を上げられない。
「なんでそんな事・・・
違う! カラドックじゃない!!
ケイジ! あんただ!!
あたしを救ってくれたのはケイジ! ケイジだよ!!
家族もいないあたしを!
あの奴隷商から救いあげてくれたのはあんたじゃないか!!
・・・なら、あたしを救ってくれたんなら最後まで責任持てよ!!」
家族か・・・
そうだ。
いいことを思い付いたぞ?
今度の事件が解決すれば・・・カラドックは元の世界に戻る筈だよな・・・
なら・・・その時、この世界からリィナを連れ出すことは出来るだろうか?
カラドックの世界に。
あっちにはまだ・・・
「安心しろ、
もしかしたらカラドックはお前の家族を見つけてくれるかもしれない。
向こうの世界にはお前のお母さんや叔母さんがいるらしいぞ?
きっとあの人たちもお前を見たら喜ぶ・・・。」
死んだはずの娘がひょっこり戻って来たら、
きっと大泣きして喜ぶだろうな・・・。
そんな光景も見たかったなあ・・・。
そうしたら、あの人たちも、彼女を死なせたオレを許してくれるだろうか?
「バカ言うなぁっ!!
あたしはそんな人たち知らない!!
それはあたしじゃない!!
あたしには・・・ここにいるケイジたちだけが現実だ!!
目を覚ませケイジ!!
もう・・・このままじゃ!?」
ああ、そろそろ時間切れか。
オレは最後にカラドック達の方を向く。
はは、三人ともなんて顔をしてやがる。
アガサやタバサにはいじくられてばかりだったが、
悪くなかった・・・。
お前らに会えて良かったよ・・・。
魔族のヨルもそんな辛そうな顔するなって。
例え魔族だろうと、純真な心を持ってる奴もいると知れて嬉しかった・・・。
カラドック、
ついにお前に真実を告げてやることは出来なかったな・・・、
でも、お前はこの後、知ってしまうんだったっけな・・・
オレの犯した罪を。
さぁ、みんな。
悪いな、おれはここで脱落だ。
だが許してくれ、リィナだけは守って見せるから。
「リィナを・・・彼女を幸せに・・・。」
後ろで嘲笑うかのような悪魔の声が聞こえてくる。
「グゥゥリィモォリアル・アースクェークゥゥッ!!」
そしてオレたちのカラダの下から・・・オレたちを支えていた地面が消えた。
果たして二人の運命は?
次回、一瞬だけケイジの意識が「飛びます」。
彼がそこで見たものは・・・。
「復讐と慈悲」