第二百一話 語られない物語 絶望
風が強い・・・。
と言っても一定の強さで吹き荒れるというより、
少し無風に近い状態が続くかと思えば、
時折思い出したかのように強い風が吹く。
そこには、あまりにも信じがたい事態が俺の目の前で展開していた。
「・・・今、なんつった・・・!?」
「飛び降りてくださいといったのですよ、
おっと?
あなたの愛刀の蒼狼刀は下に置いてきたままでしたな。
今は丸腰状態ですか?
武装した我々に勝てるでしょうか?」
こいつら・・・!
一斉に剣を抜きやがった!!
バカな!?
敵に寝返ったのか!?
お前らずっと日本からオレと一緒に来てた奴らだろ!?
「有り得ねぇ・・・
このタイミングでか!?
ウィグルはカラドックに代替わりしたとはいえ、
スーサの脅威も消え、これから領土を間違いなく拡げる大陸最強国家だぞ!?
例えここでウィグルを排除したとしても、裏切り者など地の底まで追い詰めて抹殺されると思わねーのか!?」
「ご心配なく、我らとて風は読みます、
今はここに根を下ろすとは言え、すぐに身をくらましますよ。」
「バカな!!
そんな事に何のメリットがある!?
ウィグルに仕えていれば金も命も・・・!!」
「それはあなた方、権力に近い者だけの話でしょう!」
なんだと?
「確かに、我らにも先の戦争で、莫大な恩賞をいただきました。
それは間違いありません。
・・・ですが、そんなものを貰ってどこで何に使うというのです?
戦争、また戦争、またまた戦争、
日本、中国、ウィグル、スーサ、一体いつまで戦い続ければいいのですか!?
あなたはいいですねぇ?
こんなところに恋人を連れてきて・・・!
戦いに勝ちさえすれば無限の可能性でもあるというのでしょうか?
我々にはね、ないんですよ、そんなもの・・・!
我々にあるのは、死ぬまで戦い続けるというただの兵隊アリのような未来だけ!!
あなたの目に我々は一切映っていない!!」
「な・・・お、お前・・・!?」
「もうね・・・疲れたんですよ、私たちは・・・。
あなたについていくことに・・・。」
ヤバい!
一対一なら何とかなるが、
こっちは丸腰、相手は剣を持った将兵3人!!
しかも後ろは逃げ場無し!!
「ま、待て!! 話を・・・!
ここには李那も・・・!!」
こいつらこれ以上の問答無用とばかりに同時に詰めてきた!!
どうする!?
裏切られたショックはデカいが、今はこの場を・・・
「恵介! 危ない!!」
「バカ! 李那、前に出て・・・!」
「邪魔です!!」
奴が切りつけてきた!!
ダメだ! 李那を盾にするわけにはいかない!!
オレは彼女の腕を引く!
その事によって、目の前にはオレに向かって剣を振り下ろそうとする奴の姿がはっきりと映っていた・・・!
「ぐああああああっ!!」
「恵介ぇぇぇっ!?」
切られた!?
いや、額の皮を切り裂かれただけだ。
李那が間に入ったおかげで間合いが狂ったんだろう。
出血は激しいがダメージというほどでもない。
けども・・・
再び李那がオレを守ろうとオレを抱きつくように覆いかぶさって来た。
「は、放せ、李那!
奴らの狙いはオレだ!!
お前は・・・!」
「ダメだよ!! そんなことさせない!!
恵介はこんな所で死んじゃダメ!!
絶対・・・絶対生きなきゃダメ!!」
無理だ!
李那! お前がやっていることは何の意味もない!
それどころか、お前も・・・
「どいてください、このままでは李那様ごと貫かせていただきますよ?」
「やればいいじゃないっ!!
すぐに剣を抜けなければ、恵介はそのまま武器を使えないアンタに襲い掛かるよ!!
