第十四話 女王無双
現段階で明らかにできるお話。
今回名前が出てくるアスラ王について。
カラドックの世界において、
20世紀から21世紀、そして新暦C.Aの時代に生きていた中東周辺一帯を支配下においていた王。
国の名はスーサ(古代史に存在するイランの都市と同名)。
その出自や正体は長い間不明とされていた。
身の丈およそ二メートル、四肢が異様に長く、その黒髪は腰元まで達する。
日本語や中国語に堪能であることから東洋人である事は多くの人間に予想されていた。
後にカラドックが王位を継ぐウィグル王国と対立関係にあったが、ついに大戦が勃発。
その戦いの過程の中で、
アスラ王が、カラドック達と行動を共にしていたリナという少女の祖父である事が発覚。
またリナの父親であった朱武をその手で殺していたことも明らかとなる。
最終的にはスーサ国首都上空にて天使シリスとアスラ王の一騎打ち。
世界最強最大のサイキックを誇るアスラ王の攻撃は、
天使に一切届く事もなく、
スーサ国は一晩にて消滅した。
その後のアスラ王の生死や消息は不明。
20年後、カラドック王の従者となっていたツォン・シーユゥが、カラドック王の極秘の指令にて天使シリスを探し当てた時、シリスがアスラ王らしき人物と会っていたのを目撃したそうだが、何の話をしていたのかは全く分からないとのこと。
<視点 カラドック>
すると重厚なドアは中から開かれ、同時に鼻をくすぐる美味しそうな匂いが私を迎えてくれた。
テーブル正面にマルゴット王女、
左側には奥からコンラッド王子、ベディベール王子が既に柔らかい笑顔で座っている。
私の席は、女王の真正面・・・ではないようだ。
王子達の反対側のイゾルテ王女と並んだ形で席を用意されていた。
・・・客を迎えるというよりも、家族そろっての夕食会といったところか。
そしてそれはベディベール王子の言葉からも窺える。
「五人でこの席を囲むのは久しぶりですね。」
家族全員がその言葉に互いを見渡す。
喜びと戸惑いの入り混じった表情だな・・・。
少しの間を置いてからマルゴット女王が言葉を繋ぐ。
「うむ、そうよのう、
それでは新たな家族を迎えての食事じゃな。
まずはカラドックよ、
この場にそなたを迎えられたことを嬉しく思う。
ここは存分に食べておくれ。
勇者を招待するために、料理人たちに腕を振るわせた。
それでは、コンラッド、ベディベール、そしてイゾルテよ、
杯を傾けよう・・・!」
給仕にワインを注がれ、全員でグラスを掲げる。
イゾルテはまだ14才だそうだが、注がれたのはブドウジュースのようだ。
この世界に飛ばされてきて時間が結構経っていたのか、胃の中にワインが染みる。
美味い・・・。
そのままテーブルを見渡すと、バターを使ったソース中心の肉料理や、葉物で巻かれた焼き魚もある。
「へぇ、ここはお魚も獲れるんですね?」
今の私の国は内陸のど真ん中なので、食卓に魚が提供されることは少ない。
もちろん川魚は獲れるが、厳密な意味で海産物は滅多に食べられないのだ。
「実家で過ごしていた頃は毎日のように食卓に魚がありましたので、凄く懐かしいです。」
そうなのだ、
ここで提供されている料理は、私の実家の味付けに近い。
なにしろ今の私の国は、実家から何千キロも離れた全く別々の国なのだから。
もう今の暮らしに慣れたし、今の料理文化に文句はないが、やはり子供のころの味は懐かしいと思えるものだ。
「カラドック様は以前、遠いところにいらっしゃったのですか?」
隣のイゾルテが興味深げに聞いてきた。
さっきの質問攻めの続きだな。
「ええ、私が生まれたのは島国でしたので、海産物には困りませんでした。
15才の時に生まれた国を出て、旅に出ました。
今や一国の主ですが、広大な大陸のど真ん中ですので、魚はなかなか・・・。」
ちなみに父がまだ王を名乗る前、
日本から鰹節を持ち込んだおかげで、日本風の出汁を使った料理も現在では宮廷中心に普及している。
今や晩餐会などで出されるメニューの幅はかなり広いと言っていいだろう。
すると斜め向かいからコンラッド王子がこちらに視線を向ける。
「あ、え・・・と、ではカラドック様は、
ご自分の国をご両親から受け継いだというわけではないのですか?」
コンラッド王子は長男だものね、
いずれこの国を継ぐのであれば、そこは気になるのも当然だ。
「そこは・・・少し話が複雑なのですが、
私はもともと王子ではありません。
母・・・マーガレットも別に王族でもありませんでした。
私が元の世界で生を受けたとき、
その世界は天変地異で大混乱に陥っておりまして、私の生まれた国・・・イギリスという国も例外ではありませんでした。
