これから
「さて、今後のことだが、まずはこの薬屋で、俺たちの前で薬を作ってもらう。その薬を使って、夕方のように実験をする。問題ないな?」
「はい」
肯定しか与えられていない質問に、オードリーはこくりと頷いた。
「それが終わったら、王都について来て欲しい。研究所の方が調査を進めやすいし、資料もそろっているのでな」
「わかりました」
「王都での生活と、研究所内での安全は保障しよう。研究所は変人の魔法使いの集まりだからな。その瞳に興味を持ちこそすれ、虐げる者はいない」
レオンはそこで一旦区切り、でも、と少し苦しそうな顔で続けた。
「結果、問題なしとわかればヴォレンティーナに帰してやれるが、場合によっては許可なく王都から出られなくなることも覚悟してくれ」
レオンのその言葉に、オードリーは一瞬声を詰まらせた。しかし、すぐに決意を込めた瞳でレオンを見つめ、落ち着いた声で答えた。
「わかりました。でも、ヴォレンティーナに帰る必要はありません。魔女と呼ばれていたことがわかった時に、また旅に出ようと考えていましたから。むしろ、もしもこの瞳を気にせず生きていけるのなら、王都から出られなくなってもいいのかもしれませんね……」
その目とその言葉に、レオンとブラッドリーははっと息を呑んだ。
「オードリー、君は、それで後悔しないのか?」
「……えぇ……今までもそうやって、瞳に縛られて生きてきましたから」
心配そうに見つめるレオンに、オードリーは悲しげな笑みを浮かべて返した。その表情からは、もう慣れているのだと、仕方がないのだと、諦めている様子が窺える。すると、レオンが手を伸ばし、オードリーの頭を無造作に撫でた。
「今よりも、生活しやすい環境を整えてやる。何かあれば、俺が守ると約束しよう」
その優しい響きに、オードリーは驚いてレオンを見つめた。優しくオードリーを見下ろす赤い瞳に、オードリーはふわっと微笑んだ。
「ありがとう、ございます」
「あー、あー、なんか見つめ合ってていい雰囲気のところ悪いんすけど、ちょーっといいっすかね」
それまでほとんど会話に入らなかったブラッドリーが、その場の空気を壊した。いい雰囲気、という言葉にオードリーは頬を染め、レオンは無表情になる。
「とりあえず、オードリーさんには薬を作ってもらうとしても、今日はもうかなり遅い時間っす。明日仕切り直しにしないっすか?」
「それもそうだな。オードリー、明日は薬屋を休業にしてもらえるか?」
「わかりました」
「では、明日のお昼の鐘が鳴ったら、直接店内に入らせてもらう。今日はゆっくり休め」
そう言うとレオンは立ち上がり、一瞬でオードリーの前から消えてしまった。オードリーが驚いて目を瞬かせていると、ブラッドリーがオードリーににっこりと笑いかけた。
「それじゃあオードリーさん、また明日っす。おやすみなさい」
そしてブラッドリーまで消えてしまい、店内にはオードリーだけが残された。オードリーはそのまま、先程まで2人が座っていた椅子を見つめた。
オードリーにとって、この赤い瞳を見た人に化け物と呼ばれなかったのは、父親以外で初めてのことだった。それに、昼間は色が違うとはいえ、自分と同じ色を持つ人間がこの王国内にいるとも思っていなかった。
最初は怖かったけれど、結局2人とも、優しかったな……
先程までの会話を思い出しながら、オードリーは1人微笑んだ。オードリーはしばらく、椅子から立ち上がることはなかった。