第百四十五話 みんなとお別れするの
麻衣ちゃんの学校に、
保健体育の先生で、寺内詩亜さんという剣道部顧問の方がいるとかいないとか・・・。
「「「メリーさん!!」」」
勿論こんなすぐに忘れることはない。
でも彼らは商人の護衛依頼真っ最中で国に帰ったはず。
何故まだこんな所に残っているのだ・・・。
テラシア・・・ストライド・・・バレッサ・・・ジル・・・みんな、
あら?
ヒューズはまた私の指を狙っているの?
えい!
あいさつ代わりに鎌を振り回してみる。
転びそうになりながらも、紙一重で躱したヒューズは引き攣った笑みを浮かべて逃げていった。
「何してるの、あなた達・・・護衛の依頼は・・・。」
まさか、依頼契約を反故にして私を待っていたというのか。
いくら何でもバカげている。
すると彼らの後ろから現れたのは、これも知った顔だ、
確か商人のロイドというお爺さん、
行きの馬車で一緒だったカーネルという人もいる。
「ハッハッハ、私どもの方で依頼の延長をさせていただきました。
もちろん、彼らが反対すれば延長など出来ませんがね、
残念ながら誰も反対しませんでしたよ。」
確か、期間は往復50日は見ているという話だったけど、この地で商人の用が済めば、速やかにハーケルンへ戻る契約の筈。
その依頼主の商人達が全面的にGOサインを出してしまったというわけか。
「商人のあなたまで・・・。
よいの?
商材によっては納期が有るものもあったのでは?」
「ははは、動く人形のメリー様の活躍をこの目にし、耳に伝え聞く方が、商人にとっては利益となります。
納期の遅れなど、それに比べれば微々たるものです。」
「私が魔物に敗れて帰ってこれない場合の想定は?」
「それこそ有り得ません、
メリー様は私たちの街を救ってくれた英雄です。」
なんとまぁ、呆れたというか、お人好しというか、
こんな人の心を忘れた人形相手に何と義理堅い真似をするのだろうか。
「みんな・・・寄ってたかって私を泣かそうとでも思っているの?
人間の時の感情なんて残ってないのよ?」
・・・いや、そうか、
この心の揺れは、感情がオフになっていないせいか・・・。
全く余計な贈り物を・・・。
「おっと? さすがの人形様も、意表を突かれた攻撃には弱いようだねぇ?」
テラシア・・・その私から一本取ったみたいなドヤ顔はやめてくれる?
「テラシアさん、負けず嫌いですからねぇ、
いつもメリーさんに手玉に取られて悔しかったらしいですよ?」
「バレッサ、余計なこと言うんじゃないよ!」
そんなにからかった覚えはないんだけど?
それに最後の方はストライドが調子に乗っていただけのはず。
けど・・・、
言葉が出てこない・・・。
久しく忘れていたこの感情・・・。
本当に・・・この身が人間のままだったなら私は泣き崩れていたのだろうか?
この私に恩を売ったところで何の見返りもない。
それが分かっている筈なのに、何故彼らはこんな私に・・・。
人間のままだったなら?
ふっ、可笑しい、
それこそ有り得ない話だ。
私はヒロインを破滅へと導く為の悪役令嬢だっただろう?
父も母も夫でさえも、転生者である私から見れば、物語の中の駒にしか過ぎなかった筈だ。
誰にも心を開かず、常に舞台の外から現実を見つめていた私に、
一体だれが手を差し伸べたというのか?
いや、私が自分でその手を振り払って来たのではないか。
これが本当に物語の中の悪役令嬢なら、
その企みは全て白日の下に晒され、死刑台に送られるのは私の筈。
しかし物語の結末は逆になった。
それは何時からだろう?
どこで物語は狂ってしまったのだろうか?
それとも最初から筋書きは決まっていて、私自身も駒に過ぎなかったということだろうか。
そんな私の人生に、光を与えてくれた子は、「あの子」だけだったというのに・・・
いえ、そうね、もう一人いたわね、
むしろ物語が終わり、私の役がなくなった後の方が充実していたのかもしれない。
『お母さん! お帰り! 晩ごはん作った!!』
『まぁ、ミカエラ!?
家の中から美味しそうな匂いがしてると思ったら・・・。』
泣くほど嬉しかった事と言えば・・・
まだ八歳にしかなってなかった一人娘が、夜遅くまで働いていた私の代わりに、いきなり食事の用意をほぼ完璧にこなし始めたことだろうか。
包丁やら竈の扱いやら、なんて危険なことをとも思ったが、母親の私がこの子は天才かと思うほどの器用さで全てを覚えていった。
・・・もしやこれも破壊の王アスラの血統のなせる業かとも思ったけれど、
それはそれでなんと才能の無駄遣いとも・・・いや、平和な時代になったのだから、あれはあれで喜ぶべきことなのだろう。
もちろんミカエラが嫁に行く時にも涙を抑えることは出来なかった。
『お母さん、あたしのお母さんになってくれてありがとう・・・!』
この子は親を泣かす天才なんだと思った。
その場で一緒にいた新郎の母親、ローリエまでもが貰い泣きしていた。
戦争で、彼女も早くに母親を亡くしていたらしい。
私たちは抱き合うような形で、互いの涙をハンカチで拭きあう始末となったのを覚えている。
なんだ・・・
人間の時の私にも、ちゃんと感情があったではないか。
あいにく人形の身では決して涙など零れるものではないが、
それでもこんなに人の心が尊いものだと思えるようになれたのなら、
転生した事にも意味はあったのかと思う。
・・・うん?
