第十一話 賢王カラドック
新キャラですが、
レディメリーの物語の方で、
フラア・ネフティス 編で名前だけ登場しています。
ウィグル王列伝の作成者でもあります。
<視点 ???>
・・・光が
意識が途切れる・・・
私はどうなってしまったんだ?
何も見えない・・・。
視界が真っ白だ。
立ちくらみ・・・あれの超強力版とでも言うべきか?
うっすらと周りの喧騒が聞こえてくる。
私の周囲には人が沢山集まってきているようだ。
いきなり倒れたなら当然だろう。
・・・いきなり倒れた?
そうだったか?
視界も晴れてきた。
何人かの貴族風の衣装を身に包んだ者たちが私の顔を覗いている。
・・・知った顔がない。
私の頭の上の方から何か言っているのか、ようやく判別もつくようになってきた。
「一体これはどうしたことか!?
召喚は失敗したはず!!
ではこの者はどこから来たと言うのか!」
「落ち着かれよ!
女王陛下の召喚術に失敗などあるはずなかろう!
この者の何らかのスキルによりタイミングと場所がずれたに過ぎないのではないか!?」
「いやいや、この胸の矢が召喚術を阻害したに違いない!!
この矢は一体なんなのだ!?」
何を言っているんだ・・・?
召喚術?
女王陛下?
ここは・・・私の国ではないのか?
とにかく起きよう。
体は・・・動くな。
私の目の前に・・・なんだ、この白羽の矢は?
私の心臓に深々と刺さっている!?
いや、心臓はちゃんと動いているぞ?
痛みもない。
何故私は生きている?
私が体をゆっくり起こすのに合わせて、ギャラリー達も私の体から距離を取る。
・・・おいおい、
怪我の心配くらいしてくれないのかね?
いや、
心臓に矢が刺さっているのに、平気で起き上がってくる男がいる方が怖いか。
すると私の背後から、かなり若いと思われる女性の声が聞こえてきた。
「ゆ、勇者さま?
お加減はいかがですか?」
勇者?
振り返ると、
綺麗な亜麻色の髪の可愛い少女が私の顔を覗き込んでいた。
歳の頃14〜5才くらいかな?
この子が女王陛下?
いや、若すぎるだろう。
それに高貴なドレスに身を包んでいるようだが、女王というには威厳が足りないドレスだ。
・・・何故だろう?
どこか懐かしい、安心したくなるような容姿だ。
髪の色が私と一緒なせいもあるのだろうか。
「イゾルテ様、なりませぬ!
もっとお下がりくださいませ!
まだこの者が勇者とは決まっておりませぬ!」
年老いた官僚の声のようだ。
続いて別の人間の声もする。
「しかし、見れば部屋着のような簡素な服だが、素材に使っている反物は王侯貴族が使うような最上級のものだぞ?」
「身なりも整っているし、口元の髭も手入れが行き届いている。
かなりの身分の貴族ではないのか?」
貴族っていうか、一応、自分王様なんだが。
えーと、今の私の服装は・・・と?
部屋着か・・・。
確かに普段、一人で書類整理をしている時の格好だな。
しかし勇者?
何のことだ?
召喚術・・・
まさかこの私を勇者として召喚したつもりだというのだろうか?
私は胸元の矢に注意しながらゆっくりと立ち上がる。
・・・ホントにこの胸の矢はどうなっているんだ?
まあ、今は周辺の人々を観察することから始めよう。
どうやら老いも若いも皆、身分の高い貴族か官僚というところだろうか?
ここは天井の高い宮殿の広間、
幾何学模様のタイルに飾られ、壁には装飾豊かな燭台が備え付けられている。
私の国・・・いや、
私の生まれた国の文化に近いな。
ただ周りには、この場にそぐわないような気のする若さの者が三人いた。
先程、私に声をかけてくれた少女、
そして彼女より年上に見える、やはり亜麻色の髪の青年がニ人。
こんな若さで女王のいる宮殿に出入りするということは、王族でなおかつ兄弟ということだろうか?
そしてまた離れた玉座には、
宝石や貴金属で装飾された椅子に、
まさしく女王と呼ぶに相応しい姿の、一人の女性がこちらを見下ろしていた・・・。
薄いベールで顔を覆っているためか、こちらからはどんな顔なのか判別できない。
普通に考えて、ここにいる王子王女達の母親でもあるのだろうか?
とはいえ見ているだけでは埒があかない。
何かアクションを起こしてみなければ。
「こ、ここはどこでしょうか?
