計画
丁度全員の食事が終わった頃、額を手でおさえて壁にもたれていたレナードがゆっくりと立ち上がった。そしてふらふらと歩き、最後の椅子にどかりと腰かける。その額は赤く、瞳はうっすらと涙で滲んでいた。
「おい、痛いぞ。いい加減にしてくれ」
不貞腐れた顔でヴィンスを睨みつける。ヴィンスはそれを真っすぐ見据えると、すっと杖を構えた。
「いい加減にするのはお前の方じゃ。もう一度投げつけようか?」
「わかった、わかった。勘弁してくれ」
慌てて掌を突き出すと、悔しそうに唇を噛む。ヴィンスは満足そうに頷いた。
「よろしい。では、改めて自己紹介をば。ヴィンスと申します。この村の長老じゃ。そして、こちらはアンガスという」
「私はエヴァン・ルイスと申しますぞ。マイカ王国の魔法研究所所長で、そこのレオンの上司です。そして、フレドリックの友人でもあります。いやあ、お目にかかれて光栄ですな」
エヴァンは立ち上がり、腕を伸ばしてヴィンスと固く握手を交わす。そしてそのまま、隣のアンガスの手も握った。
「話はレオンから聞いておりますぞ。何か私にして欲しいことがおありのようですな」
「話が早くて助かるの。ではレオン、これからのことを話しておくれ」
レオンは大きく頷くと、エヴァンを真剣な面持ちで見つめた。その雰囲気に、エヴァンも顔から笑みを消す。
「ルイス所長、今研究所での調査はどうなっていますか?」
「魔法取締局がやっきになって調査中ですな。レオンも目の前で連れていかれておりますからね。しかも、怪しい男が突然現れて突然消えたもので、余計に混乱を極めておりましてな。オードリーも同様に連れ去られたという方向で話が進んでおります」
「他国との外交に影響は及びそうですか?」
「難しいところですな。怪しい男の容姿が近隣国ではありえなかったことと、一瞬で魔力が消えるというあり得ない事象から、国を断定することはまず不可能。今は警戒することしかできませんな。暫くは国境の警備を固めることになるでしょう。魔力が消えたというところから、別の次元の存在なんかが囁かれておりますが、あるかどうかもわからないものを証明することも難しい。まぁ、結局はなんの進展もしておりませんな」
「そうですか……では、ルイス所長は私とオードリーを死亡扱いにすることはできますか?」
「2人の死因と、魔力と得体のしれない男の尤もな理由があれば」
レオンの考えを想定していたようで、エヴァンは全く動じずに答えた。
「2人を死亡したことにすると、その男が犯人となる。つまり、敵が王城の研究所内に入り込み、自国の魔法使いを殺したということになりますな。それはまずいでしょう」
「仰る通りです……」
「ですが、この2人を研究所へ連れて帰っても、大問題となることは間違いありませんな。死亡扱いにできればよいのですよね」
腕を組み、レオンとエヴァンは必死に頭を働かせる。それを実状のわかっていないオードリーは見守ることしかできなかった。
「おい、いいか」
机に肘をつき、面倒くさそうにレオンとエヴァンのやり取りを聞いていたレナードが、ぶっきらぼうに声を上げた。レオンとエヴァンは難しい顔のままレナードを見やる。
「俺の魔力を纏わせた狼を、東の森に放つ。同じ魔力が検知され、狼となると、俺は狼男だとでもされるんじゃないか? 実際にそんなものがいるかは知らないがな。で、レオンとオードリーは行方不明と。暫くしたら、その狼に殺されたとして死亡扱いになるんじゃないか?」
「魔力を生き物に纏わせることができるのですかな?」
「俺はお前ら人間とは違うんだよ」
驚いて尋ねるエヴァンに、レナードは不機嫌そうに返す。レオンも思ってもいない提案に、目を瞬かせた。
「確かに、そうすると脅威は魔物ということになりますな。他国との戦争をする必要はありません。魔力を放つのであれば、魔力の検知に気を付けておけばよいですしな。ええ、それでしたら、レオンとオードリーの2人を死亡扱いにできますぞ。2人の荷物は形見として私が引き取り、お渡ししましょう。レオンも、それで問題ないですな?」
「え、ええ。そのようなことができるとは驚きましたが、ええ、問題ありません」
「よろしい」
エヴァンは胸をなでおろすと、オードリーに柔らかな笑みを向けた。
「オードリーさん、そんなに心配そうな顔をしなさんな。大丈夫ですから、任せなさい」
「エヴァンさん、レナードさん、よろしくお願いします」
オードリーが頭を下げると、エヴァンはオードリーの頭を優しく撫でた。レナードは仏頂面ではあったものの、耳をわずかに赤く染めて「任せとけ」とだけ呟いた。
「纏まったようじゃな。では、レオンとオードリーは事が落ち着くまで、ここにいるといい」
ヴィンスは嬉しそうににっこりと笑う。いいのだろうかとオードリーがレオンを見ると、レオンは小さく頷いた。2人でヴィンスに深々と頭を下げる。
「暫くは賑やかに過ごせそうじゃな。では、休憩にしましょう」
ウキウキとした様子で、ヴィンスはアンガスにお茶の用意を命じた。




