オードリーの薬
「まず、これを見て欲しい」
レオンはどこからか取り出した3つの小瓶をカウンターに置いた。1つ目は、無色透明の液体の中に茶色の粉が浮いたもの。2つ目は、紫色の液体の中に1つ目と似たような粉が浮いたもの。3つ目は、薄っすらと茶色の透明な液体が入ったものだ。
「これが何か、わかるか?」
その問いに、オードリーは首を横に振った。
「夕方にこの店を訪ねた時、薬を小瓶に入れて液体をかけただろう? その結果だ」
その結果だ、と言われても、オードリーには3つ目の小瓶しか記憶にはない。あの時は、全ての薬がすぐに溶けたのだ。オードリーが首を傾げていると、レオンが続けた。
「まず、1つ目の小瓶だ。これは、この薬屋以外のヴォレンティーナの薬屋全てで確認した時の結果だ。この薬屋以外、一切溶けなかったよ。次に2つ目の小瓶だが、これは魔力が含まれていた場合の結果だ。必ず紫色に変色するようになっている。これは、俺が準備した薬を使った。そして、3つ目の小瓶が、オードリー、君が作った薬の結果だ。ちなみに、全て頭痛薬で実験したものだ」
「ヴォレンティーナの薬屋では、うち以外全く溶けなかったんですか?」
オードリーが驚いてそう尋ねると、レオンは頷いた。
「本来溶けるはずがないんだ。魔力を含む薬は、高額で取引される。作れる人間が限られているからな。そのため、王都内では無届けで魔力を含む薬を売らないよう、抜き打ちでこの確認を行っているが、今まで溶けたためしなどない」
そんなことを言われても、とオードリーは戸惑いを隠せず、不安そうな顔になる。
「だから、怪しいと思って、私に印を?」
「そうだ。挙動不審だったこともある。だが、薬は素直に差し出すし、こちらも溶ける薬など初めて見るしで、よくわからなくてな。この薬はどうやって作ってるんだ?」
「どう、と言われましても、一般的な薬の作り方だと思います。私は、普通の薬を作ってるつもりです」
父に教えられた通りに薬を作ってきたオードリーにとって、何が普通で何がおかしいのかはよくわからない。いきなり、お前の薬はおかしい、と言われても、オードリーにはどうすればよいのかわからなかった。
「他の薬屋と異なることに、心当たりは?」
オードリーは考えてみるも、これだと確信を持って言えることが思いつかない。全くないということはないが、そんなもの子供騙しだ、関係ない、と笑われないか不安になり、小さな声で呟いた。
「あの、迷信レベルのことでもいいでしょうか……」
「もちろんだ。笑わないから安心しろ」
優しく後押しされ、オードリーは恐る恐る口を開く。
「月を浮かべた泉の水を、使うんです。薬を作るときに必要な水、全て。そして、薬を作る時に、使う人が良くなりますようにって祈りながら作るんです。私の師匠は父なのですが、そう、教えられました」
「だから、さっきは森に入っていたのか」
「はい。誰にも見つからないように、月が水面に映る時間も考えて、夜中に行っています」
すると、レオンは少し怒ったような顔になった。ブラッドリーも、顔をしかめている。
馬鹿馬鹿しいと、もっと考えろと言われるのかしら……
オードリーは怖くなり、思わず膝の上で手を握りしめ下を向いた。しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「夜の森に女の子1人で入るだなんて、なんでそんな危ない真似をしている。男だって夜の森は危ないんだぞ?」
「そうすっよ。この辺りの森だって、狼がいるんすよ?犯罪者だっているかもしれない。襲われたらどうするんすか!」
2人がオードリーの身の安全を考えて怒ったことに、オードリーは驚いて顔を上げた。2人の顔は相変わらず怖いままだったが、オードリーの身を心配していることがわかる。オードリーはそのことに嬉しく感じ、思わずふふふと笑ってしまった。
「何がおかしい」
相変わらずの顔でレオンが尋ねると、オードリーは笑いを抑えきれないまま答えた。
「すみません。嬉しかったのです。父が死んでから、私の心配をしてくれる人がいなかったものですから。それに、夜の森は不気味で怖いなとは思いますが、私は大丈夫です。瞳同様理由はわかりませんが、旅をしている時だって、動物や盗賊などに襲われたことが無いのです。一度、狼が近くでこちらを見ていることがありましたが、ふいっとそっぽを向いてどこかへ行ってしまいました」
「そんなもの、偶然に決まっているだろう……」
オードリーの暢気な様子に、レオンは呆れたようにはぁ、とため息をつくと、ブラッドリーの方を向いた。
「で、ブラッドリー、どうだ?」
「嘘はついてないっすね。瞳の件も、薬の件も」
だろうな、とレオンは呟き、再度真剣な表情でオードリーの方を向く。
「この町に魔力を含む薬を売る薬屋があるとの噂があって、俺たちがこの町に派遣されたんだ。調べた結果、さっき伝えた通り、魔力を含む薬は売られていなかった。だが、君の薬は只の薬とも言えない。俺たちは、それを放っておく訳にはいかないんだ。わかるか?」
「はい……」
「あとは、君のその瞳だな。色が変わるなんて聞いたことがないし、それが薬と無関係かどうかもわからない。それは君にもわからないんだろう?」
「はい……」
「君には印をつけているから、どこに行こうが居場所がわかる。こちらは君の発言が本当か嘘かも判断できる。もっと言うと、自白させることだって可能なんだ」
その不穏な言葉に、オードリーは顔を強張らせた。
「脅すような形で悪いが、このまま薬を売らせ続ける訳にもいかない。オードリー、こちらの調査につきあってくれるな?」
「はい……」
逃げることも叶わない、その有無を言わさぬ状況に、オードリーは只々頷くことしかできなかった。