第百七十話 ぼっち妖魔は大怪我を負う
はい?
ヴァンパイア・・・っ?
もちろん知っている。
知らないわけがない。
異世界だろうがあたしの元の世界だろうが、あまりにも有名な「妖魔」・・・!
「ヴァ・・・ヴァンパイア!?
それって妖魔の中でも最高位の・・・。」
少なくても伝承ではあたしたち「リーリト」など及びもつかない魔力を誇る筈・・・!
てことは、この吸血鬼が以前、布袋さんが言ってた街の中の隠蔽されている高い魔力の・・・。
でも・・・でも今もあたしの目には・・・!?
「ちょ、ちょっと待ってください!
あたしの鑑定では完全にエドガーはヒューマンですよ!?」
あ、待って?
もしかしてあたしがステータス隠蔽で妖魔表示を消すことができたように・・・
このエドガーも実は人間と妖魔のハーフで、片方を隠すことによって人間として存在しているとしたら?
・・・違う、それも有り得ない!
もし、高位のヴァンパイアなら鑑定で視たレベル7は低すぎる!!
何らかの手段で魔力自体を隠すことができたとしても・・・
ステータスは隠蔽も詐称も出来ない筈!!
「伊藤殿、先ほど言いかけた人間以外で屍鬼を隷属させるもの・・・
それが吸血鬼だ!!
奴は言った・・・食事をすると対象の人間を魅了にしてしまうと・・・。
そんなもの・・・吸血鬼以外有り得ない!!」
そこでエドガーは機嫌良さそうに笑う。
「アーハッハッハッハ、理解できたようだね?
まぁ、人間の生活も悪くないよ?
ただね、僕らにも種族の誇りとやらがあってね、
人間から血を吸う行為は止めるわけにはいかないのさ!」
「そんな、どうやって!?
た、確かに日光の下で具合悪そうにはしてたけど、
あたしの鑑定も誤魔化すなんて・・・!?」
「鑑定・・・ねぇ?」
エドガーは含んだ笑いを浮かべる。
一体どんなカラクリで・・・。
いや、あたしは知っていた。
そんな手段がある事を・・・。
妖魔と人間の中間の存在でしかないあたしには、意味のないスキル・・・
あたしの経験値では決して届かないレベルのスキルだからこそ気づかなかった。
そう、思えばこれらの一連の事件を調べ始めた時、あたしは自分で何か見落としている予感を感じていたのに。
この場でエドガーが正体を曝け出すまで思い出す事が出来なかったのだ!!
エドガーの中心から魔力の揺らぎが立ち昇る・・・!
この世界に来て・・・初めて出会う、あたしよりも遥かに高い魔力を持つ妖魔・・・。
肌の色がどんどん、白くなり、瞳の色も色素が抜け落ち・・・
こんな瞳は初めて見る・・・
黒い眼球・・・そして真っ白の虹彩の中に小さな黒い瞳孔が浮かんでいるだけ・・・。
「教えてあげるよ・・・!
高位の妖魔は、その成長によって、完全に人間の姿に変化できるようになることを・・・!
このスキルを・・・『人化』と呼ぶ!!
そうなったら鑑定スキル程度では僕の正体など見抜けるはずもないし、
表示されるステータスも人間としてのステータスしか現れない!!
そして、今のこの姿が!! 本当の僕の姿さ!!」
「伊藤殿! 早く逃げるんだ!!
奴を倒すにはAランク以上の冒険者が必要だ!!」
逃げる・・・だって?
確かにこいつはあたしたちリーリトなど相手にも出来ない存在。
もともとリーリトは戦闘を得意とする妖魔ではない。
それどころか、あたしは「リーリト」を「原初の人間」と定義しているのだ。
闇の生物として進化を果たした吸血鬼に立ち向かえる道理など何もないのだ。
でも・・・それでも・・・
あたしはこの世界で、その魔物たちに立ち向かう術を身に着け始めている・・・。
勝ち目はないのか?
本当に!?
「伊藤殿!!
何をしている!! 早くここから・・・!」
「残念だけど・・・僕の正体を知られたらダメだよ?
ゴッドアリア・・・僕のために力を振るっておくれ?」
え? ゴッドアリアさん?
「はい・・・エドガー様・・・
母なる大地よ・・・アースウォール。」
な!?
床をぶち破って、あたし達の入って来た入り口の扉を塞ぐように、大量の土壁が全てを覆う!
まずい!!
あっちはゴッドアリアさんを戦力に加えてしまったのだ!!
人質どころの騒ぎじゃない!
