第十八話 ゴブリン君の後ろにいるの
メリーさん、刈る メリる ゴブリンメリーヤー
・・・すいません何言ってるか自分でもわからなくなりました。
<視点 メリー>
その言葉と共に私は跳躍する。
道なりに進む必要はない。
私は目の前にある林の樹々の中にカラダを消した。
この手の中にはアラベスク文様の死神の鎌。
私の脳裏には既にニ体の魔物と思しき存在がロックオンされている。
そんなに入り組んだ樹々というわけでもなく、枝から枝で跳びまわる分には距離がありすぎることも、木が密集し過ぎて移動に邪魔になるほどのものでもない。
ただ周囲の音はとても静か・・・。
風はあまりないので、耳が良い種族が相手ならば接近を気取られるかもしれない。
・・・私の内なる力が増した・・・。
これが自覚できるというなら、
目的の魔物には、誰か殺された人間の恨みが纏わりついていることに他ならない。
既に手元の死神の鎌は、その情念を吸い取り始め、その使い手たる私に余すことなく力を流し込んでくる・・・。
視える・・・。
たぶん、この辺りに食料でも採取に来たのだろう、中年の男性らしき人間が、醜い緑の皮膚の魔物にいたぶり殺される姿が・・・。
手足を一か所ずつ切り取られ、
ゆっくり丹念に生きたまま体を切り取られ、
激痛と絶望のうちに死んでいった・・・。
まだ私の精神耐性で収まる内容だけれど、ターゲットはニ体・・・
せっかくなので使わせてもらおうか、
エクスキューショナーモード。
・・・私の心から色彩が消える・・・。
視覚の話ではない。
心から感情が消えたのだ。
目的のニ体を屠るまでもう心は不要。
すでに私の眼は彼らの姿を捉えている。
そして彼らを追いつめるその最期まで・・・!
これがゴブリン・・・
醜い顔ね。
緑色の皮膚・・・手にはそれぞれ粗悪なナイフを持っている。
人間の言葉は通じないようだが、念話でイメージを伝えることは出来るだろう。
死への恐怖のイメージを・・・。
『ねぇ・・・』
ニ匹のゴブリンが反応した。
声をかけたのではない。
念話だ。
耳で聞こえたわけではないので、ニ匹とも何処から私が声を送ったか理解できまい。
なお念話というのものは、やはり肉声の影響を受ける。
それは私自身の声に近いものとして受け手に認識されるのだ。
・・・正確に言うと、私が自分自身で認識している声のイメージが、そのまま念話に付加されるのだろうけど。
そしてそれは、人間の言語を理解できない魔物が受け取った場合も同様となる。
・・・どうやら、こちらがいわゆる繁殖対象である「メス」の声であることは認識できたようね。
ニ匹のゴブリンに浮かぶ感情・・・、
それは警戒・・・歓喜・・・そして欲情・・・。
ニ匹とも腰もとに簡素な布を巻いている。
羞恥心で身に付けているわけではなさそうだ。
単に急所をカバーする為のものかもしれない。
彼ら自身に布を作成する技術があるかは疑わしい。
恐らく人間から奪ったものを流用しているのではないか?
その腰布の一部分が・・・ニ匹ともみるみる肥大化していくようだ。
無駄なことを・・・。
知能はやはり高くないのか、
ギィ! ギィ! と興奮するような声をあげて、
ニ匹は周辺を探り始めた。
『こっちよ・・・。』
ニ匹は顔を見合わせて・・・
おそらく笑ったのか、醜悪に顔を歪ませた。
間違い無く人間の女の声だと確信したのでしょうね。
でも彼らを喜ばせるのはここまで。
バサバサバサバサ!!
