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第百八十一話 ぼっち妖魔は看取る


もう吸血鬼エドガーに戦意も殺意も感じない・・・。

命の力もどんどん小さくなっている・・・。

あたしは静かにエドガーの顔を覗き込んだ。


・・・それは死者の最期を看取る行為。

第三者がここにいたら目を疑う行為だろう。

さっきまであたし達は殺し合いをしていたのだから。


 「伊藤殿! まだ油断をしないほうがいい!!」


ツァーリベルクさんでもそう思うか。

これはでも仕方ない。

あたしの個人的な事情によるところが大きいのだから。


 「・・・ホントだよ、麻衣。

 自分で危険だと思わないのか・・・。

 僕は・・・自分が死ぬことを実感しているが・・・

 それにはまだ時間があるようだ。

 君の顔を引き裂くぐらいは可能かもしれないよ・・・?」


実際それくらいは可能なんだろう。

でも、あなたはしないよね?

 「最後にお話しだけでもと思って・・・。」


そしてあたしはエドガーの手を掴む。

冷たい手だ・・・。

そしてゆっくりとあたしはしゃがみ込む。

両ひざは彼の二の腕部分に触れている。

エドガーは何の抵抗も見せない。


 「君は不思議な子だな・・・

 異世界の人間とか、・・・いや、妖魔か・・・。」

 「・・・あたし自身、ご先祖さんとは違う道を歩もうとしてますからね、

 たぶん同じ一族の中でも変わってる方でしょう。」


 「・・・そうか、僕は特に同族と違う道を歩もうなんて思ってなかったからね。

 君と違うのはそこか。」


 「本当にそうですか?」


エドガーはそこで不思議そうな表情を浮かべた。

 「何故そこで疑問を浮かべるんだい?」

 「あたしの勝手なイメージで申し訳ないんですけど、

 お花を売っていた市場のエドガーさんは、吸血鬼の仮の姿としても違和感が強すぎます。

 だからこそ、あたしもあなたが犯罪者と思えなかった。

 そして先程の会話からも・・・例え人間を見下していたのはそうだったとしても、

 あそこまで人間の社会に溶け込もうとしていたのに何か引っかかるんですよ。」


 「・・・別に難しい話じゃないだろ・・・。

 しょせん、妖魔の王と言ったって、人間の傍から離れては生きていけないんだ。

 ・・・ああ、そうか・・・。

 確かに・・・君の言う通りかもな・・・。

 僕らは・・・もっと人間との間の壁を取り除こうと思えば出来たのかもしれない・・・。」


 「さっき、あなたが言いかけてた、あなたの過去というのは・・・。」


 「よくある話さ・・・。

 僕の母親は人間の冒険者に殺された・・・。」



やっぱりそうか。


 「寝ているところを襲撃されて、胸のど真ん中に杭をぶっ刺された・・・。

 昼間だったから能力も弱っていて・・・。

 僕は別れを言うことも出来ず、従者に抱えられてその場を逃げ出したよ・・・。

 ちなみに君らが消滅させた屍鬼のグレタワードは僕の配下じゃない。

 ・・・母親が血をずっと吸い続けていた人間の成れの果てさ。

 彼が本当に隷属していたのは、僕じゃなく、僕の母親という訳さ・・・。」


やるせない話だ。

屍鬼には知能があったが、本人の意思はどれだけあったのだろう?

隷属する相手を失ってなお、その忘れ形見を守ろうとしていたのか。

自分の首を引きちぎってまでも。


そして今の話はある程度、予想がついていた。

エドガーが自分の過去を否定させないと言った時点で、

自分たち吸血鬼と人間との間に、埋めることのできない事件があったと想像するのは簡単だった。


同じような過去を持つあたし達リーリトには。

それでも確かめたいことがあって、あたしは彼と会話しているのだ。


 「エドガーさん・・・、一つだけエドガーさんに質問が。」


 「今更、何をだい?」


 「・・・あなたの種族としての誇りと、生き方は理解できます・・・。

 あたしはその道は選ぶつもりはありませんが。

 それでもエドガーさんに確かめたい事・・・それは。」


 「それは・・・?」


 「エドガーさんは、人間を低劣な存在と見下しているのに、

 母親を殺した人間という存在そのものに・・・憎しみを覚えることはなかったんですね?」


 「・・・は? 何を言ってるんだ?

