第百二十六話 村に着いたのだと申します
ガラガラガラ・・・・
パッカパッカパッカ・・・
聞こえてくるのは馬車の車輪が紡ぐ音、
そして何頭かのリズミカルな馬の蹄・・・。
今日は小雨交じりの天気ですが、街道がぬかるむ程ではありません。
寒さ対策に少し厚着にして、丸一日かけて街道を目的の森に向かいます。
私の名前はミコノと申します。
グリフィス公国の中の国教でもある金枝教の僧侶です。
一応、この国でも貴族の家系なのですが、四女ともなると政略結婚の価値も低いために、
両親は早々と私を教会に出家させました。
その事に対し不満はありません。
むしろ貴族の政治的パワーバランスの駒にされるお姉さま方に対し、同情心さえ覚えております。
教会での暮らしも充実したものでした。
教会では出自による身分差別もなく、貴族も平民も一緒に教育の場も与えてもらいましたし、その事が私にとっては新鮮でした。
また、私には僧侶としての職業適性が高かったようで、同年代の子供たちの中でもトップクラスの治癒系スキルを持つようになりました。
一定の教育期間が終わると、私たちは僧侶の資格を得たうえで、公国各地へ修行に出る必要があります。
幾つかの候補の中から選べるものがあるのですが、私は冒険者として魔物の調伏という修行を選んだのです。
病院の看護や孤児院の手伝いなどを選ぶ者が多い中で、冒険者になるという道は誰の目にも奇異に映ったことでしょう。
私自身、その選択に迷いがなかったかと言えば嘘になりますが、
実家が魔物の討伐で恩賞を受けていた騎士系の貴族であったことが、私の深層心理に根付いていたのかもしれません。
そして何より、冒険者ギルドでアレン様と出会えたことはやはり私の運命だったと言って良いと思います。
アレン様もご実家は子爵級の貴族で、ご本人は継承権のない五男とか。
私と似たような境遇であることに親近感が高まっていったのは否定できません。
狐獣人のオルベちゃんが、時々アレン様にちょっかい掛けようとしているのが鼻につきますが、アレン様は誰も贔屓しないように私たち全員に気を配ってくださいます。
何も知らない他の冒険者には、アレン様が単に女好きでハーレムを築いていると誤解されがちですが、アレン様は男性に対しても紳士です。
私たちのパーティーに臨時で参加した、あの天才的精霊術士カラドック様とも良好な関係を築き上げられました。
むしろ一時的にせよ、うちの女の子たちがカラドック様になびきかねない雰囲気もありましたが、最後は和やかな形でカラドック様は旅立って行かれました。
本当にあの方が妻子持ちだというのが残念でなりません。
・・・え? いえいえ、私はアレン様一筋ですとも。
それで、えーと、話の続きが・・・そうそう、
私たちのパーティーは、カラドック様が抜けた後も、滞りなくクエストをクリアし、Bランク昇格までこぎつけました。
私はあくまで修行の一環でパーティーに属しているので、いつまでもアレン様と共にはいられないのですが、このメンバーのままでいるうちに、Aランクまで実績を付けたいと思っています。
その上で教会に戻れば、上位司祭の資格を得るのも難しい事ではないでしょう。
そこから先はまだ何とも言えませんが、その地位まで上り詰めれば、自分でいろいろな道を選ぶことが出来る筈です。
今はこのままアレン様と共に着実に実力を上げて行く時です。
Aランククエスト、妖精種の討伐・・・私の防御魔法でどこまで通じるのか、
私の責任は重大です。
気をしっかり引き締めねばなりません。
それにしても、この話を持ってきたメリーさんという人形。
あれは如何なる存在なのでしょうか?
私の観察眼では明らかに闇の存在・・・、
ゴーレムという魔道具であるならたいてい属性が存在します。
なのでメリーさんが魔道具というカテゴリーで、なおかつその属性が闇系だというのは、そんなに不思議ではありません。
よく勘違いされがちですが、闇属性だからと言ってその心性が悪とは限りません。
ダークエルフのライザだって闇魔法が得意ですが、別に悪い子ではないのです。
・・・ちょっと偏執的な性格ですけども。
逆に言うと、聖属性に属するものとはいえ、悪しき心に身を染める者も存在するのです。
立場上、それを認めるのは心苦しいのですけどね。
とは言え、道具は道具。
火属性だって扱いを間違えれば火事に発展するし、強力なものになればなるだけその扱いは難しい。
属性が何だろうが、根本的には問題ないのです。
ただメリーさんの場合は、ご自身に意志が宿っているという。
話を聞く限りでは、殺された人たちの恨みの声に応じて鎌を振り下ろすとのことですが、
なるほど、闇属性の魔道具というのであればそれに相応しい能力かもしれません。
さて、あのガラの悪い人達、オーガバスターズの皆さんはそれぞれが馬に騎乗し、
私たちはアレン様の私物でもある馬車に揺られます。
御者は狐獣人のオルベちゃんとアレン様が交代でついています。
・・・メリーさんは・・・馬車の片隅で眠っていらっしゃる?
でも時折、馬車の向かう方向や、周りの森の中に潜む狼たちの気配を感じて、
私たちにその存在を周知してくれます。
もっとも、獣たちもこちらを警戒してすぐに襲ってくるわけでもありません。
まれに見すぼらしい野良コボルトが襲ってきましたが、
既にメリーさんが方角を看破していたので、ハイエルフのミストレイがその弓で足を止め、
オーガバスターズの皆さんが「ヒャッハーッ!!」と止めを刺されていきました。
感知系能力に優れた人がいると、旅も楽ですね。
私たちは苦も無く、目的のバラナ高原近くの村まで辿り着き、そこで一泊することになったのです。
その村の名はチェンバーというそうです。
都からそんな大して離れた距離でもありませんが、私もあまり聞き覚えがあるような名前ではありません。
主要街道からも外れ、特に名産品もないような村であれば仕方のない話です。
案の定、寂れたイメージの村には活気も明るいイメージもありません。
村の入り口で、門番がピリピリした態度で私たちを迎えました。
「お前ら、この村には何もないぞ・・・。
何しに来た・・・。」