私たちの家系は王族ではありませんでしたが、それなりに国の中枢に近い位置におりましたので・・・。
大混乱の中、武力や母の智謀など・・・いろいろな活動の結果、最終的に私の叔父がその国をまとめあげました。
今も叔父がその国を治めております。」
マルゴット女王が目を見開く。
「なんと、
それではカラドックは自分で今ある国を手に入れたというのか?」
「はは、まさかそんな大それたことなどできませんよ。
私の今治める国は父から継いだものです。」
全員その父という部分に引っかかるようだ。
どうしても自分たちの家族と重ね合わせてしまうんだろう。
コンラッド王子の質問は続く。
「お父上殿・・・カラドック様のご両親は別々の国に?」
ここから先の説明が大変なんだよなぁ。
「ここから先は・・・私が話す分には抵抗ありませんが、皆さんには信じがたい話になると思いますよ?
それこそ私が異世界から召喚されたことを素直に信じきれなかったように。」
「なんの、面白い。
ぜひ聞かせてもらいたいものじゃ。」
女王は舌舐めずりでもしそうな程、身を乗り出してくるな。
まあ私が逆の立場でも聞きたがるかもしれない。
「では・・・話を進めやすくするために、先にこちらから一つ聞いておきたいのですが、この国に、『神の使い』あるいは『天使』といった概念はありますか?
ちなみに私の世界で『勇者』という特別な概念はありません。
せいぜい、英雄を指す程度の言葉です。」
「天使・・・とな?
いや、今の説明で意味は理解できるが、そんな者がいるとは聞いたことがない。
神の声を聴く巫女とは違う意味なのか?」
「ええ、違います。
もっと明確にするならば、天使とは人間ではありません。
全く別の高次元の生命体です。
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、人の姿をした神・・・と表現した方が理解しやすいかもしれません。」
全員の目の色が変わった。
それはそうだろう。
「母・・・マーガレットは若かりし頃、精霊たちの言葉を聞くことがしばしばあり、その時に予言のようなものなのか、自らと天使が出会い、子供を一人、授かると・・・
そしてその子供が大陸全土を治める王になるだろうと言われたのだそうです。
それまで・・・その、言いづらいのですが、母は結構、奔放な生活を送っていたそうなのですが、それからというもの、地上のどこかにいるという天使の噂を追い続け・・・。」
そこで一回話を切った。
「母の奔放な生活」というくだりで、
皆の視線がマルゴット女王に動いたからだ。
心当たりあるの?
「ゴ、ゴホン!
な、中々にロマンティックな話でないか!!
その・・・マーガレットはその一途な信念で、その天使に巡り会えたというわけじゃな!」
「その通りです。
ですが、天使というものは、その名の通り重大な使命をもって地上に降りた者。
いわゆる人間のような生活を享受できるものではありません。
母と過ごした時間はほんの短い間だけでした・・・。」
瞬間、周りの顔が曇る。
私の話は事実だが、そんな悲しい話でもないのだけど。
もちろん、説明不足な部分はすぐに補うつもりだったが、みるみるうちにイゾルテの顔がこわばっていく・・・。
「まさか、お父様は・・・。」
「ええ、ここからは説明が難しいというより、先ほど話した信じがたい内容になるかもしれません。
父と母が短い逢瀬を遂げた後・・・
父は人間としての生涯を終えました。
母は実家に戻り、そこで私を出産します。」
隣のイゾルテから「うっ」と咽せるような声が聞こえてくる。
ごめんよ、悲しい話を聞かせる気は全くないんだ。
「そしてここからになるのですが、
父は・・・人間の体を捨てることにより、全く別の生物・・・天使として復活するのです。」
さすがにマルゴット女王は未だ冷静なままだ。
「つまりは転生者のようなものか?」
「概念としてはそれに近いということになるのでしょうか。
もともと人間だった父は、赤子として生を受けた時点で天使の魂を封じられていたようなのです。
父本人から聞きましたが、そうやって人間の体の中で、人間という生き物がどんな生態なのかを学習していたそうなんです。」
みんな目を丸くして私の話を聞き続けるしかできない。
まぁ無理もないと思う。
「そして天使の封印を解除するのは、人間としての生命活動終了が条件、
つまり、私という跡継ぎを残した後、父は人間から天使に生まれ変わったという事なのです。」
・・・一応これで話を一区切りさせたつもりなのだけど、みんな理解できたのだろうか?
