第百四十九話 人間の敵
ぶっくま、ありがとうございます!
マルゴット女王の問いに人形は静かに考えている・・・。
もう早く帰ってくれないかな?
「・・・ごめんなさい、わからないの。
確かに私には過去の時代について知らないことがあるし、
知りたいことは多分、色々あるはずだけど、
カラドックがそれらについて知っているとは現段階ではどうしても思えないの。
むしろカラドックは何も知らされていなかったんじゃないかとさえ、思っている。」
え? 背中に冷たいものが走る・・・。
これは私の勘だ!
目の前の人形からではない。
振り返ると女王の顔から余裕が消えている?
「聞き捨てならぬな・・・。
詳しく話せ・・・!
そなたはカラドックの知らない何を知っておる・・・!」
「あら? あなたの地雷はそこにあるの?
あなたこそ、カラドックには・・・
少なくとも私たちの世界には何の関係もないわよね?」
「たとえ異世界の人間であろうと、妾を母と呼ぶ者を貶めようとする者を見過ごす程、妾は擦れてはおらぬでな・・・。」
「ああ、誤解しないでね、
カラドックが傀儡だったとか、彼がピエロだったとか、彼を貶めようというつもりは全くないのよ?
・・・いいわ。
私にも人間だった時は可愛い娘がいた身。
同じ母親であるよしみで言ってあげる。
彼・・・カラドックには一人の父親がいる。」
「聞いておる、元は人間だったが天使として甦ったとか・・・。」
「そうね・・・では、その天使とは・・・
カラドックの味方・・・いえ、そもそも人間の味方なのかしら?」
あれ、
これ私は聞いてない話だ。
私はここにいていいのだろうか?
いやいや、私はただのメイド兼護衛。
重要な話は何も見てない、聞いてない。
聞いても全て忘れることにしている。
「・・・カラドックは・・・天使を人の身を借りた神・・・高次元の生命体と表現したと思ったが・・・。」
「なるほど・・・それは私には肯定も否定も出来ないわね、
でも納得は出来る表現よ。」
「しかし、それがどうした?
それこそ400年後のそなたには関係あるまい?」
「『彼ら』が死んだという証拠がどこにもない。」
「む?」
「そしてその後も・・・400年後の世界をも彼らが好きなように弄んでいる可能性がある。」
「『彼ら』とは?」
「その時代にはもう一人天使と呼ばれる存在がいる。」
「・・・カラドックの父親が対立していた魔王とやらか?」
「魔王・・・?
ああ、確かにウィグル王列伝にはアスラ王の事はそれだけの破壊の力を持っていると記されていたわね、
称号に関してはどうでもいいわ。
肝心なのは、その二人が、
私たちを・・・私の愛する者達を・・・そして事によったらカラドック達をも欺いているとしたら・・・。
いえ、証拠は何もないわ。
これは私の推測にしか過ぎない。」
「・・・言葉を選んでいるようじゃな・・・。
カラドックには告げられない事実を知っているのか?」
「・・・。」
「図星か・・・。
まぁ、カラドックに話せないと言うものなら妾にも話すことは出来んのじゃろう。」
うわぁ、あれだけのやり取りでそこまで話を見極められるのか、
やはり女王は私などと比べて頭の出来が違うんだわ。
「恐ろしい洞察力ね、マルゴット女王、
元の世界で貴女を敵に回さなくて良かったわ・・・。」
「そなた、あちらの世界の妾を知っておるのか?
む? 待て、そなた自分をカラドックの400年後の者と言ったはずじゃ、
何故カラドックの母親の事を、さも知っているかのように話す?」
「私は転生者なの。」
「なんと!?」
「私は向こうの世界で化け物として生まれた。
こちらで言うなら、意志ある魔物、
妖魔でも魔族と分類してもいいけれど、同種が存在する種族ではないわ、
一代限りの突然変異の化け物、
家族も保護者もいない。
あったのは激しい生存本能と人間への憎悪、恐怖、
そして今も使える精神能力。
あなた達にも見せた幻影は人形のスキルではなく、元々の私の能力よ。
私は自分と同じ境遇の化け物たちと出会い、
自分たちが生き延びるため、人類に復讐するためにありとあらゆる行為を行ったわ。
・・・そして当然のように、
私たちは討伐された・・・。
そしてその時、私を殺した男の名が斐山優一・・・。
後にカラドックの父親となる男よ。」
マルゴット女王も私も真剣に話を聞くしかない。
さっきまで、この人形とカラドック様には何の繋がりもないかと思ってた。
でも話の裏側では滅茶苦茶因縁があるじゃないの!
