第百四十六話 真夜中の侵入者
うわああ!
評価いただきました!!
ありがとうございます!!
「陛下、今日もお疲れさまでした、ご寝所のほうへどうぞ。」
「うむ、ニムエ、いつもすまんの。」
私の名前はニムエ。
マルゴット女王の侍女を務めている。
これでもこの国の有力な貴族の娘で・・・
・・・いや、有力というほどでもないか。
女王のメイドを務めるのは名誉な役職ではあるが、
そもそも本当に有力貴族であるならそんな仕事を与えられる筈もない。
ただ、こうやって、何年か立派に職務をこなし、女王の覚えもめでたくなれば、
おのずと良縁が生まれることも珍しい話ではない。
例え位の低い貴族でも、女王のプライベートを与り知れる位置にいた女性というなら、
それを利用しようという貴族はいくらでもいる。
おそらく後、二年もすれば私にもそんな話がやってくるだろう。
それまでこの大義ある仕事を卒なくこなさねばならない。
・・・もっとも、それは普通のメイドならという話でもある。
「本日はマッサージはいかがされますか?」
「・・・すまんが頼めるか?
どうせならベディベールにやってもらいたいところじゃが。」
「・・・さすがに年頃の男の子にそれを頼むのはいかがかと思いますが・・・。」
「むぅ、妾が平民であったなら何の遠慮も要らぬものを・・・。」
「いえ、平民でもベディベール様は恥ずかしがると思いますよ?」
既に三人のお子様を産まれたマルゴット女王と言えど、
その魅力的なカラダのラインは私でもうっとりとするほど。
例え実の息子と言えど、10代の健全な男性が迂闊に触れてどこまで平常心を保てるというのか。
それより、メイドの私などがこんな女王の発言を否定してばかりというのは、
普通に無礼と思われるかもしれないが、意外と女王はプライベートの場ではそんな事は気にしない。
恐らく、状況さえ許せば女王は街の平民とも気さくに会話を始める事だろう。
国民皆に人気があるのも頷ける。
貴族や公宮で働く者にとってはとんでもない話だが、おかげで私も気を楽にできる。
もちろんそれで仕事に手を抜いていいわけではない。
与えられた仕事は完璧にこなさなければ。
それでこそ、女王も私に目をかけてくれるのだ。
この場は既にマルゴット女王の寝所がある後宮ではあるが、
本来の寝所まではまだ10メートルは先にある。
女王は公務から帰られると、自らの寝所に着くまでにこういった他愛もない話で息を抜く習慣があるようだ。
廊下には薄暗く感じる程度の燭台が灯っている。
日中はバルコニーに面している部分の扉を開け放って空気を入れ替えているが、
当然、夜間はそれらをすべて閉じている。
大きな窓ガラスからは月明かりが廊下を薄く照らしたままだ。
ここ数日は雨や曇り空となっていたが、今日は星も見えるほど綺麗に晴れ渡っていた。
私にとってはもちろん、見慣れた光景だが、
廊下の片側には様々な美術品や調度品が配置されている。
全身甲冑の騎士の像や、高名な画家によって描かれた肖像画、
決して枯らしてはならない季節季節の麗しい花々が活けられた花器。
これらは毎回、花が萎れてないか、色褪せてないか、ここを通るたびにチェックせねばならない。
もちろん、他に何か異常が起きていないかも・・・。
「そう言えばの。」
「はい?」
マルゴット女王は世間話が大好きだ。
政務上の難しい話を私に聞かせるつもりはないようで、
また、私の身分的な問題からもそれは避けて然るべきなのだともわかっている。
その代わりと言っては何だが、
お菓子の話がどうとか、街では流行のファッションがどうとか、
普通に女性らしいお話が大好きなのだ。
・・・もちろん、恋バナも例外ではない。
だがこの国ではそれすらも危険な政争の具にされるので、
賢明な女王は、そちらのジャンルについては口を噤んでいる。
きっとストレスを溜めている事だろう。
となると今回は何の話だろう?
冒険者として活躍しているカラドック様の事だろうか?