お?
まだ女王は聞きたいことがたんまりあるみたいだな。
「カラドックよ、
天使とは具体的に何をするものなのじゃ?」
「父は私に、
いえ、人間には詳しい事は曝けだせないようでしたが、最低限のことだけ教えていただきました。
天使の使命とは、すなわち地上の魔を監視すること。
ただ、この魔とは如何なるものを指すのか今以て不明です。」
隣のイゾルテからも質問が飛んでくる。
「それはいわゆる魔王のようなものでしょうか?」
・・・魔王ねぇ・・・。
私の元の世界で「魔王」と言えば、「あの男」のこと以外思いつかない。
だが、父の言い回しや言動からは、「あの男」を最大級に警戒しているようには一度も感じなかったのだ。
「いえ、勇者に対応する魔王という意味では決してありません。
ただ、魔王に近しい存在はいましたね。
あ、そうだ、
一つお聞きしたかったのですが、
この世界には私や女王のような術者、ここでは魔法使いと呼ぶのですかな?
その魔法使いはどのぐらいの数がいるのでしょう?」
これには女王の方が詳しそうだね。
「魔力持ちは大勢おるが、
魔法としてそれを発動出来る者はわずかじゃ。
戦闘に利用できる者はさらに減る。
妾の子でもベディベールが才能を見せておるが、コンラッドとイゾルテは魔術は難しそうじゃの。」
コンラッドは不満そうに顔を俯き加減になるのがかわいいな。
「私は剣と軍の指揮ができれば十分です!」
逆にイゾルテは誇らしげだ。
「私は戦うこと自体ありませんけど、弓は得意ですのよ?」
「へえ、それは意外だね、
イゾルテ殿のほうが術の適性があるかと思っていたよ。
それで私の術法のレベルだとこの世界ではどれぐらい通用するのでしょうね?」
マルゴット女王が悪戯っぽく笑う。
「どれぐらいと言われてもの、
そもそもあれは全力ではあるまい。
しかも魔力を底上げする魔道具も何もつけておらんではないか。」
「それは女王も一緒では?
しかも召喚術を使ったばかりでしたよね?」
気づいておったか、と言わんばかりにニッコリ微笑むマルゴット女王。
「魔道具はつけておったぞ?
まあ消耗しておったのは確かじゃが。」
ベディベール君が驚嘆の表情を示している。
同じ術者として、私や女王がどれぐらいの力量なのか判断しかねているのだろう。
「私について言えば、
残存魔力が最大かつ魔力増加のアイテム次第では、この城を氷漬けできるかどうかというところでしょうかね?」
「凄まじいの・・・
ならば冒険者としてはパーティーレベルでA級、魔術士個人としてならS級、魔導師クラスという事だろうな。」
なら、その辺りは私の世界と同じような位置付けと捉えていいのかな?