 僕が人間を・・・憎んでないなんて・・・ん?」


気づいていなかったのだろうか。

それとも気に留めるほどの問題とは思っていなかったのか。


 「自分が同じ人間なら・・・同族を憎んでも仕方ありませんが、

 エドガーさんは明確に、自分は妖魔であって人間ではないと線引きしている。

 だったら、自分のお母さんを殺した人間種を憎むのは当然のように思えるんですが、

 エドガーさんから憎しみの感情は全く零れ落ちることはなかった・・・。」


 「それは君にとって重要な話なのかい?」

 「・・・自分でもよくわかりませんが・・・

 あたしにとって重要というより・・・エドガーさんを理解したいだけかもしれません。」



 「・・・もう残る命も少ない僕を理解してどうしようって言うんだい・・・フフ。

 でも言われてみればそうだね、

 もちろん、母親を殺した冒険者は始末したよ、

 惨たらしく、三日三晩かけて殺した、一人残らず・・・。」


 「・・・。」

 「彼らに対しては憎しみを覚えていたのは間違いない・・・。

 でも・・・人間という種、全体に対しては・・・うん、あまり湧いてこないな、

 そういう感情は。」


 「なら・・・やっぱり・・・エドガーさんが人間と交わる道は残っていたと思うんですよ・・・、

 こんな事がなければ・・・

 あたし達がこんな形で出会わなければ・・・

 もしかしたら何年後か何十年か後になるかもしれないけど・・・

 そういう可能性は残っていたと思うんです・・・。」


人は変わる・・・。

人じゃなくたって出会いによって変わることがある。


そうとも、あたしは知っているじゃないか。


現実で視た光景じゃないけれど・・・


あの「天使」だって・・・愛する者を得たことで・・・

愛する者を失ったことで変わっていったのだから。


あの光景は・・・きっと未来に起こる現実・・・。



 「こんな形で出会わなければ・・・か。

 正直、この場で死ぬのは悔しいが・・・

 もし転生することがあれば・・・君とはもう一度違う形で出会いたいな・・・。」


転生・・・生まれ変わりか・・・。

あたしの世界じゃそんな事が起こり得るのか甚だ疑問だ。

こっちの世界ではポピュラーなのだろうか?

「鑑定」で「転生者」という称号があるというのは冒険者同士の噂で聞いたことがある。

実際にあたしが目にしたことは勿論、それを見たという人間にさえ会った事はない。

「勇者」という称号と、「転生者」という称号はそれほどレアなのだそうだ。


 「そうですね・・・

 ただ、残念ながらあたしは異世界の人間なので、

 なるべく早く自分の世界に戻るつもりです。

 さすがのエドガーさんも異世界には転生なんてできないですよね?」


 「そうか、・・・それは残念だ。

 ああ・・・残念だ・・・。

 なぜ・・・何故僕は吸血鬼なんかに・・・ちくしょう・・・!」


 「それは否定しないでください・・・。

 あなたは生き方を間違えただけです。

 吸血鬼に生まれたことが間違いなんかじゃありません。

 あたしはあなたの誇りまでも叩き壊したつもりなんてないんですから。」



 「優しいな・・・いや、同情か。

 おっと・・・。

 もはや感覚も鈍くなってきた・・・。

 しゃべるのも・・つ ら・・い。」


終わりの時は近い。

あたしは彼を掴む手に力を入れる。


 「異世界の、勇者、ならぬ、妖魔か・・・

 ではせめてもの餞別だ・・・

 麻衣・・・

 魔人・・・に気をつけろ・・・。」


 「魔・・・人!?」

なにそれ!?


 「一度 だけ 会った事がある・・・

 彼女の黄金宮殿・・・に誘、われた・・・。

 ついつい格好つけて断ってしまった・・・けど。

 あれは・・・危険だ。」


 「エドガーさん、

 ・・・もう無理して喋らなくても・・・。」

 「い、いや、君は 異世界から来たのだろう?

 なら・・・これから先、出会う事もあり得る・・・

 なぜなら あの女も・・・異世界の・・・グフッ 」


 「エドガーさん!?」

いま、異世界のって言った!?

そもそも魔人って何!?


 「もっと、おしゃべり、したかったけど・・・ここまで、かな。」

 「エドガーさん、あなたとは・・・。」


 「な、んだ、い、麻衣・・・。」



彼の口から気になる単語が出てきたけど、

この状況下で掘り下げるつもりはない。

それより大事なことがある。


 「いえ、なんでもないです・・・。

 あなたの来世に・・・幸多からんことを・・・。」


 「君の名を・・・忘れない・・・

 あり、が、とう・・・麻衣  」


そこであたしはエドガーの口元に・・・あたしの唇を重ねた・・・。

その衝動を言葉では説明できない。

同情?

同情にあたしの唇が必要だろうか?

慈悲?

あたしの唇にそれ程の価値があるだろうか?



彼は一度だけ瞬きをした。

握りしめた手にも何かの反応があったけど・・・


その後、彼のカラダが動くことはもうなかった・・・。


瞳孔すらも変化しない・・・。


吸血鬼エドガーは死んだのだ・・・。


 

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