第百六話 ぼっち妖魔は差別社会を知る
「ちょ、ちょっといいかな?」
おお!
やって来たのは犬獣人のボーディさんだ。
あたしは隣のテーブルから椅子をかっぱらう。
誰かが使っていたみたいだけど、席を立って今は誰も座る人がいないので、遠慮なくボーディさんに勧める。
ファンタジーだもんね、獣人の人は。
「どうぞどうぞ、お座り下さい!!」
「あ、ありがとう、え、と、麻衣さんでいいんだよね。」
「はい! よろしくお願いします!!」
「・・・麻衣、アタイの時と反応が違う・・・。」
ゴッドアリアさん、不満そうですね。
当然です。
なんてったってもふもふの方ですよ!
顔のパーツが全部いぬってわけじゃないけど、ゴールデンレトリバーを彷彿させる造りだ。
「あれ? オレの椅子は?」
椅子の持ち主の人が帰って来たけど知りません。
ご自分で用意してください。
「きょ、今日はありがとう、おかげでオレらも助かった・・・。」
「いえいえ、たまたまですよ、こちらもお世話になりましたし!」
「麻衣、アタイの時と・・・。」
ゴッドアリアさん、うるさい。
「そ、それで麻衣さん、ちょっと聞きたいことがあってさ?」
「はい? なんでしょう?」
ナンパの雰囲気ではないですね。
さすがにそれだと困ってしまう。
「麻衣さんはオレらの事、怖くないの?」
「はい? 怖い?」
意味が分からない。
少なくともボーディさんの風貌は怖くもなんともない。
ドーベルマンとか土佐犬型だったら、もしかしたら怖かったかもしれない。
でもボーディさんはゴールデンレトリバー型だ。
下手するとこちらを介助してくれるタイプだろう。
「あ、怖いってのとは違うか、
なんていうか・・・。」
歯切れが悪いな?
なんだろう?
そこはさすがのデミオさん、全てを理解していたようだ。
ある意味、なんのデリカシーも見せずに直球で分かり易く説明してくれた。
「要はこの嬢ちゃんが、
獣人のアンタを蔑んだり、汚いものでも見るような反応見せないのが不思議だってことだろう?」
え?
でも、それが正解のようだ。
ボーディさんは黙って頷いた。
ゴッドアリアさんは視線だけこっちに合わせて、黙々とごはんを食べている。
デミオさんの言葉自体は理解できたけども・・・。
「え? 待ってください。
そ、それって差別とかそーゆーの・・・ですか!?」
みんな否定の言葉も態度も見せない。
つまりそういうことなのか。
「え?
だって、冒険者の人たちですよね?
冒険者の人は実力が全てじゃないんですか!?」
「ああ、間違いじゃねーよ、
ていうか、一般社会で弾かれたからこそ、冒険者になる獣人は多い。
強ければ差別無しに獣人でも評価されるし、名をあげることも出来る。
だがそれでも、獣人風情と侮られることが多いのも事実でね。」
そうなのか・・・。
カタンダ村ではほとんど獣人の人は見たことなかった。
そういう人たちもいるとしか・・・。
「麻衣さんは知らなかったんだね、異世界に獣人はいないのかい?」
あたしが異世界からの転移者であることは、
もう、この場所にいるみんなには知れ渡っている。
まぁ、あれだけ騒げばね。
「・・・獣人というカテゴリーの人はいませんね。
亜人も存在しないことになっています。」
「・・・いないことになっている?
実際はいるの?」
「さて、どうでしょうか?
みなさん、あたしが亜人だって言ったらどうします?」
全員、目を丸くした。
そんなに驚くことなのか?
「ていうか、嬢ちゃんの場合、異世界人だからなぁ、
オレたちの世界のヒューマンとは人種が違って当たり前だよなぁ?」
「ああ、それはそうですね。」
比較にならないか。
「麻衣は麻衣の世界で一般の人間とは異なる種族なのか?」
食事はいいのか、ゴッドアリアさん。
ううん、どうこたえよう?
「外見上は一緒ですよ。
ただ、あたしのような感知能力持ってる人間はまずいません。
それと、遺伝上あたしの一族は女性しか産めないようです。
まぁ、黙っていれば誰にも違う種族だってわからないでしょうけどね。」
「へぇ、そうなんだ?」
「けど迷信深い大昔は、あたしたちの正体がバレると、火あぶりや串刺しにされた地域もあったようです。
それ以来、余計に隠匿されるようになりましたね、あたしたちの種族は。」
ボーディさんがあからさまに顔を歪めていた。
「そうか・・・どこの世界でも似たようなもんなんだな、
でもだからこそ、麻衣さんはオレの姿見てもそんなに気にしていないのか。」
うーん、それ以前の問題なんだけどなぁ。
「少なくともあたしは獣人とか亜人とかの外見で態度を変えたりはしませんよ?」
「いや、麻衣、この人来てからあからさまに態度が・・・。」
ゴッドアリアさん、そろそろサイレンスかましますよ?
