第十六話 カラドック激高する
<視点 カラドック>
しばらく時間が必要だったのは仕方ないだろう。
けれどさすがは長男コンラッドか、
彼は意を決して自分達にとっては恥辱になるかもしれない事実を明かしてくれた。
「カラドック様、仰る通りです。
母上は『倒せ』と申しましたが、できるなら我らは・・・
いえ、母上もそんなことなど頼みたくはないのです。」
「コンラッド、よい・・・もうそれは。」
「いいえ、母上、カラドック様には包み隠さず伝えるべきです。
カラドック様、
今はまだ彼は世間から『勇者』の認定を受けていない状態です。
ですが勇者となってしまえば、国際的にも彼の正体と出自が明らかになります。
先ほどは申しませんでしたが、彼は私たちの大事な家族でしたが・・・
この国の王子ではありません・・・あり得ません・・・!」
「ああ、女王のご兄弟の・・・表に出せない女性との間の子・・・でしたか。
その方の愛人か何か・・・女中とか身分の低い者だったのですか?」
そんな事はよくある話だと思う。
そんな者が勇者になって何が困るというのか?
「身分が低いだけなら・・・その者の身分を引き上げれば済むのですが・・・。」
「それだけではないと?」
「亜人・・・獣人だったのです、その女性は。」
獣・・・人!?
それは私にとって衝撃だった。
それはそうだろう、
元の世界にそんなものは存在しない。
転移させられたこの世界でも、この宮廷内では一切お目にしなかった。
・・・つまりそれだけ卑しい身分とされているのだろう、この国では。
「亜人や獣人など初めて聞きました。
私の世界には存在しません。」
「左様ですか、
こちらの世界では、ドワーフやエルフ、リザードマンなど大勢のヒューマン以外の種族があります。
ドワーフやエルフだと彼らだけの種族国家を樹立できるだけの知能と見識を持っていると認められているのですが、獣人は戦闘は得意とはいえ、政治などはとんと・・・。
その為、彼らはヒューマンたちからは虐げられ、卑しい存在とされているのです。
もちろんこの国でも、母上様のご兄弟の領地でも・・・。」
「この家ではそうじゃなかったのでしょう?」
そこは王子たち王女全てが首を振った。
「「「あの人は私たちの大事な家族です!!」」」
彼らの真剣な表情に目頭が熱くなる。
でも言わねばならない。
大事な家族だというならなおのこと。
「それでも彼を表に出すことは出来なかったのですね!?」
「く・・・それはっ」
コンラッドが言葉に詰まる。
イゾルテの目は涙が零れ落ちる寸前だ。
もう理解した、この世界を。
彼らの望みを。
この後に教えてもらったが、本来、人間が獣人に手を出して子供が生まれようと、特に貴族であるなら認知するなどありえないそうだ。
だが・・・生まれてきたハーフの子供は普通じゃなかった。
そうとも、
後に勇者の称号を受けるだけの才覚があったんだからな。
だからこそ、父親に自らの存在を認知させ、自分たち獣人の地位を認めさせるまでに至ったのだろう。
うん?
・・・いや、待て。
そうすると・・・。
「もう一つ教えてください・・・。」
「何でしょうか・・・?」
今の質問にはコンラッドが声を返したが、最後に全てを晒したのはマルゴット女王の方だった・・・。
「その彼の・・・獣人であるという母親は・・・。」
「妾が奴を引き取る前に亡くなった・・・。
栄養失調からくる病だったとか」
ガチャーンッ!!
ふざけるなっ!
我慢できなかった!
その場にいる全員が私の行動を予測できなかったろう・・・!
私は反射的にテーブルの上の手の届く全てを払いのけていたのだ。
「誰も、誰も彼の苦しみを、
いや、憎しみを理解してあげられなかったのですかっ!!」
私の口から勝手に叫び声が飛び出した。
なぜ・・・なぜこんな話を「またも」聞かせられなければならないんだ!!
いつの間にか、私の頬に熱い涙が落ちる・・・。
それだけじゃない。
二つの震える拳の中から血がにじみ出る。
だがそんな痛みなど何ほどのものだというのだろう。
「カラドック様・・・!」
隣のイゾルテがすり寄ってくる。
彼女も涙を流していたが、私の涙の理由は彼女のものとは恐らく違う。
君たちの従兄弟に同情しているのは確かだがそれが理由ではないのだ。
「ち、違う、違うんだイゾルテ殿・・・。」
無様にもそれしか私の口から言葉は出てこなかった。
何がどう違うのか説明したくもあったが、それ以上にあんな痛ましい話をしたくもない。
割れたカップや紅茶をぶちまけたテーブル、
それをかたしてくれるメイドたちに必死に頭を下げ、女王にも詫びる・・・。
「マルゴット女王、申し訳ありません・・・。」
もはや私の心は決まっていた。
この場で謝罪せねばならないこと以上に、これから自分のすべきことを告げねばならない事を。
「テーブルの事なら気にするな・・・。
そなたの激情は妾たちに向けて然るべきものじゃ・・・。
そなたに責められることは嬉しくもある。」
「・・・その上で、お伝えすべきことがあります。」
「うむ、聞こう・・・。」
「私は彼に会います・・・
そしてやはり私の使命は・・・
彼を・・・勇者を救う事なのです!!」
それから・・・
あの後、私はあの場に居づらくなり、元いた来賓室に戻らせてもらった。
それでしばらくしたところ、なんとまあイゾルテ嬢が一人でこの部屋にやってきたのだ。
なんでも女王が「軽蔑されてしまったのじゃあ」と落ち込んでいるとのことで、母親の代わりに謝罪に来たのだという。
いや、まあ、むしろ落ち込んでるのは私のほうなんだけどね。
あの時の気持ちに嘘偽りなどないとはいえ、頭に血が昇って大変申し訳ないマネをしてしまったからね。
ただそれはそれとして、仮にも王女たるもの自分の住む宮殿だからとて、こんな軽率なマネはどうかと思うよ。
「お一人でやってくるのははしたないですよ、イゾルテ殿。」
できるだけ優しい笑みを浮かべてみた。
「あ、ご、ごめんなさい、
どうしても先程の事を謝りたくて・・・。」
まぁ、この部屋にはメイドもいるし二人きりというわけでもないけども。
「イゾルテ殿は何も悪くないでしょう。」
「そ、それでも私たちの家族の事でご気分を害されてしまったのでしょう?
