第二十一話 ファイアーランス喰らって吹っ飛ばされたの
<視点 メリー>
洞窟の中は意外と広い。
奥まで一本道というわけでもなく、平面的な蟻の巣とでもいうべきか、枝分かれしていくつもの小部屋が存在しているようだ。
要所要所にかがり火が焚かれており、人間の目でも移動に苦になることはないだろう。
だからと言って虱潰しに探索する必要もない。
どこに何体いるかは全て私の眼が捉えている・・・。
およそ残り30体・・・。
そろそろ演出を変えましょうか?
『私はメリー・・・
いま、あなた達の真上にいるの。』
一斉に隠れていたゴブリンの視線が洞窟の天井に集中する。
これまで外に出ていなかった彼らは、初めて私の姿を目にするのだ。
衣服も髪も炎でボロボロになった人形が、自分たちを見下ろしている様を。
自分たちの根城を攻めてきたものが、生き物ですらないと理解した彼らの恐怖を想像できる?
もちろん、その恐怖の感情ですら私のエネルギー源となる。
私は殺すべき敵の恐怖すら糧にしているのだ。
もう誰も私を止めることなどできない。
敢えて不格好に地面に降り立つ。
不気味な人形の動きをお見せしましょう。
首は傾き死神の鎌を地面に引きずり、石膏の肌を所々露出させ、見開いたグレーの瞳でゴブリン達を舐めまわす・・・。
さあ、どれにしようかしら・・・。
ぎこちない首の動きは手近な一体を見そめた・・・。
おめでとう、
そう、あなたよ、次のターゲットは。
あら?
そのゴブリンは戦うより逃げることを選んだようだ。
どこへ?
洞窟の奥にでも?
いえ・・・そう、あなた達の中で最も強い者のところへ逃げるのね?
その判断は間違いではないかもしれないけど、そこに辿り着くという望みは叶えられないみたいよ?
ほら?
あなたの首が落ちちゃった。
「ゴアアアアアアッ!!」
外にいたゴブリンたちより強そうな個体が集まってきた。
これまで何人もの人間を殺してるわね。
大きな斧を装備しているゴブリンがいるが関係ない。
彼らの武器ごと跳ね上げ、膝だろうが腕だろうが全て斬り落とす。
一体、二体、三体・・・!
そろそろアルデヒトに連絡を入れた方が良さそうね。
『残り25体よ・・・、
突入の判断は任せるわ。』
「良し!
『銀の閃光』突入!
残りのゴブリンどもを撹乱せよ!」
ここからは乱戦を想定。
同士討ちを避けるために、もはや魔法部隊は不要。
後は確実にゴブリンの戦力を削いでいくだけ。
とどめに戦士職を投入すればすべてが終わる。
・・・そう思っていたのだけどね、
私も考えが甘かったみたい。
突然私が予想もしていなかったことが起きる。
炎の槍が私の胸を貫いた!!
勢いで私は後方に吹き飛ばされる。
炎の槍は私を貫いた後、岩壁に激突し、その役目を終えたようだ。
別に動けなくなったわけではないけれど、状況把握をせねばならないために、自分の動きを一時停止せざるを得ない。
「メリー!?」
アルデヒトは洞窟の入り口に陣取り、全ての戦況を把握している。
今何が起こったのか、彼に聞けば回答を得られるだろう。
『今のは魔法?』
「無事か、メリー!?
ゴブリンメイジがいるに違いない!!
敵のファイアーランスだ!!
迂闊だった。
これだけのゴブリンの集団なら、進化した個体が存在してもおかしくなかったのに!」
『ゴブリンメイジ?
