第百十話 魔族の街マドランド
ガコン!
そこで城門が開けられた。
ゆっくりと内側から開いて、少しずつ町の中の様子が明らかになっていく。
日はまだ高い。
渓谷の外は風も強いが、城壁の中は幾分静かなようだ。
なるほど、
そこはアークレイや、これまでの街とは似ても似つかない風変わりな建築様式だったと言えよう。
今までの街はレンガを主体に使っていたが、ここの建物は岩砂とでも言うべきか、
直接、土台に塗りたくるような壁となっている。
素材は何を使っているのだろう?
私たちは周りをキョロキョロしながらヨルの後についていった。
街の住人はというと、私たちに奇異の目を向ける者もいれば、
無関心に仕事をしている者もいる。
子供は・・・子供の姿は見ないな。
まさか学校にでもいっているのだろうか?
そういえば老人の姿も見ない。
「ね、ヨルさん、
この街には老人や子供はいないのかい?」
私の後ろでタバサとアガサが目を見開く。
私の質問の意図に気付いたようだ。
そのヨルは後ろを振り返ってニッコリ笑う。
「あ、子供ですかぁ?
あたしたち魔族は滅多に子供産まないんですよぅ?
その分寿命が長いんですよぅ。
そして外見上、年を取ってもなかなか傍からは老人とはわからないんですぅ。
その代わり身体能力は衰えてしまうので、不慮の事故や魔物に襲われて死んでしまうパターンが多いのですぅ。」
「・・・そうなんだ、ありがとう・・・。」
今の話・・・まだ何とも言えないが、少し引っ掛かるな。
おそらくタバサたちも同じ印象を持ったのではあるまいか?
「この通りがマドランドのメインストリートですよぉ!
露店なんかもあって一番賑わってる通りですよぉ!!」
なるほど、道幅がかなりあるな。
旧世界の文明だったら、片側三車線分×2くらいの広さといったところか。
ただ・・・賑わってると言えるのかな?
もうお昼時はとうに過ぎているが、露店にありがちな威勢のいい呼び込みも見られない。
「ちなみにアレは何を売っているんだ?」
ケイジが鼻をひくつかせて、その内の一店を指差す。
私にも香ばしい匂いが感じられる程なので、獣人のケイジやリィナちゃんにはなおさらだろう。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!
あれはマドランド名物バジリスクの香草焼きですよぉ!
一晩毒抜きして、各店オリジナルのタレをひたして、スパイシーな香草を巻いて炭焼きにするですよぉ!!
お一ついかがですかぁ!!」
私たちは一同お互い顔を見合わせる。
夕飯には早い気もするが、小腹が空いているのも確かだ。
「と、とりあえず、二本・・・いや、三本頼むか?
オレとカラドックで一本、女性陣で二本喰えば・・・。」
あくまでお試しにね・・・。
「あ、ケイジ、あたしたちの貨幣で買い物できるのかな?」
「あ、そう、そうか!?」
リィナちゃんの疑問も当然だったが、
そこは案内のヨルが気を利かせてくれた。
「あー、あたしが奢りますですよぉ!
さっきのバジリスクの素材で十分、元が取れるので安心してくださいですよぉ!!」
それは良かった。
これはこのまま、この子に今日一日お付き合いしてもらった方がいいかもしれないな。
そう考えると、さっきのバジリスク襲撃は運が良かったというべきだろう。
「・・・ん? なんでぇ、串焼きか?」
胡散臭げに串焼き屋の店員がこっちを睨みつけてきた。
肉を焼くより、肉を爪で引き裂く方が似合いそうなワイルドな体格の持ち主。
頭から生えている角もゴツゴツ尖った感じで、先程の門兵より殺傷力が高そうだ。
こっちがヒューマンであることを警戒してるのか、単によそ者を毛嫌いしてるのか、
どっち道、商売人とは思えない対応に見える。
・・・けれど、恐らくこれが平常運転なんだろう。
「ナイアのおっちゃん、串3本ちょーだいですよぉ!」
「3本だな、・・・わかった、待ってろ・・・。」
そう言って、露店の主人は冷蔵ボックスのような箱の中から、下拵え済みの串を、
鉄板に乗せてゆく。
上からハケでタレのようなものを塗り付けて・・・
む・・・タレの香ばしい匂いが・・・。
「知り合いなのか?」
ケイジがよだれを垂らしそうになりながら質問をする。
あっ、垂れた。
「この街の魔族は大体顔見知りですよぉ!