周辺の木々から鳥たちが一斉に飛び立った。
瞬間、ゴブリンたちの警戒度が上がる。
ニ匹は互いに身振り手振りで意思疎通を図っているようだ。
言語能力はないというわけか。
やや体格が大きい方が指図しているような雰囲気だ。
いいだろう。
こちらの行動が決まる。
ニ匹は手分けして林の別々の方角を探すらしい。
好都合だ。
『こっちよ。』
小柄なゴブリンにのみ念話を送る。
言語能力がない以上、言葉の意味は理解できまい。
その個体は私を捜索するために物音を立てないよう注意している。
そして私を逃がさないように、仲間に声をかけることもない。
仲間を呼ぶのは私を捕まえてからでいいと思っているのだ。
声を上げた瞬間、獲物を逃がすことになるからね。
そして私が次に送るモノは言葉でなくイメージ。
『右手に見える茂みの中』
すぐにそのゴブリンは自分の右手側に視線を向ける。
自分でも何故、そこにある茂みに注意を向けねばならなかったのか理解できないでしょう。
私が送った・・・頭に浮かんだイメージそのものが実際に視界の中に存在している。
ゴブリンにはその茂みの中を調べざるを得なかった。
何らかの「予感」として解釈したのだ。
だがその茂みの中を調べても獲物は存在しない。
『ウフフフフフ』
次に女性の笑い声を送る・・・。
ゴブリンの反応がビクッと震えたのを確認。
「笑い声」と認識できたようね、その異常さも。
次にゴブリンのやや後ろにある太い幹の背後のイメージ。
ハッと振り返るゴブリン。
その木の後ろに誰かいるのかしら?
彼は腰を落として集中する。
その木の左右どちらかから、人間のメスが飛び出してきてもいいように。
ゴブリンは足音も立てず、大木に近づく。
一歩・・・二歩・・・
ゴブリンは手に持つナイフに力を込める。
彼は息を呑み・・・
そして一気に大木の裏側に回り込んだ!!
・・・けれどそこには誰もいない。
そのゴブリンの頭の周りには「?」マークが飛び交っている事だろう。
『右足首』
ゴブリンの右足に激痛が走る。
これは予告。
念話で送った「足を切断されるイメージ」だ。
右足が突然体重を支えきれなくなり、カラダが地面に沈む。
「ギャヒ・・・ッ!?」
今度も何が起きたか理解できないでしょう。
まるで足首がなくなったように感じているのだろうけど、ちゃんと足首はそこにあるものね、
・・・今は。
ええ、感じるわ。
このゴブリンから驚愕、困惑、そして恐怖の感情が吹き上げてきた・・・!
次はもう一つの足首の方かしら?
いいえ、
今回はもう一つ別のイメージを挟み込む必要がある。
『あなたが殺した人間』
そう、ちょうどこのゴブリンが、
最初に切り落としたのが哀れな中年男性の右足首。
21世紀の感覚で喩えるなら、その時の殺害シーンを動画でも流すように、私はそのゴブリンの脳内で再生させる。
『あなたはこの人間の右足首を切り落としたわね?』
その質問には否定も肯定もいらない。
何故なら今見せた光景は、このゴブリンの記憶を再生しただけなのだから。
ようやくいま、自分が狙われていることが理解できたようね。
ゴブリンの心臓の鼓動が、異常なほど激しく高まっているわ。
何が起こっているのか理解できない恐怖?
『あなたは殺したんでしょう?』
『だからあなたも殺される。』
既にこのゴブリンの右足は使い物にならない。
けれど、早く逃げなくてはという生存本能だけで無理やり立ち上がる。
でも逃がさない
『私はメリー、
いま・・・あなたの後ろにいるの・・・。』
<視点変更 ゴブリン>
さっき、なんでか、茂みの中に何かいると思ったごぶ。
その次に一本の大木の後ろに何かいると思ったごぶ。
でも調べてみたら何もいなかったごぶ。
そしていま、自分の後ろに誰かいると思ったごぶ。
また気のせいごぶか?
振り返っても何もいないんじゃないごぶか?
けれど、もううまく歩けないごぶ、
何が起きているのかもわからないごぶ、
怖いごぶ、
後ろを見るしかないごぶ?
