帰宅
あぁ、帰ってきた。
1年以上も空けていた家の前に立ち、オードリーは感慨深げに息を吐きだした。何も変わらない我が家があった。扉に張り付けた紙も、当時のままだ。レオンはクスクスと笑いながら、その背中をそっと押す。オードリーは恥ずかし気に笑みを浮かべると、ゆっくりと鍵を回した。
「想像はしていたけれど、まずは掃除からね。これじゃあ店は開けられないわ」
室内は残念ながら埃を被っている。1年以上も留守にしたのだから当たり前だ。それでも戻ってこれたことが嬉しく、オードリーの声は明るかった。一方で、惨状を見たレオンはため息をついた。
「あの時、部屋にも状態維持の魔法をかけておくんだった」
「まあまあ、いいじゃない。2人でやれば早いわよ」
肩を落としたレオンを見て、オードリーはクスリと笑った。レオンの面倒くさがりな一面も、もうすっかりと見慣れている。笑うんじゃない、とレオンがオードリーの頭を乱暴に撫でた。
この1年、オードリーとレオンは色々な町を旅してきた。特に大きな町には長く滞在し、その地域の薬を学んだ。旅の中で、これまで踏み込んでこなかった互いのことを語り合い、共に様々な経験をした。砕けた口調で会話をするようになり、素直に感情を表せるようになった。
2人の距離は確実に縮まった。しかし、その関係を何と呼ぶのかは、結局定まらないままである。
精霊の村で話していた通り、これからは2人でこの店を切り盛りしていくことになる。本当にそれでいいのかと、旅の終わりが近づいた頃にオードリーはレオンに尋ねた。
「最初からそのつもりだ。俺はオードリーと共にいる。オードリーは、嫌か?」
何の躊躇いもなく、レオンは答えた。寧ろ、不安気な顔でオードリーを覗き込む。オードリーが慌てて首を横に振ると、レオンは満面の笑みを浮かべた。
一緒にいてくれるのだと、オードリーも喜んだ。しかし、それと同時に不安がよぎる。レオンはいつまでオードリーの隣にいてくれるのだろうか、と。オードリーにとって、レオンの隣は大層居心地が良かった。側にいるだけで安心を覚える。レオンが隣にいない生活は、最早想像もしたくなかった。
「ねぇ、レオン。住居はここから近い方がいいわよね? とりあえずは、近くの安宿でもいいかしら?」
掃除の前に、レオンの住まいを決めなければならない。荷物を床に置きレオンを見上げると、きょとんとした表情が返ってきた。
「俺はここにいると言ったはずだ」
「ええと、仕事の話よね? この家は狭くて、部屋は余っていないのよ」
「寝られるスペースがあれば、どこでもいい」
今度はオードリーが困惑する番だった。そもそも建物が小さいのだから、部屋がないことくらいレオンにはわかっている筈だ。それでもここにいるとレオンは言い張る。オードリーは躊躇いがちにレオンの腕をとると、2階に続く階段を上った。
「ね? 1人用の部屋でしょう?」
2階は1部屋しかなく、キッチンまでもが部屋に併設された形となっている。扉がついているのは浴室だけだ。異性を部屋に通したことのないオードリーは、顔を赤らめながら説明した。最悪なことに、部屋は埃を被っているのだ。恥ずかしくない訳がない。
「嫌か?」
レオンの意図が分からず、オードリーは首を傾げてレオンを見上げる。レオンは真剣な眼差しで、オードリーを見つめた。
「俺は、オードリーと共にいたい。確かに、この部屋は2人で住むには狭いだろう。だから、部屋を借りるのであればオードリーにもついてきて欲しい」
「一緒に、住むの?」
「今更、仕事仲間では満足できない。オードリーのいない生活は考えられない」
オードリーは自身の頬がかぁっと熱くなるのを感じた。鼓動が早くなり、信じられないくらい大きく聞こえる。レオンから、目を逸らせない。
そんなオードリーの反応に、レオンは愛しそうに目を細めた。手を伸ばし、そっと頬に触れる。
「ずっと、一緒にいよう。2人で未来を築こう」
オードリーはこくりと頷いた。何か言おうと口を開くも声を出せず、顔を赤らめたまま静かにはにかむ。レオンは幸せそうに笑うと、もう片方の手もそっと頬に添える。そして、ゆっくりと顔を近づけた。