あの方は私たちメイド達の間でもかなりの話題となった。
マルゴット女王の隠し子的な噂もないこともなかったが、
さすがに年齢が合わない。
いくらマルゴット女王でも10才前後で子供を産む事などできないだろう。
・・・この人ならやりかねないと一瞬でも思ったことは内緒だ。
最終的には異世界におけるマルゴット女王の息子という、俄かに信じられない公式見解が下された。
事の真偽は定かでないが、
女王含め、コンラッド様、ベディベール様、イゾルテ様方が、
みな、明るい顔を取り戻せたことは私たちにとっても喜ばしい事と言える。
けれど、あの方は先日この国を出られたばかりの筈。
もうそんなに追加情報が入ってきているのだろうか?
「今日、冒険者ギルドの方からの。」
「はい?」
「なんでもかねてからその存在を噂されていた、幻惑の森の妖精を討伐したと連絡があったそうじゃ。」
「まぁ! それは大層な魔力の籠った魔石が手に入ったという事ですか!?」
「そうなるの、しかも今回はその素体となるマンドラゴラまでも入手という、
これは魔術研究にも身が入るというものよ!!」
「・・・女王自らご研究なさるおつもりで?」
私はジト目で大事な話をしたつもり。
多少は同情するけど、この方にそんな暇などありはしないのだ。
「ぐっ・・・、し、しかしだの?」
「いいえ、私ごときメイドに女王の行動をあれこれ指図する事などできませんとも、
私がしたのはただの質問でございますよ?」
「ニムエは意地が悪いのう・・・。
それはそうと、ニムエよ。」
「はい、なんでございましょう?
もう、ご寝所の前に着きましたので扉を開けますが、
お話は中に入ってからでも?」
女王にそんな素振りがない。
むしろ足を止めて後ろを振り返っている。
あれ? 何か私は不手際をやらかしてしまったのだろうか?
「いや、寝室に入る前にだな、
あの精巧な人形はいつからここにある?」
はい!?
見れば、廊下の一角に黒いドレスに身を包んだ、神々しいシルバーブロンドの髪をした小柄な人形が立っている。
・・・有り得ない!
この私に何の知らせもなく、勝手に寝所へ続く廊下に調度品が配置されたり入れ替わるなんてことは絶対あり得ない。
週に一度は休日があるので、その日のうちにたまたま美術品が置かれたという話もなくはないが、それを私に報告がないなんて不手際があって許されるはずもなく、
そもそも、私は今日何度もこの廊下を掃除したり花を移し替えたりするために足を運んでいる。
その時にはあんな人形なんて影も形もなかった!
では・・・いったい、この人形は・・・!?
「陛下! 申し訳ございません、
これは私の与り知らぬものです!
だれが勝手にこんなマネを・・・?
しばしお待ちください、今日の執務担当に仔細を伺ってまいりますので・・・」
「不要じゃ。」
「は、はい?」
どういうことだろうか?
確かにこの人形は綺麗だし、美術的価値は素晴らしいものと思える。
薔薇の刺繍が施されたドレスも立派だし、あの煌めく髪は上級貴族の令嬢のものと比べても一切遜色がない。
もしあの人形が舞踏会などに紛れて、人間と同様の振る舞いをしたら、
全ての人間がその美しさに目を奪われることだろう。
だがだからと言って、それがここにいきなりあっていいという話などどこにもない。
正規の手続きを無視して配置されたというのか?
これは私でも問題が大きくなると思わざるを得ない。
ところが、事態は私が予想も出来ない程、見当違いの方向に進む。
「いつまでも動けぬ振りはよさぬか?
何の目的でここまで来た、異世界よりの訪問者よ。」
えっ?
女王が、に、人形に話しかけて・・・あ、女王の魔眼か!?
そして私は自分の目と耳を疑う事になる。
「あら? よくわかったわね?
瞬き一つしなかったのに。
あなたがマルゴット女王?
はじめまして、私はメリー。」
うううう・・・動いた!!
しゃ、喋ったぁぁぁあああっ!?
次回!
メリーさん対マルゴット女王!
元の世界では出会う事のなかった二人(?)です。