第二百十二話 アガサ2
一話分にしようかと思っていたのですが、字数があまりにも多かったので分割しました。
なんというか、
エリート意識に凝り固まったダークエルフの魔法兵団精鋭部隊の中で揉まれているうちに、
私も知らず知らずの間に心が荒んでいた部分もあったのだろう。
確実に実力も地位も、周りからの評価も私は群を抜いていたにもかかわらず、
それゆえに気を抜くことが出来なかったのだ。
そんな時に、あのホテルで二人の掛け合いを目撃してしまった。
ハイエルフのタバサとは一触即発の事態に直面することがあったけれど、
私と彼女の感性が一緒だったのは幸運だった。
その後でタバサがケイジ達のパーティーに加入すると聞いて私は「その手が有ったか!!」と色めき立った。
後は速攻。
ヒルゼンのオヤジが帰って来たタイミングを見計らってノードス隊長に猛烈アピールを敢行。
多少説得に手こずったけれど、無事にケイジ達のパーティーに加わる事が出来た。
その後の冒険はまさに刺激の連続。
充実した毎日、
冒険者パーティーは、魔法兵団のような隊と比べ、人数が少ない分、雑用などもなんでもできるようにならないといけないが、
戦闘に突入すれば、魔法パートは全て私が担当。
各自の役割がとても明確になる。
パーティー内ではタバサが私と同じ立ち位置にいるせいか、疎外感を感じることなく、
安心してケイジ達の楽しい姿を見守る事が出来た。
私たちが加入した「蒼い狼」はどんどん依頼をクリアし、
みるみるうちにランクアップを果たす。
私たちはまさに無敵状態。
ケイジやリィナの身体能力は、ビスタールで目撃はしていたが、
改めて他の冒険者パーティーや獣人の実力者と比べても、異常なほど突出していた。
これならば・・・
使命を・・・深淵の黒珠を取返し、
魔人クィーンとやらを打ち倒すことも不可能ではない。
そんな自信で満ち溢れていたのだ。
・・・さすがに知恵あるドラゴンと戦った時は、私たちの進撃もここまでかと覚悟はしたが、
タバサの治癒能力のおかげで無事に生き延びる事が出来た。
そうしてついにAランク!!
いやいや、驚いたのはリィナのステータスに「勇者」がついたこと!!
もう疑うことなどなかった。
このパーティーに加入したのは大正解。
何より私はこのパーティーが好きだ。
ふざけてケイジを誘惑することもあるが、もちろん本気でそんなつもりもない。
あの二人が慌てる姿を見るのが楽しいだけ。
・・・ううん、自分が迂闊に男を誘惑したら、勢いで間違いが起きることもあるという事は理解している。
別にそうなったとしても多分、後悔はしない。
ただ、そうなった時には一つだけケイジに確認しようとは思っている。
「ケイジ、明日からリィナの顔を直視可能?」
絶対にそんな間違いなど起きないだろう。
仮にケイジが私の身体を押し倒したとしても、
その言葉で彼は正気に返る。
そうとも。
あの二人の絆は裂ける事などない。
それを知っている私やタバサだからこそ、悪戯することも出来るが、
他の第三者がそんなことをしてみろ、
私はそいつを消し炭にして見せてくれよう。
いつか・・・
私やタバサは彼らと別れる時が来る。
事件が全て解決すれば、私もタバサも自分たちの街に戻るだけだ。
それはわかっている。
でも今、充実しているこの瞬間を、悲しい思い出にだけはしたくない。
魔法都市エルドラに帰って、
同僚や後輩たちに自慢したい。
たった二人で懸命に生きるあの二人と、深い関りを持てたことを。
こんな狭い集団の中で何をいい気になっているのか、
外の世界は楽しいことでいっぱいだ。
それに気づかないお前らは哀れな存在だと自覚するがいいと。
だから。
二人をこんな所で死なせてはいけない。
けれど、
これだけ揺れていては満足に魔力も練れないし、
揺れの少ない安全地帯まで戻ったところで、
あの場所からエアスクリーンはケイジ達に届かない。
それはタバサも同じなのか。
・・・何をしている、タバサ。
ここの所、出番が少ないと愚痴っていただろう。
今こそタバサの活躍する時じゃないか。
プロテクションシールドは掛けられないのか?
もし私と同じこの位置から、ケイジ達を守る事が出来たら、
この先一生、タバサの上から目線を許してやるぞ?
出来ないのか!?
なら手段は一つだけ、
崩落した岩場の中からケイジ達を見つけ出し、
タバサの治癒呪文で命を繋ぎ止めるだけ。
即死さえしてなければタバサは二人を救える。
私はアースウォールでタバサを二人の元へ近づけるのが仕事。
それまでに・・・二人が生きていれば・・・
生きていれば・・・。
カラドック・・・
異世界から勇者を救うためにやってきただって?
救えるのか?
カラドックは安全地帯に辿り着き、精霊術の起動を始めた。
だけど、ちょっと前に本人が言っていたことでもある。
精霊術の起動、同調、そして思い通りの効果を生むまでには一定の時間が必要で、
この状態から落下した人間を精霊術で助けるのは不可能に近いと。
・・・でもそれしか手段がないのだろう。
カラドックは必死の形相で術を展開している。
頑張って、カラドック。
成功したら今晩、本気で誘惑しに行く。
精一杯の感謝の証だ。
是非、このカラダを受け取って欲しい。
お前の好きにしていいから。
対価は要らない。
二人を助けて。
魔族娘のヨルは戦闘しか能がないらしい。
あの執事にぶん投げられた衝撃からは回復して上半身を起こしてはいるが、
これから起きる悲劇に「あわわわわわぁぁぁあぁ・・・!」と震えることしかできない。
・・・そうだ、魔力がいくらあったって、
役に立てないことはいくらでもあるのだ。
力がいくらあったって・・・
誰でもいい、
二人を助けて。
お願いだ。
あ・・・
ケイジがリィナを抱きしめた。
何をしようとしているかわかる。
あいつの考えてることはいつも単純。
でも、それはダメ。
絶対ダメ。
それでリィナが助かったとしても、
リィナは絶対喜ばない。
それどころか、一生心に消えない傷を負う。
あたし達はまだいい、
悲しい思い出が残るだけ。
でもこの先にリィナを待っているのは永遠の地獄。
そんな苦しみをリィナに味あわせようというの?
お願いケイジ。
早まらないで。
誰か。
誰でもいい。
二人を・・・彼らを・・・
そして岩場は粉々に崩れた。
二人の姿が落下する。
落ちてゆく。
カラドックの精霊術は起動したかもしれない、
だが、未だそれはそよ風が舞い上がる程度。
もう、落ちてゆく二人の姿を止めるものは・・・な・・・い。
次回?
次回は当然・・・もう一人の・・・。