第百十八話 都の冒険者ギルドに来たの
こんにちは、ご機嫌いかがかしら?
私が話をするのは久しぶりね。
とはいえ、私もあまり喋ることは得意な方ではない。
感情というものが存在しない人形の身分では、聞かれたことに反応するのがせいぜいか。
そもそも人間だった時の私はこんな喋り方ではなかった気がする。
長い間、人形メリーとして時間を過ごすうちに喋り方も変わっていった。
考えてみれば、
化け物として生きていた自分と、
貴族の娘として生きていた自分、それぞれやはり喋り方は異なっていた筈だ。
器というものは重要なものなのだと今では理解できる。
この話は頭の片隅にでも覚えていてくれさえいればいい。
今は「あの後」の話をしよう。
ハーケルンの街を出て、
山賊の襲撃を打ち払った私たちの前に現れたのは、
オデムという少女の姿をした人造生命体。
知能そのものは高いとまでは言えないが、
あそこまで人間に近い形で、しかも人間同様の生活を送れるというのならば、
あれを造り上げた者は途轍もない技術の持ち主だと言えよう。
・・・何らかのスキルによる可能性はもちろんあるが、
私の手持ちの能力、そして伝え聞くもう一人の転移者、カラドックの精霊術などでは及びもつかない高レベルの術者だという事になるだろう。
それはそれで興味がある。
あの短い時間で私が理解できたことは、
あのオデムは人造生命体とはいえ、無から誕生したわけではないということ。
恐らくベースとなる生物が存在するのだろう。
鑑定は弾かれたようだが、山賊を捕食した行為から判断するに・・・
あれは不定形生物・・・この世界で言うスライムだろうか。
スライムならば、進化を果たすと他の魔物の姿に擬態することも出来るという。
もちろん、所詮スライムはスライム、
擬態と言っても、元の魔物そっくりに再現できるわけではない。
遠目に見て姿を似せられる程度のもの。
能力だって再現できない。
そして勿論、人語まで操るスライムなど存在しない筈である。
だからこそ、あのオデムを造り上げたというマスターの存在は恐ろしい。
私のもとのいた世界ですら、そんな事ができる者は・・・
いないとは言わないが、21世紀の医療科学技術を以て、人間の脳を動物に移植するとかその程度の筈だ。
キメラのような改造生物も造り上げることは可能だろう。
だが、いわゆるサイキックや、この世界で言う魔術で人造生命を造り出すなど考えられない。
それこそ、あの時代にいた二人の天使のどちらか・・・
もしくは私が転生した後に降臨した「光の天使」、
「あれ」が天使と言っていい存在なのかどうかは棚に上げるとして・・・あのクラスでもないと考えられない。
ならば・・・この異世界に・・・
私たちの世界に存在した天使クラスの生物が生きているとでも言うのだろうか?
いや、オデムの話が真実なら、
それは私たちの世界からやって来た者なのだろうか?
その考察はひとまず置いておこう。
私の名はメリー、
いまグリフィス公国にいるの。
私の探すカラドックという人物は、オデムの話によると、もうグリフィス公国にはいないのだそうだ。
けれど、馬鹿正直にその言葉に従う私でもない。
特に急ぐ用がないのならば、カラドックを召喚したというマルゴット女王について調べようと思い、予定通り商人さん達の馬車に揺られグリフィス公国に到着した。
一応その場でオデムに聞いたけれども。
「私が急いでカラドックに会う必要はあるのかしら?」
「うーん、どうだろう?