みんな長生きなのですよぉ!!」
なるほど、
いいか悪いかは別にして、あまり人の移動とか他の町との交流は少ないのだろうか?
「ヨル、こいつら外の人間だろ?
何しにここにきたんだ?」
ナイアという、串焼き屋の主人は、猜疑心を隠そうともせず、肉を焼きながら尋ねてくる。
「魔人を探してるっていうですよぉ?
あとさっき、城門の外で下手こいたミドを助けてもらったですよぉ、
いい人たちなのですぅ!!」
あんまりストレートに私たちの目的を広められるのも不用心だと思うが、
私たちも口止めしなかったのが悪いな。
まぁ今更か。
「・・・魔人・・・だと?
ああ、あのクィーンとかいうおかしな・・・いや、なんでもねぇ。」
む?
彼はクィーンを知っているのか?
「もし、ご主人?
何か知っているのなら教えてくれないか?」
「・・・いや、悪いがオレの口からは言えねぇ・・・。
アンタらがよそ者だからとか、ヒューマンだとか、そういう話ではなく、
単純にオレの口からは言いたくねぇ。
・・・ホラ、焼けたぜ・・・。」
私たちはここでも顔を見合わせる。
確かにこの主人は不愛想だが、私たちを毛嫌いしている印象はない。
単に無関心なだけとも言えそうだ。
「ああ、ありがとう・・・。」
反射的にお礼の言葉を言うが、それ以上は言葉にならない。
とりあえず、ケイジから・・・
「熱っ うまっ!!」
どうやらバジリスクの肉は美味いらしい。
ケイジは食いちぎるように串から肉を奪い去り、残った半分を私に差し出してくれた。
「もぐ・・・結構いけるぞ、カラドック。」
どれ・・・。
ふむ、匂いがいいな、
タレの匂いの中に香草のすっきりした香りも・・・
もぐ・・・。
「・・・ふむ、むぐ、・・・へぇ。」
食感は鶏肉っぽいが・・・噛むと独特の肉汁がしみ出してきて・・・うん、美味いな。
「バジリスクは人間の街でもたまに売っているが、このソースはないな?」
「旨旨。」
「美味美味。」
後ろのエルフ陣も好評のようだ。
いかんな、これでは観光気分だ。
ところがここで冷や水を浴びせたのが、ダークホースのヨルだ。
「毒抜きの処理が悪いと、石化の毒素が体に残るですよぅ、
時々、本当に時々、カラダの中に石ができて地獄の苦しみを得るという事件が起きるですよぅ。」
「「「・・・・・・」」」
何故、食べ終わってからそんな豆知識を披露するのか・・・。
というか、カラダの中で石ができて苦しむって、まさか尿管結石とかそんなやつじゃないだろうな?
アレは痛いらしい・・・。
「・・・安心しろ、オレはそんな素人みたいなマネは犯さねぇ・・・。
この屋台を始めて70年になるが、カラダの中に石ができて病院に運ばれたのはたったの5人だけだ・・・。」
おい、コラ、ちょっと待て!!
タバサさん、石化解除呪文お願いします!!
中央広場らしきところに大きな噴水がある。
この街でも憩いのスポットなのか、
特に商売や仕事をしているでもない魔族たちが腰を落ち着けたり、ぼーっと噴水の水を眺めたりしている。
平和な光景なのだろう、
「真昼間っから仕事もしないニートどもなのですよぉ。」
・・・違った。
世知辛い世の中だ。
次回・・・更に香ばしい事態が・・・。