先程どなたかが、召喚とか勇者とか仰ってましたが・・・一体?」
先の少女や、女王らしき人に視線を送りつつ、周りにいる者全てに聞くように体をひねった。
「喋った!」
「言葉が通じるのか!?」
「というより、胸を矢に貫かれて何故生きておるのだ!?」
こっちが聞きたいよ。
さて、どうしようか。
自分の立場的にこっちの情報を全て晒すのは危険すぎる。
それに彼らが私に何を求めているのかも定かでない。
もっとも彼ら自身、私が誰なのか理解できていない様子だ。
このままお見合いする気もないしね。
誰か責任者クラスに直接問いただすとなると・・・
「貴女がこの宮殿で最も位の高い方のようですね、
できましたら先程の私の問いかけに答えていただけないでしょうか?」
私は女王とやらにターゲットを絞った。
その方が話が早い。
もっとも、彼女を守る重臣達には、いきなり他所者に問い掛けられるなんて不用心なマネは受け入れられやしないだろうけどね。
「な、こ、こ奴無礼であるぞ!!」
「よくも我らが女王陛下に!!」
ほらね?
ただ、「無礼」ねえ・・・。
この私が背負う肩書きを知ったらどんな反応するのだろうか。
まあ、今はいいさ。
ただ主導権を向こうに渡したくはない。
彼らの抗議は無視してさらに言葉を続けよう。
「無礼ですと?
では、いきなり私の承諾もなく召喚だか何か知りませんが、ここに連れてくるのは無礼ではないのですか?
いいえ、これは召喚ではない、誘拐でしょう!
ここがどこだか存じ上げませんが、この国では誘拐は犯罪ではないのですか!?」
年若き王子、王女たちは私の指摘に我に返ったようだ。
自分達が如何にとんでも無いことをしたのか理解していなかったのだろう。
重臣達は、さすがにその辺は理解しているようで、顔色を変える気配はないな。
だいたいこちらは一人だしね。
何の武力も権力もこの場では有していない。
となると理屈だけでやり込めるわけにもいかないか。
そこで女王である。
彼女と一対一の状況を作らねばならない。
その為、私は女王へと視線を向ける。
だがこの時点で敵意を見せる必要はない。
何の感情も出さずにポーカーフェイスで試すのが妥当だろう。
「ホホホホホ!」
その女王が愉快そうに笑い声をあげる。
重臣達や王子達も戸惑うのみだ。
私は何の動揺も見せずに彼女の次の言葉を待つ。
「全くそなたの言うとおりよの、
異世界よりの訪問者よ!」
異世界!?
さすがにその単語は想定していなかったぞ?
「い、異世界・・・ですって!?」
「ふむ、まず誤解から解いておこうかの?
訪問者よ、まず妾たちはそなたを誘拐も召喚もしておらぬ!!」
「そうなのですか?
誤解ということでしたら、私の勇足での発言をお詫びして取り消しましょう。
では?
こちらが納得の行く説明はしていただけるのでしようね?」
「確かに、妾たちは異世界より勇者を召喚しようと召喚術を起動した。
だが、先程他の者たちの話を聞いておったかわからぬが、召喚術は失敗したのじゃ。
そこの床に描かれた魔法陣がわかるか?」
女王の視線はわからなかったが、重臣達の顔の先を判断すれば確かに確認できる。
私が倒れていた位置から数メートル女王寄りの場所に、解読不能の言語で描かれたサークルが、薄い光を帯びていた・・・。
いや、
これは帯びていたというより、
私には視えるといった方が良いのか。
私はゆっくりその場所に近づき、思念エネルギーの残滓を確認する。
確かにその魔法陣とやらにはエネルギーが残ったままだ。
だが、私の体には一切その痕跡は残っていない。
もし、この魔法陣から私が召喚されたのなら、水に濡れた体のように、私の体にも思念エネルギーの痕跡があるはずなのだ。
「なるほど、確かにこの魔法陣から私が呼ばれたわけではないことは理解しました。
では私は何故ここにいるのでしょう?」
「異世界人よ、
その質問に答えてやりたいのは妾も山々なのじゃが、生憎この妾にも謎でな。
申し訳ないが一緒に考えてくれまいか?」
なんだ、そりゃ。
「私にとって重要なのは元の世界に戻ることです。
どうせならその方法を教えて下さい。」
「すまんな、
召喚術自体未だ分からぬ事が多く、さらに元の世界に送り返す術は、存在するかどうも分からぬのだよ。」
さすがにそれは温厚な自分でも、身勝手すぎるだろと怒鳴りたくなったが、召喚自体自分たちは行ってないと言われたら仕方ない。
だがそうなると、もうこの場所に留まる必要性すらないはずだ。
「では・・・私はここにいる必要もありません。
すぐに退去させていただけますでしょうか?」
「そう慌てるでない、異世界人よ、
そなたは確かに妾たちが呼んだ人間ではない。
だが、それでもこのタイミングでここに現れたのならば、それは何か一つの運命とは言えないだろうか?