オデムはマスターに言われたことを伝えただけ。」
少なくとも謀略や悪だくみの可能性はなさそうに思えた。
なので、そのまま、苛烈なる乙女の一団、銀の閃光の彼らと共に、グリフィス公国に到着したのだ。
商人さん達はこのままこの国で活動を続け、予定された時間と共にハーケルンに引き上げる。
冒険者の彼らの護衛期間は行き帰りの旅だけだ。
従って彼らはその間、この国で自由行動となる。
もちろん、この国の冒険者ギルドでクエストを受注するのも自由なのだ。
そしてそれは私についても同様と言える。
・・・大きい。
遠くの山間からもその都市の大きさは目にしていたけども、
城壁を前にして、私たちはその豪華さや頑丈な造りのその都市の規模そのものに目が釘付けとなる。
「・・・こりゃ、ハーケルンの街なんか比較になんねーな。」
銀の閃光のリーダー、ストライドがボソッと呟く。
恐らく初めてここ訪れたものは皆そう思うのでしょう。
赤髪のテラシアでさえ、広大な都市の景色に心を奪われている。
「私たちは何度か来た事がありますからな。」
キャラバンのロイドという商人が、簡単に説明しつつ馬車は城門をくぐる。
面倒な手続きも、商人たちにとって慣れたものというわけね。
つまりどういう事かというと、
「あたしたちはお上りさん、というわけだ。」
テラシアが苦笑交じりに手を挙げる。
「あ、やっぱり・・・。」
銀の閃光の男の子たちもみんなハーケルン育ち。
グリフィス公国はおろか、外国に行くこともなかったようだ。
「バレッサは来たことないか?」
魔術士の彼女はエルフだものね、
ハーケルンの人間ではない・・・けども。
「すいません、あたしもグリフィス公国には来たことないです。」
もはや、彼らにすることはない。
観光でも、冒険でも好きにすればいいと思うのだけど。
ストライドが気軽に話しかけてくる。
「メリーさんはどうするの?
その・・・異世界からきたカラドックって人を呼んだ女王に会うつもり?」
「そうしたいのだけどね、
動く人形が女王様に謁見したいって言っても、会ってくれるのかしら?」
普通に考えて無理よね?
みんなが押し黙る。
うん、知ってた。
ここにいる人たち、みんな悪い人じゃないのだけど、
そんな頭が回る人たちではないものね。
「まずは冒険者ギルドに行こうと思っている。
カラドックはここでデビューしたのでしょう?
なら評判だけでも聞けると思うの。」
ここでテラシアがおかしな事を言い始める。
「そうだな、あたしたちの立場的にもそれが手っ取り早いな。」
私はきょとんと首をまわす。
「『あたしたち』?
ていうか、・・・カラドックのことを調べるのは私の都合であって・・・
テラシア達には関係ないわよね?
私についてくる必要はないのでは?」
「あー、気にするなよメリー、
あたし達もここで依頼を探すさ。
何もなければあんたの行動見てるだけでも飽きが来なさそうだしねえ?」
「またまた、テラシアさん、
そう言って、実はメリーさんの手助けしてあげようと思ってるんでしょ?
人形のカラダじゃ、人から話を聞くのも手間がかかるでしょうしねぇ?」
そこでテラシアがストライドを睨みつけたけど、顔がヒクついているわよ?
「なんか、ストライドさん、うちのリーダーの扱い方、慣れてきたみたいです?」
バレッサの言う通りだと思う。
このストライドとかいう男、なかなか侮れない。
戦闘能力はともかく、人をよく見てる。
さらに言うと、テラシアの胸や太腿ばかりよく見てる。
それはともかく。
「・・・みんないいの?
わたしはみんなに何も返せないわよ?」
私は二つのパーティーを見回すと、誰もが口に薄い笑みを浮かべている。
異論はないということなのか・・・。
「物好きな人たちね・・・。」
そこへ一人の男が・・・。
「おお、美しきレディ、メリーよ。
ならば私があなたの役に立ったその時こそ、貴女のか細き指を・・・」
ヒュン!
「危なああああっ!!」
私は鎌を振るう、
このヒューズとかいう、自称フェミニストに。
ギリギリで躱されちゃったわ、
なかなかの身体能力ね・・・。
言っとくけど男の子が漏らしても需要ないからね?
「・・・ヒューズ、こっちが寿命縮むから命を大事にしてくれ・・・。」
「ああああ、ストライド、お、オレの首ちゃんと繋がってる・・・?」
苛烈なる戦乙女の女性陣は、
この一騒ぎには全く興味を示さない。
もはや、いつもの恒例行事とでも思われてるのかしら?
「じゃあ、ゼフィ達は宿の手配と生活品の買い出しを頼む。
あたしはメリーと一緒に冒険者ギルドに顔出すからさ。」
「わかった、集合場所はギルドのロビーね。」