第百六十四話 ぼっち妖魔は異変に気付く
何の収穫もなかったか・・・。
別にこの人が犯人だと決めつけたいわけじゃない。
あたしはほっとしたような、これまでの気苦労が無駄になったことを落胆したような、複雑な気持ちだ。
また最初から見直しかぁ・・・
さて、
あたしはフェリシアさんに視線を合わせて帰ろうとした時だ。
・・・なんの他意もない。
おそらくツァーリベルクさんは念のために聞いたんだろう。
ツァーリベルクさんから花屋のエドガーさんに直球が投げられた。
「もし、店主?
すまないが一つ聞きたい。
さきほど、うちの教会のキャサリンという娘の話を出したが、
彼女が行方不明でね、
君の所でよく花を買っていたという話を聞いているのだが、
・・・何か知らないだろうか?」
あたしは全ての知覚機能をエドガーさんに向けた。
・・・だが、その反応は。
「・・・えっ?
え? そうなんですか?
あ、教会の子っていうと、・・・あ、あの小柄な子かな?
そういえば、最近来ないなとは思ってましたけど、そんな事がっ・・・。」
ダメだ、おかしな反応とも思えない。
やっぱり無関係なのだろうか。
と、そこへ・・・あっ!?
エドガーさんの体躯が崩れ落ちる!?
貧血!?
「お、おい、大丈夫かね!?」
慌ててツァーリベルクさんが抱きかかえた。
ご老体と言えど、さすが現役Cランク冒険者。
反射神経が素早い。
そして周りからも女性客たちの黄色い嬌声が・・・。
あ、ガッチリ体型のツァーリベルクさんが儚げなエドガーさんを抱きかかえる構図が、
一部の女性のハートを刺激したようだ・・・。
「うう、・・・あ、も、もうしわけありません、
ちょっとびっくりしたせいで・・・。」
「い、いや、顔色が良くないとは思っていたが、
・・・手を放して大丈夫かね?」
「あ、はい、大丈夫です、
・・・ふぅぅ、今日はここで店じまいにしようかな・・・。」
「それがいいようだ、
商売熱心なようだが、あまり無理をしないようにな。」
「そうですね、いろいろすみませんでした。」
エドガーさんの自虐的な笑みはホント絵になるよ。
「歩いて帰れるのかね?
よければ馬車を呼ぶが?」
「ああ、いいえ、迎えの者が来ますのでお気になさらず・・・。」
パンパンジーの種を受け取った後、
そのままあたし達は花屋を後にした。
一応、お店の外から様子も窺ったが、しばらくするとテントの裏側に一台の馬車がやってきていた。
御者が帽子を目深に被っていて顔は見えないが、馬車そのものは普通の街中で見かけるものだった。
後片付けを終えたエドガーさんは、だるそうに馬車の中に乗り込むと、
いつものことなのだろう、御者は何の反応もせずに馬を走らせて、そのうち彼らの姿は見えなくなった。
「・・・結局、病弱そうで女性客が多いということくらいしかわからなかったか。」
「ですね、前回来た時と結果は変わらなかったかなぁ。」
「伊藤殿は、先程のやり取りで違和感はないと?」
「・・・現状では。
もし違和感があるとすると、全く違和感を感じさせなかったことが違和感かなと。」
「む? それはどういう?」
「うーん、考えすぎかもしれませんけど、
あのお花屋さん・・・エドガーさんにしてみれば、もし自分が疑われてると思ったら、犯人であるなしに関わらず、少しは動揺するかなと思うんですけど、そんな兆候全くなかったので・・・。」
「・・・ショックで倒れたとみるべきではないのかね?」
「そうかもしれません。
でもあれはタイミング的には、犯人であることを疑われているより、
キャサリンさんが失踪したという話で、ショックを受けたように見えました。」
「それが不自然なことに見えるのかね?」
「・・・いいえ、
あくまでそういう見方をすればの話なんですけど、
あのエドガーさんは意図的に、キャサリンさんが失踪したことにショックを受けたようにアピールしたかったのかなと・・・。」
「そういう風に見ることも出来ると・・・。」
「ええ、ただそれだけの話なんですけどね。」
そう、こっちの勝手な推測だけでエドガーさんを怪しいなんて言うことは出来ない。
「結局、伊藤殿はあの花屋はシロだと思うのかね?」
「実を言うと、あたしは自分の感知能力はそんな大したものだとは思ってません。
なので、今言えることと言えば・・・
あのエドガーさんが、ただの一般人なら犯罪者としてはシロです。」
「ただの一般人ならとはどういう・・・
いや、ただの一般人じゃないなら・・・というべきか。」
「・・・とてつもない魔力を持った存在なら、
隠蔽スキルも・・・あたしの感知能力をやり過ごす方法もあるのかな、ということです。」
あたしが言ってる意味がわかるのかな?
