エピローグ
「おや、オードリーとレオンじゃないか。鳥の串焼きだよ。食べていかないかい?」
「お2人さん、こっちのお菓子は出来立てだよ」
オードリーとレオンは、大通りを歩いていた。普段の倍以上のランタンが備え付けられており、夜空を眺めても星が全く見えないほど、辺りは煌々と赤い温かな光で溢れている。通りに沿って屋台が並び、どこもかしこも騒がしい。
オードリーにとっては初めての、建国祭の夜祭だった。今まで夜の外出が不可能だったオードリーは、きょろきょろと楽しそうに視線を巡らせる。そもそも興味がなく、今までは昼間ですら参加しなかった、というのが最も大きな理由ではあるが。今年はレオンが隣にいる。それだけで、オードリーは祭を楽しむという感覚を理解できるようになっていた。
2人がのんびり歩いていると、屋台の方から声を掛けられる。レオンはオードリーの好みをすっかり把握していて、店主と雑談をしながら必要なものだけを買っていく。それを店主にからかわれ、オードリーが赤くなるまでが1つの流れだ。そんなオードリーをレオンが愛おし気に見つめると、オードリーはさらに紅潮し、店主は楽しそうな顔のまま肩をすくめてみせる。
パン屋の屋台では、サマンサが揚げたパンを売っていた。普段バゲットしか買わないオードリーも、サマンサの屋台であればと近寄っていく。
「オードリーが夜に薬屋から出て来るなんて。勿論、オードリーの自由なんだけれど、やっぱり嬉しいわ」
オードリーの姿を見とめたサマンサは、嬉しそうに微笑んだ。そして、隣のレオンに視線を寄越してふふっと笑う。
「やっぱり、恋は人を変えるのかしら? 恋人と一緒なら夜も安心よね」
レオンがこの街にやってきて、1月が経っていた。
レオンの風貌には誰もが驚いた。それは最初から覚悟していたことで、暫く遠巻きにされるだろうと思っていた。それを見越して、数日はどんな時もオードリーと行動を共にした。少しでも、怪しい人ではないと伝えるために。しかし、そんな努力は全くもって不要だった。レオンの存在は存外すんなりと受け入れられた。
オードリーが連れてきたんだから怪しい筈がない、と皆気さくに接してくれる。恋人だと伝えると、寧ろ誰も彼もが我が事のように喜んだ。「独りのオードリーが心配だった。これで安心だ」と胸を撫でおろして。結局、1週間も経たずに、誰とでも気軽に挨拶できるような関係を築くことができた。レオンもこれには大層驚いたが、それと同時に嬉しくなった。
「オードリーの人望は篤いな。こんなに早く打ち解けられるとは思わなかった。オードリーのおかげだ」
レオンの言葉に、オードリーは頬を染めた。レオンの存在は、オードリーに、街の人との関係に自信を持たせることとなった。オードリーの自信なさげな性格は、この1年で大きく変わった。
「この先のベンが開いている雑貨屋に行ってごらんなさい。いい物があるそうよ」
サマンサはパンを手渡しながら、やっぱり赤くなっているオードリーにウィンクを寄越した。何の合図かわからなかったが、とりあえず頷いてお礼を返す。
「折角だし、行ってみようか」
レオンが目元を和らげ、オードリーの背中に手を添える。サマンサはにっこりと笑って「いってらっしゃい」と見送った。
ベンの屋台には男女2人組の先客がいた。楽しそうに声を上げながら、アクセサリーを選んでいる。
「まいどありー」
そう言って彼らを見送ったベンは、すぐに2人に気が付いた。
「よかったよかった。来てくれたな。ちょっと待っていてくれよ」
レオンに向かってにやりと笑うと、慌てて店内に入っていく。
「何かしらね?」
オードリーは首を傾げてレオンを見上げたが、レオンは優しく笑みを返す。不思議に思い口を開いたとき、小さな箱を手にベンが戻ってきた。それをレオンの手に押し付ける。そしてレオンに何か耳打ちすると、レオンは真剣な様子で頷いた。
訳がわからないまま、レオンに手を引かれる。「頑張って」と叫ぶベンの声が聞こえるが、そんなものお構いなしにずんずんと進んでいく。結局そのまま、薬屋にたどり着いてしまった。
荷物を置き灯りを灯すと、レオンはオードリーの手に先ほどの小箱を乗せた。ぽかんと呆けた顔をしているオードリーを見てクスリと笑う。
「開けてみて」
戸惑いながらも、言われるがままそっと蓋に手をかける。
「これっ……」
中には、2つのペンダントが入っていた。月の形のペンダントトップで、片方には緑の石、もう片方には赤い石が埋め込まれている。
「以前ベンさんの雑貨屋に行った時に、この緑の方、翡翠が埋め込まれたものを見たんだ。それで、赤い石はないかと探してもらった。赤い石は、柘榴石と言うらしい」
レオンは箱から柘榴石のペンダントを取り、オードリーの首に手を回した。オードリーの首元で、赤い宝石が光を受けてきらりと光る。それは、レオンの、オードリーの夜の瞳のようだった。
「ベンさんが、建国祭までに見つけるって言ってくれてね。俺も初めて知ったんだが、建国祭の夜にアクセサリーを贈るのが流行っているそうだ」
オードリーは何も言えなかった。ただただ、吸い込まれるようにレオンの赤い瞳を見つめる。レオンはそっとオードリーの頬に手を添えた。
「生涯の、約束を」
レオンはそこで区切ると、視線を下に落とした。大きく息を吐き、真剣な面持ちで顔を上げ、再度オードリーと目を合わせる。
「ここで、一生、共に生きよう」
言っていることは、1月前と大して変わらない。しかし、明らかに1月前とは異なっていた。
オードリーは翡翠のペンダントを手に取り、レオンの首に手を回す。金具を止めレオンから離れると、レオンの首元で、オードリーの色が輝いていた。オードリーは満足げに頷いて、レオンの首に腕を回す。レオンの温もりに包まれながら、小さな声で「はい」と答えた。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
最後に纏めてで申し訳ないのですが、誤字脱字のご指摘をいただき、非常に助かりました。報告してくださった皆様、ありがとうございます。