第百三十一話 いよいよ森の前までやって来たのだと申し上げます
翌朝、私たちは村を出ました。
昨日からの雨はもう止んでいます。
道はぬかるんでるというほどでもありませんが、時折、水はけが悪い箇所があり、轍の後がくっきりと残る程度でしょうか。
濡れた草花の匂いが私たちを迎え入れてくれるかのようです。
村人たちは・・・私たちが出ていくのを「やっとか」と安堵の笑みを漏らす者もいれば、私たちに何かを訴えたいような・・・そんな眼差しを送ってくる者もおりました。
さて今回、村を出るにあたり、おおよその「幻惑の森」の場所は長老様から聞き出していたのですが、地図も何もない旅路に不安な点が多くあったのは否めない事です。
例え敵の魔物を見つけて倒せたとしても、そのまま森に迷い込んでしまえば、
いかに戦闘能力が高くても命の危険があります。
そんな時、村の女性の一人が馬に乗って私たちの前までやってきたのです。
「あたしに途中まで案内させてください、
・・・兄が・・・あいつに殺されてるんです・・・。」
それは願ってもないことです、
アレン様は彼女に優しい言葉を投げかけた後、旅の同行を認められました。
お名前はミランダさんと伺いました。
何でも道に迷いさえしなければ、ここから二時間弱で当の幻惑の森には辿り着けるのではないかという事です。
もともと、バラナ高原とまで言われているだけあって、その中心地付近では土地の高低差はあまりありません。
逆にどこからどこまで・・・いわゆる「幻惑の森」に相当するエリアなのかは、中々判別しづらいそうです。
簡素な普段着に身を包んだミランダさんという村の女性は、栄養が良くないのかやつれた風貌の上に、すぐにぜぇぜぇ、息を切らせていましたが、やはり肉親を殺された恨みが強いのか、目の光りだけは消さずに私たちを先導してくれています。
・・・。
ここで私は、自分自身の事で少し思う所がありました。
もともと、私のこのパーティー内での立ち位置は、
アレン様の相談役、というところでしょうか?
アレン様と同じ貴族である事も手伝って、
期間限定とはいえAランク冒険者を目指す者として、
何かしら判断を行う場合、もちろんリーダーはアレン様ですが、
まず先に意見を求められる者は私だと自負しております。
当然のことながら、如何に理知的に、冷静に状況を分析し助言を行うかが、私の役目でもあるわけです。
私も年頃の女性ですから、自分の感情を抑えきれなくなることや、自分の中に様々な願望が眠っている事は自覚しています。
ですがそれに振り回されるようなことがないよう、常に自分を戒めています。
そんな習慣を長く続けていると、他人の感情などにも冷静に見つめるようになってしまいます。
オルベちゃんやミストレイさんなんかは、逆に自分の感情も優先しますし、同様に他人の心情にも敏感です。
もともと、この依頼・・・話を持ってきたメリーさんに、私は何の義理もなく、
ただ単にパーティーがAランクに辿り着くまでの一つのステップに過ぎないと考えております。
もちろん、普段だってクエストの受注に私情を挟むつもりなど何もありません。
ただ、こうして大勢の人の犠牲が過去にあるならば、その恨みを晴らせてあげたいと思う程度には、私にも人の心が残っているという事なのでしょうか。
でもそれって、神に仕える僧侶の身分としては、どうなんでしょうね?
途中、馬車の中で弓使いのミストレイさんが話しかけてきました。
「ミコノ、どう思う?
今回の戦い、勝算は?」
「・・・わかりません、
もちろん、負けるつもりなどありませんが・・・
最悪、一度戦って向こうの正体を掴んでから引くのもアリだとは思ってます。
なにしろ聞いた話では、今回の妖精は生まれた場所を離れられないのだそうだから。」
妖精の使う魔法が不明なうちは何とも言えないのですが、
普通の人間の魔術士が使う程度のものであれば、圧倒的にこちらが有利のはずです。
例えうちの魔術士ライザより魔力が上だとしても、
魔法の射程距離よりも、ミストレイさんの弓矢の方が遥かに長く、隠密性にも長けています。
既に私の頭の中ではいくつかの戦術パターンが組み上げられています。
それでも何が起きるかはわからない。
それ故、その戦術の中には「一時撤退」という案も勿論、入れているのです。
「慎重だね~、
でもそうか、確かに勝てなくても誰も被害が出なければいいんだよね、
戦うのは完全に勝てるめどがついてからでもいいのか。」
「そもそも・・・」
「「えっ!?」」
びっくりしました。
今まで本物のお人形さんのように静かにしていたメリーさんから話しかけてきたからです。
「なっ、なんでしょう、メリーさん?」
「脅かせたらごめんなさい?
私はまだ魔物というものについて詳しくないのだけど、
妖魔とか妖精とかに違いというか、生態上の定義とかあるのかしら?」
メリーさん自身、魔物なのかどうなのか疑わしいのですが、
彼女はあまり世間慣れしてないのでしょうかね?