ゴブリンに魔法使いがいるの?』
私に殺意が向けられていたことは事前に察知できていた。
ただそんな殺意なんて、まだ無傷のゴブリンからいくつも浴びせられていたからね。
一々区別もつけられない。
当然その攻撃手段・威力などは気にも留めていなかったのだ。
遠距離からの攻撃なんて、せいぜい石礫か弓矢程度だろうと。
また、弓矢が大して意味を持たないと思っていたのは、こないだの白羽の矢を射られたせいもあったのかもしれない。
まぁ、これでもダメージはないのだけど。
しかも「苛烈なる戦乙女」の魔法使い・バレッサのファイアーランスより威力が弱いようだ。
それでも右胸に拳大の穴ができてしまった。
そして倒れた私に止めを刺すべく、周辺のゴブリンが一斉に群がってくる。
残念ね、
私に近づいたすべてのゴブリンに、瞳を一体一体、合わせてゆく。
可笑しいわね、
まるで蛇に睨まれたカエルのように彼らの動きがストップした。
もう動けないと思った?
生物的にはあり得ない動作。
私の二つの足の裏が再び地面を掴む。
予備動作も何もなく、上体は寝かしたまま足首から膝までが地面から垂直に、
続いて膝から腰をも真っすぐに、
そこでようやく何事もなかったように、私の上半身は直立した。
関節部分を壊されたらさすがに動きに支障が出るけど、胸板を貫かれただけじゃ何の意味もないのよね。
さてでは続きを。
そして目の前のゴブリンがニ体、さらに死体と化す。
えーと、さっきのゴブリンメイジとやらは・・・
いたわ、
向こうの暗がりの部屋からこっちを狙ってるわね、
ファイアーボール?
ごめんね、それは効かないの。
まぁでも面倒だから死神の鎌の刃先で弾き飛ばしてあげる。
血相が変わったわね、
ファイアーランスでもいいのよ?
うまく人形のカラダの可動部分にあたれば効果はあるわよ。
でも、今や私の動きの方が速いから。
・・・そうそう、
撃って来たわね、ファイアーランス。
もう撃つタイミングも炎の速さも全て把握している。
貴方の背後を取ることも容易い。
ゴブリンメイジは確かに他のゴブリンと違うわね。
小柄であることは変わりないけど、
衣服や首飾りなど装飾品も目立つし、風貌もどことなく趣を異にしている。
・・・興味はそこで尽きた。
信じられないという驚愕の表情を浮かべた「それ」は、私の指で首の骨を折られ、あっという間に地面に崩れ落ちたからだ。
さて、他は・・・
冒険者チームはいよいよ戦士職も洞窟内に入って殲滅作業に取り掛かった。
「伝説の担い手」チームはさすがというところ。
動きに一切淀みが無い。
二人一組で危なげなく残りのゴブリンを撃破する。
「苛烈なる戦乙女」チームは、リーダーのテラシアの攻撃力が飛びぬけているようだ。
一人で両手剣のバスタードソードを振り回し、確実に一匹ずつ倒している。
他のメンバーは主にテラシアの補助やフォローに回るのがスタイルか。
「ギャアアア、な、なんだこいつは!?」
叫び声を上げたのは「銀の閃光」の獣人メンバー。
一体のゴブリンに打ち合おうとして、その寸前に異常性に気づいたのか、致命的な一撃を食らう前に逃げ出したようだ。
その判断は正しかったと言えよう。
ほとんど、全ての冒険者がその個体に目を向けた。
・・・大きい。
これまで見たどのゴブリンより巨大だ。
身長も恐らくニメートルはあるだろう。
これまた凶悪な両手斧を握りしめている・・・。
殺した人間の数もこいつが最大のようだ。
「ホ・・・ホブゴブリン!!」
見渡せば、他ののゴブリンは殆ど討伐されたようだ。
残っているのは・・・向こうの奥に六体・・・あと隠れているのが数体、
まぁこの後、逃げられはしないでしょう。
戦闘力もなさそうだし。
つまりこのホブゴブリンとやらが、このゴブリンの巣のリーダーでありボスというわけね。
「グオオオオオオオッ!!」
まるで虎でも吠えるかのような怒りの叫び。
ドシンドシンと巨体を震わせながら目に映る全ての人間を皆殺しにするつもりだろう。
経験の浅い冒険者たちは身を竦ませ次の行動に移れない。
入り口からアルデヒトがダッシュしてホブゴブリンに突進!