出入り口の扉は完全に土壁に覆われてしまった。
少なくともあたしにこの壁を突き破ることは出来ない。
仮にツァーリベルクさんにこの壁を破壊するスキルがあったとしても、
後ろを振り返った隙だらけのツァーリベルクさんを黙って見過ごす吸血鬼でもないだろう。
「な・・・なんと、これだけ離れた距離でこの規模のアースウォールを作り上げるとは・・・、
あの子は一体・・・!?」
あ、ツァーリベルクさんはゴッドアリアさんの土魔法を見るのは初めてか。
土系魔術の威力だけだったらゴッドアリアさんは規格外だと言ってたもんね。
ただ・・・この場合、かなりあたし達にとってはまずい状況だ。
「アッハッハッハッハ!
これは凄い!!
今まで僕が手に入れた女性たちの中でこれほどの魔力を持った女の子はいなかったよ!
ゴッドアリア! 僕はとてつもないいい拾い物をしたようだ!」
「・・・うふふ、エドガー様・・・
アタイの術・・・エドガー様のために・・・ぽ。」
おい、コラ、ゴッドアリアさん、
ぽって何よ、ぽって!
でもどうしよう?
問答無用に魔物が襲ってくるわけでもないし、
向こうに余裕があるおかげか、
こっちは考える時間と相談する時間はなんとかあるけども、
いきなりこの場で起死回生の逆転劇に繋がるような作戦もアイデアも閃かない。
「ツァーリベルクさん、
これ・・・どうにかできそうな状況ですか?」
「正直言うと、私でも難しい・・・。
あの吸血鬼と一対一でも勝ち目はないというのに、あれだけの魔力を持った女の子だったとは・・・。
せめてウチの家内か娘でもいたらいい勝負にはなっただろうが・・・。」
ん?
家内? 娘?
「え? それってどういう・・・?」
「ああ、私は入り婿と言ったろう?
家内やその娘は遺伝なのか魔力が強くてね・・・、
それこそ娘は一時期、領主の魔法警護兵でもトップの実力を誇っていたくらいだったのでね、
せめてこの場にいたらと思ったんだが、ないものねだりだ、
忘れてくれ。」
・・・え、と、
えーと、あれ?
どこかで聞いた話のような・・・。
そう言えば娘さんが駆け落ちしたと言う話も・・・
・・・いえ、今はそれどころじゃない・・・よね?
「あ、えっと、ディスペル以外に魅了を解く術はないんですか?」
「後は、術者のエドガーを倒す事だが、そちらの方が難易度は高いだろう。」
むうう。
本当だろうか?
実は今ちょっと思いついた手段があるのだけど・・・。
「あと、それと、ツァーリベルクさんの技は吸血鬼にも通じるんですか?」
「それは通じると思ってくれて間違いない。
過去の文献や討伐例で明らかだ・・・。
もっとも・・・技が当たればの話・・・だがね。」
吸血鬼エドガーは機嫌がいいのか、
あたしたちの話に合わせてくる。
「ハッハッハ、そうだね、聖属性の魔法やスキルなら僕にダメージを与えられるよ!
でもどうやって?
この僕の頼もしいお姫様は、この距離からでも君らを仕留められるのに?
ねぇ、ゴッドアリア!?」
「はい、エドガー様、
ごめんな、麻衣・・・。」
ゴッドアリアさんが杖を掲げる・・・土属性強化のニューフレイムゴッドアリア!!
「いかん、間に合え!
『プロテクションシールド』!!」
「母なる大地よ、ストーンバレット・・・!」
互いの呪文はほぼ同時!!
もちろん、魔法の起動タイミングは同時でも二階から繰り出されるストーンバレットが着弾する前に、シールドは完成する!!
完成はするけども・・・
ドガガッガガアガッガガガガガガッ!!
来たーっ!!
魔法の常識もセオリーも完全無視の凶悪ゴッドアリアさんのマシンガンストーンバレットだぁぁぁっ!!
その悪夢の連射攻撃は僧侶職が覚えるプロテクションシールドを無慈悲に打ち砕・・・
「きゃあああああああっ!?」
「ぐぉっ! い、伊藤殿っ!?」
・・・いたい・・・
い、痛い・・・うう、痛いよう・・・
喰らった・・・
あたしの右肩、左ひざ、右の太もも、三発喰らった・・・。
多分、骨も砕けたと思う・・・。
致命傷ではないけども、当たり所が悪ければ即死だったかもしれない。
この場合、ゴッドアリアさんのストーンバレットは、術の威力、スピード、手数、全てが増大しているんだろうけど、命中率そのものは増しているわけではないようだ。
距離が離れている分、弾幕も拡散していたのも不幸中の幸い。
ただし、それは無事に避けることも難しいという事だ。
ツァーリベルクさんも同じくやられたようだ。
一発右胸にも直撃したみたいで口から吐血している。
なんてことだ、これでは吸血鬼を倒すどころではない。
あたしが異世界に来て初めて喰らう大怪我が、
よりにもよって人間のゴッドアリアさん相手だなんて・・・。
ちなみにゴッドアリアさんの顔立ちは・・・特に額周りはお父さん似だそうです。
ゴッドアリア
「なぜ、額を強調するんだ!?」
そして次回、麻衣ちゃんの新しい手札!!