それに帰る手段もないのに、この世界の何処に行くつもりかの?」
私がその意味を考えるより先に、女王の重臣達が異論の声を上げる。
「陛下! お待ち下さい!
我らが呼んだ者でないと言うなら、こんなどこの馬の骨とも分からぬ者を!」
「口を慎め、バルファリス!」
女王が叱責する。
すぐにその老いた重臣は平伏してしまった。
女王の発言力は相当に高いようだ。
「全く、これだけ宮廷の高官が揃っておるのに、誰もその者の真価を測り得ぬのか、
嘆かわしいのお・・・。」
「へ、陛下?」
「し、しかしこの者、鑑定阻害を・・・」
「は! 陛下は魔眼を使われたのですね!!」
彼らが何を言っているのか分からないが、この私の何かを分析、或いは感知したとでも言うのか?
「すまぬのう、異世界人よ、
今度は間違いなく、妾は失礼な振る舞いをいたしたようじゃ、
いま、妾は魔眼というスキルを使用し、そなたのパーソナルデータを視させてもらったというわけじゃ。」
「魔眼!?」
この女王、サイキックか感知能力者か!?
「左様、皆も聞くが良い!
この者の名はカラドック! 年齢は29、
レベル42!
職業は・・・聞いて驚け、国王じゃ!!」
「!!」
その場にいる全ての者が驚愕の声を上げた。
当たり前だ。
この国がどれ程の国力を有しているか知らないが、一国のトップが今回のような扱いをされたら、戦争にだって発展しかねないケースなのだから。
そしてさらに女王は私の知らない事まで明らかにする。
「さらに妾の魔眼はこの者の適性職業も見通せるぞ?
他には魔術士、精霊術士、軍師、騎士、音楽家、
称号は賢王、天使の息子、歴史を繋ぎし者・・・ほぉぉ、これはこれは!
レベルの低い勇者よりも遥かにハイスペックな者が現れたものよのう!!」
周りのどよめきや興奮がタダならない。
厄介なことになった。
どんなカラクリかわからないが、あの魔眼とやらはこちらの情報を全て見通すらしい。
もし敵対するのならこちらにとって恐ろしい脅威だ。
・・・と、思うのが当然なのだろうが、
傍にいる王女イゾルテの目の輝きが、私の悪い予感を打ち消していく。
敵意や警戒心といった物が何も見られない。
この目は純粋に素晴らしいものを見たかのような憧れの視線だ。
一体私に何を期待しているというのか?
む!!
王女イゾルテから視線を女王に戻そうとした時、私はある覚悟を決めねばならなかった。
視線をズラした隙に女王が玉座を降り、こちらに相対していたのだ。
「異世界人、いや、カラドックとやら、
ふむ、仮にも一国の王に向かってまたもや失礼だったかの?
カラドック国王と呼ばせてもらおう。
そなたに頼みがある。」
「お断りする。
貴女も国を預かる身ならばお分かりの筈です。
自国を治めるのにこの身は忙殺され、他国の面倒事に巻き込まれる暇などありません!」
「確かにその通り、
じゃが、こちらも引けぬ訳があるのよ。」
「私の力がお分かりになるのなら、お互い無益な真似は止めませんか?」
言っても無駄・・・かな。
ならば仕方ないか・・・。
魔力、召喚術・・・魔術士・・・、精霊術士?
そして異世界だと?
正直に言おう。
現状を理解しているのか、理解できるのかと聞かれて、私にはその当てなど全くない。
だが、少なくとも私が出来得ること。
それを試してみる価値はある。
威嚇としてでも効果はある筈。
私は何年か振りに、この身の思念エネルギーを震わせた!
カラダの内の魔素に意識を巡らせ、手足の指先まで魔素を循環、
そして大気の中に存在する不可視のエネルギーに同調させる!
魔眼とやらの持ち主・・・女王は確かに私の行動に反応した。
視えるのか、この力の流れを!
天使の息子と言われたこのカラドックのサイキックを!!
「アッハッハッハ!
凄いものよ! 精霊たちが震えおる!
お前たち離れるのじゃ!!
巻き込まれるでないぞ!!」
するとどうだ?
女王も私に合わせたかのように、その身にサイコエネルギーを沸き立たせ始めたのだ!
まさか、私と同じ力を持っているというのか!?
私と同じように、彼女のサイコエネルギーが周りの空間に流れるエネルギーと同調されてゆく・・・!
私が次の行動に戸惑っているにも関わらず、女王は何の遠慮もなく術式を起動した。
「試させてもらうぞ、その力!
『凍りつく荊棘の狂想曲っ!!』」