やっぱり見るのはやめるごぶ?
でもやっぱり今度こそ・・・
<視点変更 再びメリー>
そしてそのゴブリンが覚悟を決めて後ろを振り返ったとき、
私は死神の鎌を振り切った・・・。
右足首が飛んで転がる・・・。
せっかく立ち上がったのにまた尻もちついちゃったわね。
いきなり足首がなくなっちゃって声も出ないかしら。
お友達はまだ向こうを探してるから、あなたは助からないわよ?
さぁ、
『次はあなたの左足首・・・』
それから右手首・・・左手首ね・・・。
どのくらい時間がかかったかしら?
ようやくもう一体のゴブリンの耳に、同胞の悲鳴が聞こえたようね。
でももう手遅れ。
あなたがこっちに到着するころには、
ほら?
お友達のカラダはバラバラになっちゃったわ。
あなたはさっきのゴブリンと一緒に、
手足がなくなって抵抗できなくなった人間に、
ナイフを突き立てて、いつ死んじゃうか遊んでいたわね?
それじゃあ、一緒に遊びましょう?
ええ、あなたが大好きな遊びをね・・・?
<視点変更 第三者視点>
「あの人形、どこまで行っちまったんだ?」
赤い髪をなびかせ、「苛烈なる戦乙女」のリーダー、テラシアは、豊かな胸の下で腕を組んだまま、メリーが去っていった方角を見据えていた。
「結構、時間経ちましたよねぇ?
勇ましいこと言って返り討ちに遭っちゃったんじゃないですかぁ?」
小柄なシーフのストライドがテラシアを見上げる。
(ああ、テラシアさん、スタイルいいなぁ・・・。)
年は遥かにテラシアの方が上だが、ストライドはストライクゾーンが広い。
念の為につけ加えるがダジャレではない。
ホントに偶然だ。
さて、二十歳そこそこのストライドの性意識は、それほどおかしなものでもない。
命のやり取りをしている冒険者にとって、女性と触れ合う時間は貴重なものであるし、ましてや筋肉質とはいえ引き締まったボディラインのテラシアの肉体美は、同性の女性からもうっとりとした視線を浴びることがある。
だからといって本来の目的の障害になってはならない。
それを理解しているからこそ指揮者のアルデヒトは、彼らの馬車を分けてここまでやって来ていたのだ。
だが今や、若きストライドが視線を横に向けると、浅黒くも露出した肉質豊かな太ももも見えるし、ちょうど自分の目の高さの位置に、盛り上がった二つの胸も確認できる。
後は自分がそこに目を釘付けになってないように、顔の向きや視線をチョロチョロ動かすだけだ。
気づかれないとでも思っているのか・・・。
ただ、これがうら若きエルフのバレッサなら「キモっ」と言って逃げるところだろうが、百戦錬磨のテラシアは、そんな事など気にも留めない。
エロ小僧の視線ごときに動じる必要すらないし、むしろ反対に若いツバメを食いかねない。
もちろん「伝説の担い手」イブリンも、ストライドが何に気を取られているかは把握している。
とはいえ、自分のパーティーの若造なら一喝してやるところだが、基本、他人のパーティーに干渉することはあまり推奨される行為でもない。
相手が駆けだしの新人なら、戦闘や探索の基本ルールくらい指南することもあるが、既に「銀の閃光」はこの地域でも名を上げつつあるEランクパーティーだ。
この程度でとやかく言うつもりもないだろう。
それより・・・。
「何か来ます!!」
猫型獣人が林の中に動くものを察知した。
それは先ほどメリーが去っていった方角だ。
すぐにその場の全員が警戒しつつ、その方向に集中する。
そして林の枝から枝を伝って、あの人形が現れたのだ。
片腕に禍々しい死神の鎌を担いでるのは、ここから離れた時と同様だが、その凶悪な刃先にはゴブリンの頭部が二つ重なって貫かれている・・・。
「ただいま・・・。」
次回、ゴブリンの群れに。