それって・・・
もし・・・もしもの話だけれども・・・
私の転生が・・・私のあの王宮での暗躍が・・・
私自身の意志でなく、誰かの筋書きに沿って行われたものだというのなら・・・
その後の私の再婚や、ミカエラを産んだこと・・・
それすらも筋書きの一つだったのだろうか?
そこで浮かんだ一つの考え・・・
「報酬」・・・?
別にそんなものが欲しいと望んだ覚えはない。
でもあの後・・・そこには例え小さなものとはいえ、
王宮生活にはなかった幸せがそこにはあった。
私がそれまでの人生で決して手に入れられなかったものがそこにあった。
彼女がお嫁に行くまでのたった十数年・・・それでも確かな幸せがそこにあった。
それが、私が悪役令嬢を演じ、大好きな「あの子」を死刑台に送ったことへの報酬だったというのか。
私をこの世界に送った者は、それに気づかせるために私に感情を復活させたとでも言うのだろうか?
いや、この考えで行けば・・・
別に私にこれ以上の報酬は不要の筈だ。
確かに、あの時代の真実について、何か私の知らない事実が隠されているのだというなら、
それを知りたいのは確かなことだけれども、
知らないなら知らないで、その物語は完結させても良いはずだ。
それとも報酬を支払い済みの私に、改めて別の仕事を頼むということのなだろうか。
勿論、主人公は私ではない。
ここで言うならカラドックか。
私という存在にカラドックの手助けでもさせようというのだろうか?
この私にか?
カラドックの父親に殺された私にか!?
まぁいい、
カラドックについてはこの先、着実に進めば、彼に近づくことができるだろう。
「メリーさん、また何か考え込んでいる?」
ストライドが私の顔を覗き込むような形で口を開いた。
仕方ないから答えてやろう。
「残念ながら、私に感動の涙を流す機能は備わっていなかったわ?」
がっくりと溜め息をつくストライド。
「はぁ、残念、ポロポロと泣き崩れるメリーさんを見たかったのにな?」
女性の涙を見たがるなんて、趣味悪いわよ? ストライド。
「それより話を聞かせてくださいよ!?
妖精ってどんな奴だったんです?」
「あっ、バレッサちゃん、オレが話を聞こうと思ってたのに!」
「ダメですよ、ストライドさん、メリーさんを独占しないでくださいね!」
仲良くなったわね、あなた達、いえ、変な意味でなく。
「お前ら、こんなとこで騒いでないで、
ロイドさんが食堂予約してくれたんだからな、
メリーと会えたんなら、グリフィス公国にいるのも今夜が最後だ。
さっさと移動するぞ、
メリー、ほら、こっちだ。」
テラシアはまるで引率者の先生ね。
うん、こんな筋肉質の先生なんて想像できないけど。
ああ、でもTシャツにジャージ姿の体育の先生ならテラシア似合うかしら?
「(テラシア)ちょ、え? おい!?」
この後の話だけれども、特にこれ以上言及する程の事はない。
強いて言えば、打ち上げの席に「栄光の剣」のミストレイと狐獣人オルベが乱入してきたくらいか。
アレンやミコノも勿論、私たちの騒ぎを聞きつけたそうだけど、あの二人は「自分たちが参加する空気じゃあないよね」と遠慮したそうだ。
翌朝、ストライドやテラシアの一団を見送るのには、朝まで騒いだミストレイ達にも付き合ってもらった。
ちなみに高齢の商人さん達は、寄る年波には勝てぬと途中で宿に引っ込んでいた。
無理しちゃダメよ?
「じゃあ、・・・みんな気を付けてね。」
自分が普通の人間のようなセリフを吐いているのが奇妙に感じる。
「うん、メリーさんも元気でね。」
「目的の人に会えるといいね。」
一つ一つがつまらないセリフだ。
その言葉がなんと心地よい事か・・・。
自分が人形だということを忘れそうになる。
少しだけ感謝をしよう。
感情を復活させてくれた、おせっかいさんに。
そしてこの世界で懸命に生きる彼らたちに祝福を・・・。
この私にそんな物を与える資格があればの話だけれども・・・。
彼らの一団が去り行くのを見届けた後、
そして私は振り返る・・・。
見上げるは、このグリフィス公国宮殿・・・。
次の舞台は、あの中にある・・・!
ゴブリン戦の時にもメリーの回想シーンありましたね。
ミカエラとローリエの名前はそこでも出ていたと思います。
もう一つの物語の方で、
ローリエは、お母さんのレイチェルをイルの兵隊に殺されて、住む所もなくなってしまいましたが、
無事に生き延びることができたんですよ。
結婚して男の子も生むことができました。
ちなみにディジーは王都で大きな旅籠のお手伝いさんをしています。
この辺りは向こうの物語で、
ほとんどの登場人物が退場し、
エピローグ以降・・・後伝的な形で描こうと思っていた部分です。