そしてあたし自身、それがどういうことか理解しているよ。
もしエドガーさんがそうなら、あたし以上の能力を持った「何か」ということだ。
「・・・そんなものが街中に普通の人間として潜んでいると言うことか・・・。
考えたくもないな・・・。」
どうやらあたしの話を正確に理解してくれたようだ。
ツァーリベルクさんは話を締めくくる。
「どっち道、現段階で調べられるのはここまでのようだ。
あの花屋は今後も注意しておくとしよう、
伊藤殿、今後も情報交換させてもらっても?」
「もちろん、こちらからもお願いしします。
・・・荒事になりそうなときは頼りにさせてもらってもいいですか?」
「任せてくれたまえ。
君の剣となり盾となって見せよう。」
うわ!
様になっている!
さすが貴族!
ちょっとこっちが赤くなりそうなことを・・・。
これは百戦錬磨のお爺ちゃんだからこそ言えるセリフだね。
もちろん、他意はないのも理解できる。
だからこそ格好いい。
今まで話を聞くだけだったフェリシアさんがニヤニヤしていた。
そういう話、好きそうだよね、この子。
「あのー、そういえば、
あの花屋さん、一人で仕事してたみたいですけど、
いいとこのボンボンなんですかねぇ?」
「えっ、どうしてそう思ったんです?」
「だってー、あの馬車の送り迎えの人って毎日なんですよねー?
御者の人も専属だったみたいだし、それなりのお金持ちなのかなって。」
あー、そういう風にも見えるか。
あたしはあの花屋さんが犯人かどうか気にするのでいっぱいいっぱいだったから、
そこまで気が回らなかった。
「なるほど、そのようにも見えるな。
金持ちの商人であるならそっちから調べることも出来るな、
時間はかかるかもしれんが・・・。」
フェリシアさんの気づきは別の角度からの視点を与えてくれた。
もしエドガーさんが犯人だとして、エドガーさん個人の欲求で女性を誘拐していたというなら、エドガーさん本人を調べることしかできないが、
例えば商人・・・実家が奴隷商を密かに営んでいるのに、花屋を利用していたとなったら別の探索方法が使えるかもしれない。
違法な営業だったら商人ギルドやデミオさんを動かすことも出来る。
そっちの方が確実に解決しやすい問題だ。
そうあって欲しかった。
しかし異世界は残酷だった。
宿に帰ったその日の夜中、
あたしは何かの拍子に目を覚ました。
何故自分でも目が覚めたのかよくわからない。
たまに夜中に揺れたと感じてもないのに地震で目を覚ますことあるよね?
あんな感じ。
あたしの五感は何も異常を感じていない。
危険察知も反応しない。
宿の周囲に違和感はない。
上下左右のお部屋の人たちにも変わった所はないようだ。
まぁ空き室はあるけども。
ではどこだ?
あたしの周辺ではない?
あたしがこの街で関わっていた人達についてだろうか?
ではここ最近で気にすべきと言えば・・・
今朝様子がおかしかった・・・ゴッドアリアさんか!
時計を見ればもう真夜中を過ぎている。
具合悪そうだったし、この時間なら絶対家に・・・
いない!?
遠隔透視でゴッドアリアさんの姿が見えない!
今朝がた視たのと同じ部屋の景色だ。
場所は間違えてない。
おかしいな・・・。
トイレだろうか?
あたしが今見たのはゴッドアリアさんのベッドが置かれている部屋だ。
トイレや周辺の井戸も視ようと、視点を移していくうちに、
あたしはとんでもないものを見つけてしまった。
今朝、部屋を視た時には気づかなった。
その後、置かれたものだろうか?
それとも最初からあたしが気付かなっただけなのか、
一人用の小さなテーブルの上に、
慎ましやかなお花が飾られていたのだ・・・。
さぁ、いよいよ事態が動きます!
・・・下書き頑張るぞ!