「私が生きていた段階で、その男、斐山優一と『ウェールズの魔女』フェイ・マーガレット・ペンドラゴンとは顔見知りの域を出ていなかった筈だと思う。
だから彼女と私が争う理由は何もなかった。
単に、世界の裏側に詳しい事情で、遠く離れた異国の地で魔術に優れた女性がいるらしいとしか、私の情報にはなかった。」
「彼らの出会うタイミングによっては、そなたと異世界の妾が敵対する可能性もあったという事か?」
「そうね、あくまでも可能性にしか過ぎないけども。」
「それで、そなたは400年後に転生したというのか?」
「次に『私』という意識が芽生えたのは、その400年後、
それまでは、とある軍事国家の辺境伯の娘として優雅な生活を送っていたわ。
ただ、正直に言うと、あれが転生というものなのか自分でも自信を持って言えない。」
「というと?」
「私の意識が芽生えたきっかけは、400年前の私の仲間の・・・死霊術士と言って伝わるかしら?
その男が400年前の私の魂を、その貴族の娘のカラダに注ぎ込んだという話なのだけど、
果たして『人間』にそんなマネが出来るのかと思うのよ。」
「確かに信じがたい話じゃ。
じゃが・・・実際にそなたの記憶は・・・歴史と合致するのじゃな?」
「忌々しい事にね。
なので、可能性として別の原因も考えている。」
「ほう、それは?」
「一つ・・・
貴族の娘の私に、類まれな精神感応能力が元々備わっており、
死霊術士の怪しげな術をきっかけに、400年前に実在した化け物の記憶を自分の記憶として読み取ってしまった可能性、
そしてもう一つ、
私の転生に・・・人間以外の存在・・・すなわち天使が介入しているケース。
彼らが何らかの目的で、私たちを利用しようと考えていたのではないか。
この辺りの話も・・・真実が知れるものなら知りたいと思っているわ。」
「さすがの妾もお腹いっぱいなんじゃが。」
ていうか、私なんか最初の一口目でギブアップなんだけど。
「ごめんなさいね、一つとして信じてもらえる根拠はないのよ。」
女王がため息をつく。
「・・・そなたやその愛する者たちを弄び続ける者がいると、
そしてそ奴らが、カラドックやそなたを今もなお、利用し続けているという事か。
それがその通りなら、妾であってもそなたたちに同情を禁じ得ないが・・・。」
「なにか?」
「いや、すまん、
そなたの話同様、根拠と呼べるような物は何もないのじゃが、それでも別の可能性を捨てたくはないのう。」
「別の可能性とは?」
「そなた達をこの世界に送り込んだ者は、
少なくとも誰かを助けようとして動いておるのではないか?」
「狼獣人ケイジの事?」
「もちろん、奴も含む。
じゃが、カラドックやそなたに送られたメッセージに嘘偽りがないのならば、
目的を果たした時にはカラドック本人も救われるのではないか?
もちろん妾達家族も。」
「・・・。」
「ふ、同意はできぬか?」
「いえ、ごめんなさい、
どうしても、イメージが結びつかないのよ。
もし私達の転移に天使が、
カラドックの父親が絡んでいるのなら、自分の家族に手を差し伸べるのは不自然ではないかもしれない。
でもそれは天使シリスだとしても、
人間斐山優一だとしても、そんな感情をあの男が持っているとはどうしても思えないの・・・。」
もしかしてその天使とやらは、人の心を持ってないという事なんだろうか?
「もちろん私にもよ。
あの男が私に手を差し伸べる義理なんか何もない。
同情?
憐憫?
有り得ない。
それらはあの男から最も縁遠い言葉だわ。」
「妾の異世界の旦那様はえらく評判悪いのう。
一体、あちらの妾はその男のどこに惹かれたのじゃ?
まあ、それならもう一人、魔王・・・いや天使と呼ばれた者はおるのじゃろう?
そして先程そなたは死んでいるかどうかもわからんと言った。
ならばそちらはどうじゃ?」
「破壊の王アスラがカラドックを?
アスラ王は直接シリスとカラドックに国を滅ぼされた身よ?
それこそカラドックを陥れるならともかく、救いの手を差し伸べる道理なんか何も無いわ?」
「難しい話だのう、
だが人形よ、今まで話を聞かせてもらったが、
せめて妾のお節介な助言を一つ送らせてもらっても良いか?」
「あら、何かしら?」
「今のそなたでは真実は見えぬのではないか?」
女王!
なんでそこでこの化け物を挑発するような事を!?
あ、ほら!
人形の瞼が細くなって・・・
あれ、体も若干前屈みに・・・って戦闘態勢じゃないの!?
なお、メリーが前回、何もない空間から鎌を取り出したように見えるのは、
あれも幻術です。
ただのパフォーマンスです。
さて、サブタイトルの「人間の敵」・・・
これは誰の事を言っているのか・・・。