やれるもんならやってみろっ!!」
「ぬ、ぬぅ・・・おい、お前たち、彼女を引き剥がせ!!」
二人の部下が強引に李那の腕を解く。
その瞬間にとびだしてもいいが肝心の奴が剣を剥き出しにして待ち構えてやがる・・・。
これまで、なのか・・・。
「畜生! 放せ! 放せよおおおおおっ!!」
「おい、お前ら! 李那を・・・」
李那に手を出すなと言いたかった。
彼女を無事に保護してくれるなら、もう・・・オレの命もどうだっていい、とも思う所だった。
だが、その瞬間・・・オレにはそれ以上、ものを考えることは出来なくなっていた・・・。
バキッ
「あ」
李那と二人の部下が揉み合った瞬間、
彼女が二人を拒絶してカラダを捻ろうとした時だった。
その時、強い風が吹いたんだ。
ここが屋内であったなら、
バランスを崩したとしても、壁がそのカラダを支えてくれることだろう。
壁がなかったとして、転んで床に手をついて、少々皮膚をすりむくことがあるだろう。
ここに壁などない。
申し訳程度の手すりだけだ。
その手摺りがバキリと折れた。
折れた手摺りでは、李那の上半身を支えることができず、李那はおかしな角度に曲がっている。
視界の外だが、その足も床から浮いているのだろうか。
彼女の両手が何か掴むものはないかと、空を泳ぐ。
最早おれは何も考えることは出来ない。
ただひたすら彼女の腕を掴もうと体を伸ばす。
後ろから刺されようが貫かれようがどうでもいい。
届け。
届け・・・!
そこに李那の右手が・・・!!
あ・・・
最後に彼女の指に触れられた気がした。
あと数センチ・・・或いは0コンマ数秒早ければ・・・
しっかりと握りしめることは可能だったはずだ。
だが彼女の腕はオレから逃げていった・・・
何もかも現実離れしている。
李那の表情は
「こんなのうそだよね」とでもいった、悪い冗談を見せられたかのような、
引き攣った笑みを浮かべていた。
それがオレが生きている彼女の顔を見た、
最後の瞬間だったのだ。
恐らく、オレは何かの叫び声をあげたに違いない。
まわりは風が空気を切り裂く音が舞っていたのだろう、
だがオレの耳は、
何もオレの脳の中に情報を送り込まなかった。
グシャアッ
聞こえたのはそれだけだ。
目の前で・・・
母さんが死んだあの時も・・・オレは何もできなかった・・・。
そして今も・・・。
なぜ・・・オレが一体何をした・・・。
オレが、何したってんだよ!!
何故オレからすべてを奪う!?
兄であるカラドックは、
ラヴィニヤを手に入れ、ウィグルも手に入れ、
この世の全てを手に入れようとしているのに・・・
同じ男の血を引いている筈のオレはどうしてこんな目に遭っているんだ!?
いや、母親から違うじゃないか。
カラドックの母親とやらは、今も海の向こうで悠々自適な生活を送っているんだろう?
オレの母さんはあんな暮らしを強いられてきたというのに。
後ろで誰かが何かを叫んでいる。
どうでもいい。
オレを殺そうというのか?
いいぞ?
殺せよ、
もう俺に何も残っていない。
さっさと殺せ、
なにしてる?
ああ、振り向いた瞬間、剣がオレに向かっていた。
そのまま刺されてやるつもりだった。
だが、長年の習性なのか、オレの身体は避けていた。
勝てるつもりも生きるつもりもなかったのだが、
何も考えていなかったせいで、おれは避けた拍子にカウンター気味に部下の顔面を吹き飛ばす。
なんだ?
お前らも李那を殺す気はなかったのか、
バカだな、そんなに動揺して・・・。
最後の最後で悪人になりきれていないじゃないか。
どうするんだ?
お互いもう引くところはないんだぞ?
相変わらず、何か喚いているがどうでもいい。
さぁ、オレを殺すのか、それとも殺されるのか、はっきりしろ。
いや、どうせ・・・
オレはもう死んでいる・・・。
加藤恵介なんぞ、もうこの世にいない・・・
李那が死んだ瞬間、オレはもう死んだんだ・・・。
オレはもう・・・
この世のどこにもいないんだ・・・。
この後、しばらくしてウイグル王都のカラドックの元に、
李那ちゃんと惠介が、この地で部下の裏切りにより墜落死したとの報告がなされるわけですね・・・。
この後のストーリーについては、
「メリーさんを追う男」のラストで麻衣ちゃんが夢として見ています。
また、フラア編でツォンがこの時の裏切り者を「惠介にーちゃんの仇だ」と言って、空の上からレーザービームで焼き殺したとお話しされています。
さて、みなさま、これまでお読みいただきありがとうございます。
これより後半戦となりますが、
大まかなストーリーとそれぞれのラストについては頭の中で固まっていますが、
細かいタイミングやら、演出とかで時間がかかりそうです。
しばらく更新を不定期にします。
必ず、続きを書きますのでよろしくお願いいたします。