第百八十六話 ぼっち妖魔は訪問する
ぶっくまありがとうございます!!
ない!
ない! ないったらない!!
何がないか?
よそ行きのお洋服である。
高校の制服はフォーマルとして使えるかもしれないけど、あたしが向こうの世界から着の身着のまま持ち込んだのは夏服である。
こっちの世界で見栄えするとは思えない。
ゴッドアリアさんとて同様だ。
貧乏暮らしだったゴッドアリアさんに、貴族の館に招かれて通用するような服など持っているわけもない。
こういう時、シスターは便利だな。
自分たちのお勤め時の服のままで大丈夫そうなのだから。
と、ゆーわけで、
一日、余裕を持たせてもらった間に、あたしたちはキリオブールの市場へと向かった。
「マーヤさーん!!」
頼りにしたのはファーゼ商会のマーヤ夫人。
ゴッドアリアさんの事情を話すと驚いていたが、すぐにあたし達の目的に沿うような服屋さんを見繕ってくれた。
平民が貴族の式典に参加しても良いような服に靴、
あとはアクセサリーか、その辺りが揃うような、ファーゼ商会関連のお店だった。
呼んだのは向こう側なのだから、もっと堂々といつもの冒険者スタイルで行けばいいという考えもあるが、今回の主役はゴッドアリアさんだ。
そして話の終着点をどうするかは、まだ見えないままなので、
初めから相手側の心証を悪くして、いくつか考えられる結末の選択肢を減らすこともないだろう。
なお、あたしはともかく、ゴッドアリアさんの、こないだの行方不明事件解決報奨金はこの出費で完全に吹っ飛んだ。
あとでツァーリベルクのお爺ちゃんからお小遣いでも貰うがいい。
当日、ツァーリベルクさんの指定した時間通りに、宿屋の前に馬車が着いていた。
フロントのフローラさんが「何事?」と、驚いていたのでちょっと気恥ずかしい。
そりゃね、
いつもと全く違う格好であたしが馬車に乗り込む姿を見ちゃったらね。
後で宿屋に戻ったら質問攻めにされそう。
今回あたしが乗り込む馬車は二頭立てのお貴族様スタイルの馬車だ。
中はそんなに広くはないけど、座席のクッションなど衝撃がほとんどない。
既に中にはゴッドアリアさんが乗り込んでいた。
緊張しているのか口が真一文字になっている。
ツァーリベルクさんは一日早く教会から自宅に戻って、あたしたちの訪問の準備をしてくれているらしい。
ツァーリベルクさんの屋敷は街の中心部から少し離れた所にあるようだ。
馬車に揺られること一時間、あたし達はその屋敷についた。
敷地の広さなど、そこまで驚くようなものでもなかったが、
屋敷そのものが古風なというか、存在感の自己主張が強い印象を受ける。
屋敷の門をくぐると7、8人の使用人らしき姿の人たちが左右に分かれて並んでいた。
あたし達の出迎えに、一気にお辞儀をしてくれる。
どうやら歓迎してくれていることは間違いないようだ。
玄関の前には老執事さんが待ち構えていた。
ツァーリベルクさんよりお年を召した印象を受ける。
「ようこそいらっしゃいました。
執事のマヌエルと申します。
使用人一同歓迎いたします。」
いかにもザ・執事というマヌエルさんは、丁寧に挨拶してくれた。
玄関の扉を開けてもらうと、エントランスホールの中にもメイド様方が先ほど度同じように並んでいた。
全部で6人か、
貴族としては多いのか少ないのか分からない。
考えてみれば貴族の人に招かれるの初めてだよね。
異世界でも元の世界でも。
まあ、元の世界にそんな人達、少なくとも日本にはいない・・・よね?
執事さんの先導の元に案内されたのは、応接室のようなものだろうか?