「それで元の話に戻りますが、
私の世界では魔法を使える術者そのものがほぼ存在しておりません。
恐らく私と同程度以上の力を持つ術者は母をいれても十人いるかどうかでしょう。
現存している者なら五人もいないと思います。」
「こちらの世界の方がすそ野は広いようじゃが、
世界最高峰の実力者と言うなら数的にはそのようなものであろうな。」
「ただ私の世界には、破壊力だけなら魔王と呼んでも差し支えない者がおりました。
私や母を含めた先ほどの術者残りの九人が、
束になったとてその足元には及ばないでしょう。
その魔力は天候を操り巨大な稲妻を撃ち落とし、
大地を震わせ、山脈を突き崩す事まで可能です。」
破壊の王アスラ・・・
私の父と共に、もう一人の天使と呼ばれた男・・・。
「そのような者がおったのか!?」
「その者こそ父の最大の対立者、
数年前まで私の世界大陸半分を席巻していた、地上最強の軍事国家の覇王だったのです。」
「その魔王を討ち滅ぼす事がそなたの父の使命か?」
「確かにそう考えていた者が多かったのは事実です。
ですが、今は明確にそれは違うと言えます。
魔王は、父の言う『魔』とは全く別なもの、
ただ父は『魔』を監視する為の一環として、
父はその魔王の国を打ち倒すと決めたそうです。
そして、この私カラドックは、
15才になると同時に、一人で旅に出るよう母から申しつけられました。
家では大勢の使用人や騎士達が仕えており、彼らから、そして母から多くの事を学びましたが、仲間の力を借りず一人で海の向こうまで旅に出ろと言われたのです。」
「たった一人でですか!?」
ベディベール君から驚愕の声が出る。
「自分の判断で、他の商隊や旅人と道中共にすることは許されましたよ、
まぁ、もちろん、彼らが突然追剥になったり、彼らが実は盗賊だったなどという危険と隣り合わせでしたけどね。
旅の目的は、もちろん修業的意味合いもありますが、世界の反対側に生きているはずだという腹違いの弟を見つける事、
そして弟と二人で、魔王と戦う父の元に赴き父を助力せよと、
それが私に与えられた目的となりました。」
「弟殿・・・。」
そこで彼らの空気が微妙に変わったようだ。
何か少し胸騒ぎがするな。
だが、全く別の意味でその空気を女王がぶっ壊してくれる。
「何という豪快な教育じゃ、
この家でも取り入れてみるとするかのう、
どうじゃ、ベディベール?」
途端に真っ青な顔になるベディベール君。
とりあえず、救いの手を出してあげよう。
「いやいや、
確かに滅茶苦茶だとは今でも思いますが、子供のころからいつかは家を出て父のもとに参ずるように予め言われてましたからね。
ちゃんと覚悟はしてましたよ?
それにその為の準備も出来ましたから。
いくら何でもいきなり一人で出てけと言われたら、最初に詰んでましたよ。」
そして今度は隣のイゾルテから質問だ。
「それにしても凄いお母さまなのですね、
いくらご自分の息子を信じるにしても、そこまで過酷な旅に出させるとは・・・。
きっと旅立ちの日にも毅然とした態度を貫かれたのでしょうね?」
あー、それは・・・
「ふっふっふ、違うな、
まだまだ甘いぞ、イゾルテよ。」
突然、女王が立ち上がった。
微笑を浮かべながらイゾルテの傍まで歩いてくる・・・
あれ?
と思ったら、こっちまでやってきた?
何をするのかと思ったら、
なんと、いきなり女王は私にガバチョと抱きついてきたのだ。
「あああ~ん!
わたしぃのかわいぃぃぃカラドックぅぅぅっ!!
行っちゃいやぁあああああ~っ!!
お母様を一人にしないでぇぇぇぇっ!!」
「はっ? 母上っ!?」
でぇぇぇぇっ!?
なんで!? どして!?
条件反射で母上って言っちゃった!
なんでこの人、母上の性格もう理解できちゃってるの!?
本当に母上じゃないんだよね!?
一人二役やってないよね!?
女王はひとしきり私に頬をこすりつけた後、
これ以上にない程のどや顔をきめてくれやがった。
「と、まぁ、こんな感じだったのではないか?
正解であろう!!」
「そ、その通りです・・・。
あ、あの女王の魔眼・・・て、
人の記憶を覗けるとかそんな機能でもあるのですか?」
「何を言う?
そんなことできるものか、
単純にもう一人の妾の性格や言動などもう理解したわ!!」
恐ろしい、
勝てない・・・。
絶対に勝てない、
この人と争っちゃダメだ・・・。
たぶん、先ほどのベディベール君より今の私は青い顔をしているのではないだろうか・・・。
まだ他の物語のネタバレは続きます。
「地上の魔を監視する事」、
これは「メリーさんの物語」から、天使側の目的として一切ぶれることはありません。
しかし、その上で天使がどう動くのか・・・それは誰にも・・・
当の天使にも理解できないのです。
全てを知るのは、大地の底に封じ込められた古の大神のみ・・・。