第百七十六話 ぼっち妖魔は戦闘開始する
「追加・・・何をだい?」
「あなたの前に立つ理由・・・。
いえ、女の子たちを助けたいのには変わり有りませんが、もう一つ追加を・・・。」
「言ってごらん・・・。」
「・・・あたしがあたしとして存在するためです・・・。」
多分あたしが何を言ってるか、エドガーさんはわかってないかもしれない。
そりゃあ、こんな言い方して分かれという方が無茶だ。
でも・・・あたしと同じような思いをしてきた人なら理解できるかもしれない。
その言葉の意味を。
「なにも別に真剣に女の人を愛せなんて言ってるわけじゃないんですよ、
エドガーさん、あなたはお花を育てるのが好きなんでしょう?
人間の女性と会話するのが好きなんでしょう?
吸血するための手段としてではなく。
ではその延長として、一人の個人として女性とお付き合いすることはできないんですか?」
その結果、忌み嫌う人間の女性との間に恋愛感情が芽生えるかどうかはまた別の話。
そうなったとして、その先に美談が生まれるか、悲劇が待っているかもわからない。
「・・・そんな夢物語を僕に見ろというのかい・・・。」
夢物語・・・
想定したことくらいはあるんだね。
「人間に討伐されるリスクは減りますよ・・・。
それに少なくとも元の世界のあたしの良く知る人は・・・
夢物語で終わらせませんでした・・・。」
「・・・そうか。」
「そうか・・・。」
「いい話を聞かせてもらったよ・・・。」
エドガーが独り言のように口を開くまで30秒ほどかかっただろうか。
そこまであたしは言葉を挟めなかった。
彼の思考を邪魔したくなかったから。
その思考の先が、
あたしの望む方向に辿り着いてくれることをわずかにでも期待したかったから。
少なくとも、
エドガーさんはあたしの話を真剣に聞いてくれたようだ。
あたしの言葉を何度も咀嚼して、
自分の理解を確かめるように頷いていた。
「エドガーさんっ・・・?」
「でもね・・・
この話はこれで終わりだ。
君の主張は分かったよ、
よく理解できた。
でも・・・僕はこの生き方を変えるつもりはない!!」
ダメかよ、ちくしょう!!
「これからも・・・お花を育てたり、女性たちに囲まれてお花を売る生活を捨てると!?」
「そうだね!
少し寂しいけど・・・また街を変えて同じことをするさ!
それが吸血鬼の・・・僕としての生き方だ!!
君とは違う!!
君とは違う生き方をしてきたんだ!!
僕の過去は君にも否定させないっ!!」
「エドガーさん・・・。」
過去に何かあったのか・・・
いや、ここまで言い切るのならある程度想像できる。
あたしたちリーリトの先祖たちと似たような過去があったんだろう。
そうなら・・・もう、あたしには・・・。
「残念だけどね、これ以上話を伸ばして、
日の出を待つわけにも、増援を呼ばれても厄介だしね、
ここでケリをつけさせてもらう!!」
ヤバい・・・。
何がヤバいって、話の流れを切りたくなくて、ラミィさんをこの場に居続けさせたままだった。
どういうことかというとあたしの魔力も残り少ない。
果たして勝てるだろうか?
現状、吸血鬼に止めを刺せる手段はツァーリベルクさんだけだ。
この人を守りつつ、吸血鬼を無力化させるには・・・
「・・・異世界の妖魔・・・君の名前は?」
うん?
吸血鬼はケリをつけると言いつつ、いまだあたしに話があるのか?
「真眼であたしの名前は視えるのでは?」
「直接君の口から聞きたい・・・。」
「麻衣・・・伊藤麻衣です。」
「・・・そうか、麻衣か。
では決めたよ、
そこの老人と蛇女は殺す。
・・・そして・・・僕は君の血をいただこう・・・!
異世界の妖魔の血なんて初めてだよ、
どんな味がするんだろうな?」
白い二つの眼があたしを射抜く・・・!
魅了を使っているな!?
でもあたしだってレジストくらいできるよ!!
「ほう・・・瞳の色が翡翠色に輝きだした・・・。
顔つきも心なしか変化しているようだな。
面白い・・・!
だが今のうちに言っておくよ?
君が今、レジストしたのは妖魔が覚える通常の『魅了』だ。
先ほどゴッドアリアにかけていたものと同じ・・・ね。
だが、僕が君の喉に牙を突き立て!
その血を飲み干したならば、その抵抗力すら奪っていく!!