その豪華そうな扉の前で、執事さんはあたし達を振り返った。
「伊藤様、・・・大旦那様の命を助けていただき、ありがとうございました。
そしてクィンティア様のお嬢様・・・ゴッドアリア様、よくぞ今日はいらしてくださいました。
私どもは感謝のしようもありません・・・。」
「あ、え? い、いえ、そんな。」
ゴッドアリアさんが戸惑っている。
命を助けたとかについては、あたしもお互い様なので、否定も肯定も出来ない。
それよりゴッドアリアさんはお礼の意味自体計りかねてるようだ。
でも今の言い方だと・・・。
「ゴッドアリアさんのお母さん・・・クィンティアさんをご存知なんですか?」
あたしは助け舟を出してみる。
「はい、私はこちらでお勤めして40年になりますので、クィンティア様がご幼少の頃から存じておりました・・・。」
ああ、それは仕える家族の問題に口を挟める立場でないのだろう。
それにそんなに長く仕えていれば情も沸くものだ。
「では扉を開けます、
本日はご家族全員そろっております。」
おお! ゴッドアリアさん一家勢ぞろい・・・あ、肝心のお母さんがいないか。
そしてあたし達は部屋の中に入った。
部屋の正面に座っていたのは二人の男女。
一人は今更だけどツァーリベルクさん、
今日は教会の服ではなく、貴族用の普段着?
その隣には・・・うん・・・白髪になっているのでお年寄りには見えるけど、
肌の張りとかはまだ若そうだ。
目尻は少しだけ下がっている。
でも目元の光は強い意志を感じる・・・この人がゴッドアリアさんのお祖母さんかな。
あたし達の左手奥には若い夫婦と、小さな女の子が二人・・・。
ゴッドアリアさんの従兄弟になるのかな。
執事さんが一声。
「申し上げます、
冒険者の伊藤麻衣様、
そしてクィンティア様のご息女、ゴッドアリア様をお連れしました。」
柔らかい顔でツァーリベルクさんが微笑んでくれた。
「二人ともよく来てくれた。
楽にしてそこの椅子に座ってくれたまえ。」
ツァーリベルクさん、本日の進行は頼みましたよ?
あたしは部外者なんですから。
・・・ていうか、よく考えたら、あたしここにいる必要そんなないよね?
でもたぶん、昨夜にでもあたしがそんなこと言い出したら、
ゴッドアリアさんは泣き顔であたしの服を引っ張って放さないことになると思う。
あたし達が着席した後、メイドの人がサイドテーブルにお茶を煎れてくれた。
さて、その間に、リーリトチェック。
この部屋の中に悪意は感じない。
緊張してる人は結構いる。
一番緊張してるのはゴッドアリアさん、
・・・次にツァーリベルクさん。
あなたが緊張してちゃダメでしょう!!
従兄弟の女の子たちはちょっと緊張というか怖がっている風でもあるかな?
ツァーリベルクさんが一番懸念していた正面の女性・・・すなわちお祖母ちゃんはどうかというと・・・読めない。
心を静かにしている・・・というか、こちらを冷静に値踏みしているという事なのだろうか。
負けるな麻衣!
あたしにだってお祖母ちゃんはいる!!
・・・あれ? 何に張り合ってるんだ、あたしは?
「それでは家族から紹介しよう。
私の隣にいるのが、この館の主、キサキだ。」
キサキという名のお祖母ちゃんがニッコリと微笑む。
・・・目が笑ってない!!
「そしてその隣に控えているのが娘夫婦だな。
この家の名代は彼らに譲っている。
娘の・・・クィンティアの妹になるロワイエル、
そして娘婿のキングストーンだ。」
二人とも貴族の名に恥じない優雅な挨拶だ。
対外的なご当主様というわけだね。
でも一番偉いのはお祖母ちゃんと。
「そして傍に控える二人が双子の孫娘で、
上がエンジェ、下の子がメサイヤだ。」
あたしたちよりちょっと小さい可愛らしい女の子たちだ。
貴族式あいさつを一生懸命練習した跡がうかがえる。
はにかんだ顔が可愛い。
これは一体、お持ち帰りすべきものかもしれない。
・・・しないからね?
それにしても・・・
完全な女系家族か・・・。
男の子は生まれていないんだろうか。
まさかこの人達、実は異世界のリーリトなんてオチはないよね?
いや、もしそうだったらあたしは感知できる。
さすがにそんな設定は作者もキャパオーバーだろう。
いつ決めたか忘れちゃったけど、この家族皆さん名前がとてつもなく偉そう・・・
カイゼルシュタット
「オレがこの家の関係者なんてことはないよな!?」
ない!
ないったらない!!