「ごめんね、空気を重くして・・・でもおかげでオレはすっきりしたよ、
麻衣さん、君に会えて良かった・・・。」
いやいや、こちらこそですよ!!
「でもな、嬢ちゃん、こいつは気がよさそうなヤツだが、
獣人は気の荒い奴が多いのもまた確かだ。
なんでもかんでも気を許すことはないぞ?」
そうかもしれませんね。
まぁ、悪意を持って近づいてくる人間は分かるので。
「デミオさんの商人ギルドでもやっぱり差別はあるんですか?」
「・・・あるな。
そもそも商人ギルドは冒険者と違って、強さよりも信用や名声を重要視する。
規定を満たしていても店を持てない、土地の売買を断られるケースもしょっちゅうだ。
もちろん、才覚や運次第だが、獣人は一般のヒューマンより苦労するのは確かだ。」
「オレの出身の、もっと西の方の国は獣人がたくさんいるんだけどね。」
ボーディさんはこの国の人じゃなかったんだ?
「そちらの方が待遇いいんです?」
「一長一短だね。
西の方の貴族社会だともっとあからさまな差別がある。
獣人は城の兵隊にもなれない、公務員もダメ。」
「なら、みんな国外に逃亡した方がいいのでは?」
「一概にそうも言えないんだよ、
西の方の国々では差別はあっても、最低限の生活を保障されているんだ。
貧乏ではあっても、最低辺の仕事はあるので飢え死にする事までは中々ないんだ。」
それっていいように利用されてるってことでは・・・。
暗くなるな・・・。
「でも最近、ちょっと明るい話があってね。」
へぇ、どんなことだろ?
「冒険者パーティーで最近Aランクにあがった若いパーティーがあるんだけど、
そこのリーダーとスカウト兼アタッカーが獣人なんだ。」
「あれ? でも獣人はもともと身体ステータスがヒューマンより上なんですよね?
Aランクと言ってもそこまで珍しいものなんですか?」
「ふふ、確かにそうだね、
でもこれまでと違うのは、そのパーティーのリーダーの称号に、
なんと『勇者』がついたんだってさ!」
あおお!
「勇者って・・・たしか魔王と戦う役目がある!?」
いいのかな? あたしの世界のファンタジー定義をあてはめて。
「そうなんだ!
実際、魔王なんているのかどうかわからないけど、
勇者の称号を得た獣人なんて史上初だからさ!!
これを機に、彼らが活躍したり、この世界の危機を救うような事があったら、
獣人の地位はあがるかもしれないだろ!?
オレもそいつらに会ってみたいんだけど、まだ実力もランクも低いしさ・・・。」
「へぇ、ちなみにどこで活躍してらっしゃるんですか?」
「ああ、それは結構、いろいろな地域を回ってるらしいよ、
『蒼い狼』ってパーティでね、
狼獣人、兎獣人、あとはハイエルフとダークエルフの四人パーティーだそうだ。」
ふうぅん、勇者か・・・。
そういえば、あたしの世界のファンタジーだと勇者ってたいてい・・・。
「あ、あの、ちょっと思ったんですけど、
この世界の勇者って・・・異世界から召喚されるなんて話はあります?」
まさかだよね。
別にこっちのファンタジーでも必ずしもその設定という訳ではない筈だ。
一同顔を見合わせるけども・・・。
「それはどうだろう?
デミオさんは知ってます?」
「・・・そんな話もあったような気がするが・・・
召喚者自体伝説のようなもんだしなぁ。
嬢ちゃんはなんでそんな事を気にするんだ?」
「あ、いえ、あくまで可能性ですけど、勇者って称号の人が異世界からやってくるなんて、
話があたしの世界にあったもので・・・あ、同じくお伽噺のようなものですけどね。」
その後、少しお話をしてボーディさんはパーティーの元へ帰っていった。
でも、今回の話はちょっと、いろいろ考えさせられる。
獣人・・・いや亜人差別の話もそうだし、勇者の話も・・・。
狼獣人に兎獣人・・・か。
やっぱりもふもふなんだろうか?
にへへへへへ・・・
「麻衣・・・口が気持ち悪い笑い方になってるぞ・・・?」
うるさい、サイレンス。
黙って食え。
次回、「泡の女神」