「伝説の担い手」リーダー・イブリンや、「苛烈なる戦乙女」テラシアも最後の敵に立ち向かう。
いいわね、みんな勝負所を弁えているということか。
防御力・攻撃力ともに、この集団で最高戦力の三人。
彼らは攻撃に逸らず、互いに間合いを詰めながらホブゴブリンにプレッシャーを与えていく。
隙を見せた瞬間に少しずつ、体力なり攻撃力を削って行く算段だろう。
・・・確かにうまい闘い方かもしれない。
盾持ちが二人いるので、パワーで勝るホブゴブリンの攻撃をなんとかいなしている。
そして両手斧の隙をついて、テラシアのバスタードソードがホブゴブリンを血で染めてゆく。
致命傷や効果的な傷こそ浴びせるに至ってないが、人間側はほとんど無傷でホブゴブリンを追いつめている。
そう、確かに巧い。
彼ら「人間の闘い方としては」だ。
彼らは冒険者。
医療技術も未熟なこの世界では、闘いに勝つことより、いかにダメージを少なくして生き延びることが優先事項である。
防御を疎かにした者から早死にしてゆく。
であるならば、敵を殺すより自分たちに傷を受けないことが、確実に生き延びるセオリーなのだろう。
従って彼らの闘い方は至極真っ当、この私ですら理解し評価できるものである。
だが、いかに魔物を討伐するかという視点に立つと、決定力が足りなさすぎると言わざるを得ない。
何より「避ける」という動作がいただけないのだ。
一見、安全に戦えているようなのだが、どうしても避けたために次の攻撃への動作が遅れてしまう。
同時に間合いも拡がってしまい、再び攻撃をかけるためには、何度も間合いを詰めるという動作をやり直さねばならない。
せめて後ろではなく「前へ」避けることができれば、そのまま敵へ攻撃できるのだが。
まあどっちにしろ、彼らの闘い方などこのメリーには全く関係ない話。
しかも今は処刑執行真っ最中。
いたずらに時間をかける必要など全くなく、私は再び死神の鎌の柄を握りしめた。
私は急ぐ必要もなく、ゆっくり彼らのもとに歩み寄る。
その接近を最初に気づいたのは、もちろん正面にいたホブゴブリンだ。
胸に大きな穴の開いた人形が寄ってくるのを見て、驚愕と威圧の声を上げる。
アルデヒトたちも、ホブゴブリンが自分たちから視線を外したことに気づいたようだ。
背後から近づく私に横目で声をかける。
「メリーか?
こいつもやるつもりか!?」
「ええ、任せてもらうわ。」
テラシアは呆れ気味に力を抜いたようだ。
「て、おい、穴空いてんじゃねーかよ!?
大丈夫なのか!?」
「ご安心を、このカラダは再生機能つきなのよ。
ホラ? 体もドレスもなおりかけてるわ?」
「・・・化け物・・・。」
もちろん、すぐに元通りに修復されるわけではない。
けれど、さっきの炎魔法で破れたり焦げたりしたところは、もう半分ぐらい修復しているし、胸の穴も塞がり始めている。
そして肝心のパワーは今や最大だ。
別に嫌味を言うつもりはないが、アルデヒト達のようにチマチマ戦う必要はない。
テラシアが言うように、こちらはもはや化け物なのだ。
防御をする必要もないし、そもそも戦闘ですらない。
ただの処刑。
私はホブゴブリンに向かって、死神の鎌を掲げた後、体勢を低く構え、地を滑るように駆けだしたのだ。
ホブゴブリンもさすがに反応がいい。
私が足元を狙って繰り出す死神の鎌に、その両手斧を上から振り下ろす。
センスも悪くない。
事実、私の鎌は止められてしまった。
けれど、それが何か?