そうなればいかに君とて僕に抗うことは出来なくなるだろう!!」
なるほどね。
この屋敷で初めてエドガーと会話した時に話してた魅了の違いはそれか。
どっち道、血を吸われた時点であたしの負けだと思っているから、その先の心配をしても仕方ない。
「この私がそれをそれをさせると思うなよっ!」
ツァーリベルクさんの構えが変わった。
さっきのあたしの話を聞いていろいろ考え込んでいたようだけど、
この場はあたしを守ってくれるようだ。
・・・その後はともかく。
そう! 今はこの場でエドガーを!!
「ホーリーウォーター!!」
ツァーリベルクさんの左の指先から聖水が打ち出される!
殺傷力はなさそうだけど、ゾンビや吸血鬼にはダメージを与える筈・・・
エドガーが消えたっ!?
ち、違う、消えたんじゃない。
消えるように数メートル先に移動したんだっ!
驚くあたし同様、ツァーリベルクさんも驚いてる筈だけど、それを面にも出さずにホーリーウォーター連射!
それでも吸血鬼エドガーは薄笑いを顔に張り付けたまま、
瞬間移動でもするかのように、同じ姿勢のままホールの上を体勢一つ崩さず、
滑るように四方八方に躱し続ける!
「あれは『浮遊』スキルだねー?」
頼りになります、ラミィさん、
還さなくて本当に良かった。
「あ、あれが『浮遊』?」
「本来、空中に浮き上がるだけのスキルだけど、
地面ギリギリの位置に浮いて、後は吸血鬼の身体能力で地面を蹴っている。
それで最小限のカラダの動きで高速移動しているんだ。
傍で見ていると瞬間移動してるみたいに見えるというわけね。」
「フハハハハ、お前たちの狙いは僕の足を止めることだろう?
無駄だよっ!
今まで鈍重なゾンビや屍鬼を相手にしていた程度の経験で、吸血鬼に敵う筈ないだろう!?
君たちとは次元が違うんだっ!!
『大いなる闇よ・・・ペインッ!』」
瞬間移動しながらエドガーの闇魔法っ!?
黒い塊があたし達に向けて何発もっ!!
「いかんっ、避けるのだっ!」
「あっ、えっ、防御魔法が、あぐっ!?」
「ぐぉっ!?」
「きゃあっ!!」
プロテクションシールドが何の役にも立たないっ、
シールドをすり抜けてあたし達に命中した!!
なんだ、これ!?
外傷はないのに、いい痛すぎるぅっ!!
「や、闇魔法ペインは直接、神経を蝕む術だっ!
無機物は破壊できないが、代わりに対物防御魔法のプロテクションシールドでは防げないのだっ!」
う、ううっ、これが闇魔法か、
そういえばあたしは攻撃呪文どころか、防御呪文もない。
しかも体力も防御力も殆ど素のまま。
どうやって切り抜けよう?
ただ体そのものにダメージがないなら何とか耐え忍べば・・・
「ハハハ、耐えられればしのげると思っていないかい?
確かにカラダの末端部分なら痛みにさえ耐えられれば何とかなるだろう。
けれど術法が目に当たれば失明するし、心臓に当たれば心臓麻痺だ!
軽く考えない方がいいよ!」
「くっ、私がプリーストであったら、ホーリーウォールを習得出来たろうに・・・!」
僧侶上級職で覚えるホーリーウォールなら、ほぼすべての属性魔法に防御効果があるらしい。
けれど僧侶一般職のプロテクションシールドは基本的な防御効果はあるが、
今回の闇魔法のようなエネルギー系の魔法には一切役に立たないという。
「防御魔法ならあたしがやるわっ!
母なる大地よ、アースウォール!!」
ラミィさんの土魔法!!
屋内だろうが土がなかろうが、どこからともなく大量の土が沸きあがる!!
そしてアースウォールは地味ながらも万能の防御呪文だ!
「・・・万能だがこちらの視界を断たれてしまうのが難点だ・・・。
まぁ、それは相手方にも言えることだが・・・。」
それでもやはりデメリットが生じるのか、
ツァーリベルクさんが悔しそうにつぶやく。
「ハッハッハ、確かに闇魔法ではアースウォールは破れないね、
だが、視界を塞ぐ?
相手方にとっても同じだって?
どうせ視界を塞ぎたいのならここまでしたらどうだい?
『大いなる闇よ、ダークネス!!』」
エントランスホール全体が真っ暗に!!
光のない空間でも吸血鬼は動けるの!?
・・・まぁそれはこっちも同じですけどね!