ただ、確かにその問題は普通に暮らす一般人でも頭を捻る話かもしれません。
「あーっ、それは・・・よく学者さん達の討論テーマでもあるよね?」
「ミストレイさんさんの言う通りですね、
誰もが疑問に思うんでしょうけど、まだ完全な区分付けはされてない筈です。
身もふたもない言い方をすれば、言ったもの勝ちっていう話も・・・。」
「では厳密な区分ではないという事かしら?」
「定説とされている区分についてはこうでしょうか?
・・・魔物の内で、言葉を喋ったり、人間と普通に会話ができる種族に、
魔族、妖魔、妖精と言ったものがあります。
魔族に関しては、体内に魔石を有する亜人といった認識でいいと思います。
そして妖魔は魔族より動物に近い種になるんでしょうかね、
必ずカラダの特徴に動物の因子を見つけることができます。
そして魔族も妖魔も、人間又は動物の特徴があるだけに、その生態はそれぞれに準じます。
一方、妖精種は物質的な肉体こそ有していますが、その存在は精霊に近く、その生存活動に際し、生きるための飲食や排泄などと言った、生物に当然な行為が必要ないらしいのです。
ただ、それも説の一つで、実際には別の代替手段によって飲食を行うという話もあったりして・・・。」
「へぇ・・・面白いのね・・・。
でも、ゴーストやレイスと違って実体はあるわけね?」
「そ、そうです、ゴースト系だと通常武器は効かないので、
魔法か魔法武器・・・まぁ僧侶系呪文でいいんですが、妖精種なら普通の武器でも傷つけることは可能です。」
ミストレイさんもにっこりとフォローしてくれます。
「・・・つまりメリーさんの大鎌でも大丈夫ってわけですね~?」
「ああ、それは一応念のために聞いただけ・・・。
たぶん、実体のない敵にも私の鎌は有効・・・、
何しろこの鎌は、その魂ごと刈ることができる闇属性の武具だから・・・。」
ゾクリ・・・!
なにそれこわいです、
でも確かにあのアラベスク文様の鎌とやらは禍々しい気配がプンプンします。
呪いの武器と言っても大袈裟ではありません。
ああ、ライザがまた不気味な笑みを張り付けて、メリーさんを凝視しています~。
「みなさん、そろそろです!
馬車を降りてください!!」
外から村の女性、ミランダさんの声がかかりました。
馬車を降りると・・・なるほど、街道の脇から一目でそれとわかるような茂みが見えました。
その奥は鬱蒼とした木々が拡がっており、これ以上は馬車は勿論、馬に乗ったままでも厳しそうな森が見えています。
「ここから先は、人の足でも最短で行けば20分くらいで妖精の住処には辿り着けるそうです、
・・・ですが森に迷った場合は、何時まで経っても妖精に会えないばかりか、森の外に帰ってこられるかも分かりません。」
「十分だよ・・・どうもありがとう、
君のお兄さんの仇はきっと取るからね・・・!」
アレン様のお言葉で、村の女性の顔がみるみる真っ赤になりました。
本当に罪作りな方ですね、アレン様は。
また信者を増やすおつもりですか?
結局、ミランダさんは私たちが帰ってくるまで、ここで馬車や馬の面倒を見てくれることになりました。
そして夕方まで枯れ木の枝を集めて火を焚いてくれるそうです。
立ち昇る煙が帰りの目印になればいいのですが・・・。
なんとか今日中にケリをつけたいものですね。
「さて・・・。」
私たちは森に立ち入る前にお互いに視線を交わします。
それぞれ、準備と覚悟はいいか、確認の儀式のようなものでしょうか。
もちろん、今回初めて私たちのクエストに同行するメリーさんにそんな義務も習慣もないのは存じてますが・・・あれ?
見ると森の外でメリーさんが立ち尽くしています。
怯えているわけでも何かを待っているようでもなさそうですが・・・。
私の視線に気づいたのか、メリーさんは軽く首を振って応えてくれました。
「ごめんなさい、気にしないで?
私にとっての儀式のようなものよ。」
「あっ、ええ、そうでしたか、それは失礼を・・・?」
「すぐに行くわ、
先に行っててくれるかしら?」
「わ、わかりました。
ではお待ちしています・・・。」
そこで私が歩みを続けて、少ししてからでしょうか・・・?
背後にいたメリーさんが、何かつぶやいていました・・・。
もちろん、私や私たちのパーティーに向けて喋っていたのではないのでしょう。
でも何か、それを私は聞いてはいけないような言葉の気がして、
私はその声を無視して先に進んだのです・・・!
「・・・見つけたわ、そこにいるのね?
『私はメリー・・・いま、あなたの森の前にいるの・・・』」
───第三者視点───
「彼女」は眠っていたのか・・・
誰かに声をかけられた気がして、その赤紫の眼球を見開く。
「・・・んん~?」
声らしきものが聞こえてきたのは頭上の樹々の枝から?
だがそこにいたのは真っ黒な一羽の大きな鳥・・・。
妖精アルラが不思議そうに首を捻ると、
それを真似たわけでもあるまいに、
その黒い鳥も同じように首を曲げ・・・
その後、仕事は終わったとばかりにその枝から飛び去って行ったのだ・・・。
メリーさん
「カラス・・・でいいの?
ていうか、これスキルなのかしら? 鑑定には載ってなかったと思うのだけど。」