母上様もお兄様も出生による差別の事は良くないと・・・。」
そこで私はイゾルテの言葉を遮った。
「勘違いしないでください、イゾルテ殿。」
「は、はい・・・?」
「私だって聖人君子じゃありませんよ?
確かに私の国では身分差別を禁じています。
奴隷の存在も許しません。
ですが、民衆レベルにおける身分差別はなかなか払拭できないのも確かです。
地域社会によっては、それを禁止してしまうと更なる混乱を生んでしまう場所もあります。
私の国でさえそんな状態なのですから、他国に・・・ましてや異世界のこの国に私たちのルールを押し付けようなんて 思いもしませんよ。」
「では先程のは・・・。」
「もっと個人的な話です。」
たぶん、この後、この話を女王に伝えるのだろう。
まぁ私が話すより角が立たなくていいかもしれない。
「個人的な?」
「私に弟がいた話はしましたよね?」
「え、ええ。」
「彼を救えなかったことが心残りになっていることも。」
「はい・・・。」
「ここからは先ほど話さなかったのですが、
私たちの世界で大破局・・・異常気象、大地震、津波、
その他の大災害のため、弟とその母親は、これまた父から遠いところで暮らしていました。
私が彼らを見つけるまで弟は、私や父が生きていることすら知らされていなかったのです。
大勢の人々が死んだり行方不明になっていた時代ですから、そんな話は不思議でも何でもなかった。」
「・・・。」
「実際は、・・・先ほど申し上げた通り、父は既に人間じゃなくなっていた・・・。
その心は天使のものとなっており、魔王と対立するために国の発展と整備で、それこそかつて人間だった時の家族の事に時間を取るなど考えもしなかった。
・・・私自身、それについて何も思わないわけじゃない。
でも国王である今の私より、父は遥かに重い使命があり、なおかつもうあの人は人間じゃない・・・。
そう思うと理屈の上では納得せざるを得ませんでした。
そう、私には納得できた話でした。
ですが弟は違う。
私と弟の最大の違いは、
私は生まれた時に家族に恵まれていたこと。
幼少のころの私に父はいなかったが、叔父やその仲間たちがたくさんいた。
弟には、父親代わりの騎士がついていたのですが・・・
その騎士は父親の代わりにはなれなかった。
・・・私たちが弟と会った時、
彼の心にあったのは、
『何故自分や母さんを放っておいた!?』
『家族の命も知れないのに、何故羽振りのいい暮らしをしてきたんだ!?』という、子供にとってはごく当たり前の抗議だったんです・・・。」
ようやくイゾルテも話の流れを理解できたようだ。
彼女の小さい指先が震えている。
そして口にしたくもないことだが、ここで告げねばならない。
「私が弟を見つけた時、
彼が父親のもう一人の息子だと確信を得た時、
・・・既にその母親の命は尽きようとしていたのです・・・。」
「ヒッ・・・。」
イゾルテが悲鳴をあげる。
「そう、あなた方の従兄弟の話と一緒なのですよ・・・。
私たちも・・・弟も母親の命を助けることができなかった。」
「そんな・・・そんな、私たち・・・!」
「落ち着いて、イゾルテ殿、
あなたは何も悪くないんだ・・・!」
「でも・・・そんな残酷な!!」
「イゾルテ殿、
先ほどの話を聞いて、私の中ではあなた方の従兄弟と、私の弟の境遇が重なりすぎています。
私の世界では、弟は自分の立場を慮って国家の中枢から離れ、その為に部下の裏切りにあって殺されてしまう。」
「えっ!?
じゃ、じゃあ待ってください、カラドック様!
もしやこの世界でもあの方を同じような運命が待ち構えているとでも!?」
それだけはさせない。
絶対にだ。
「いいえ、
こちらの世界で彼がどういう運命を辿るかはまだわかりません。
でも・・・それだけは!
私の世界と同じ結果にだけはしたくない!
きっと・・・彼を・・・
あのテーブルに・・・
また家族が笑って夕食を共にする・・・!
そんな未来を手に入れてあげたい。
きっとそれこそが・・・
彼を・・・あなた方を・・・そして私自身にとっても、最良の結末だと思いたいのです。
どうか、マルゴット女王に・・・貴女のお兄様方に伝えていただけないでしょうか?
このカラドックがしようとしている事を!」
次回メリーさんの出番。
今回のお話は、
「私メリーさん」の緒沢タケル編に詳しく。