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柘榴石の瞳  作者: 美都
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食事

 レナードの登場には驚いたものの、その後ろに佇むレオンを見つけ、オードリーはほっと息をついた。無事でよかったと安堵する。しかし、それと同時に何故2時間もかからずに戻ってこられたのかと疑問が湧いてきた。


 その答えは、レオンの隣で呆けたように立つエヴァンの存在がすぐに教えてくれた。レナードは出立前、「話を信じないなら、最悪ここに連れてきてしまえばいい」と言っていた。結局、エヴァンは信じなかったのだ。そう考えると、仕方のないこととはいえ残念に思う。



 アンガスの案内で、レオンとエヴァンが部屋に入ってくる。ちらりとレオンを見やると、レオンもオードリーに視線を寄越していた。その口元には笑みを湛えている。レオンはそのまま、オードリーの元に歩いてくると、隣の椅子に腰かけた。


「驚かせてすまないな。まさかレナードさんがああも自由だとは……」

「いえ。集会所のときも同じようなやり取りをしていましたし、いつものことなのでしょう。それよりも、レオンさん、ご無事で何よりです」


 オードリーがお帰りなさいと微笑めば、レオンがただいまと微笑み返す。そのやり取りが心地よかった。しかし、やっぱり気になるのはエヴァンのことだ。


「エヴァンさんは、やはり信じられないと?」


 こそこそと不安げな表情で尋ねる。すると、レオンは困ったような表情で笑いながら、首を横に振った。


「いいや。最初は信じては貰えなかったよ。それで連れて来ることになったんだが……あの表情をよく見てみろ」


 レオンに促され、斜め前に腰かけているエヴァンを見ると、それはそれは楽しそうな笑顔で辺りを見廻していた。好奇心旺盛な落ち着きのない子供のようだ。ヴィンスの家に意識を取られ、オードリーの存在さえ気づいていないように見える。状況についていけず、ぽかんとした表情でレオンに顔を向ける。すると、レオンは苦笑を浮かべた。


「この現実を信じてもいるし、その上でこの状況を大層楽しんでいらっしゃる。問題ない。寧ろ好んでこの村にやってきたくらいだ。しかしな、あれを連れて来るのは本当に、本当に骨が折れた。2度とごめんだ」


 レオンはいつもより低い声で呟き、俯いて大きく息を吐きだした。なるほど、とオードリーは納得したが、今度はレオンの言葉が気になった。


「上司を『あれ』なんて言っていいんですか?」


 クスリと笑いを零して言うと、レオンは恥ずかしそうに顔をそむけた。


「あの人にはそれくらい言っても大丈夫だ。全く気にしやしない。それに、もう上司じゃなくなるしな」

「それもそうですね」


 オードリーに本音を漏らしてくれたことが嬉しく、弱っているレオンが可愛らしかった。


 話が途切れると、レオンの視線がついっとオードリーの手元に移った。そこにはわずかにシチューの残った皿が置かれている。


「ずっと気になっていたんだが、いい香りだ。おいしそうだな」

「ええ、とても。アンガスさんの手作りなんです。この村伝統のシチューだそうで、私の母も好んでいたとか」

「よろしければ、召し上がってください。まだまだありますので」


 後ろから、アンガスの声が割って入ってきた。初めて聞く声に驚き、レオンは勢いよく振り返る。そしてその相手を確認するなり目を見張った。オードリーと同じく、アンガスが声を上げたことに衝撃を受けたようだった。


 一方のアンガスはレオンの反応に対し相変わらずの無表情ではあったものの、その口角がわずかに上がっていることに、オードリーは気が付いた。


「え、ええ。頂けると嬉しいです。しかし……」

「レナードはまだ倒れていますし、お客人もまだ落ち着かれていないご様子。お食事の時間はございます。オードリーさんも、冷めないうちに召し上がってください」


 アンガスはいそいそと台所へ入っていく。その足取りはどことなく軽い。レオンはその後ろ姿を呆然と眺めていた。


「アンガスさん、嬉しそうでしたね。美味しそうと言われたことに喜んだんですよ、きっと。アンガスさん、実はヴィンスさんの息子さんで、お家のことを仕切られているんですって。お家のことになると、いろいろお話ししてくれるんですよ」

「それは、意外だな。驚いた」

「ええ、最初は私も驚きました。お料理もこだわる方で、かなりお時間をかけてらっしゃって、これが本当に美味しいんですよ。お料理お好きなんでしょうね。これを毎日食べているヴィンスさんが羨ましいです」


 オードリーは幸せそうに笑いながら残りのシチューを口にする。レオンが微笑まし気にオードリーを眺めていると、アンガスがトレイを持って戻ってきた。トレイの上にはシチューが2皿と、パンが2欠片載っている。どうぞと声を掛けながら、レオンの前にシチューとパンを置くと、エヴァンの前にも同様に差し出した。


「よろしいのですかな?」

「お口にあうかは存じませんが」

「いやはや、有難い。精霊の食事まで経験できるとは。生きていてよかった」


 エヴァンは破顔すると、シチューをスプーンですくい、口に運ぶ。途端に目を輝かせ、「こんなに美味しいシチューは初めてです」と褒めたたえた。そのまま、1口ごとに感嘆の言葉を述べながら食事を進めた。1つ1つの言葉が大袈裟で、何故それ程に語彙力が豊かなのかと問いたくなる程だった。見ている方が恥ずかしくなるような態度に、オードリーとレオンは顔を引きつらせた。


 エヴァンの隣の席では、アンガスが無言で食事を進めていた。その表情は硬かったが、頬はわずかに朱に染まっており、いたたまれない気持ちであるのが見て取れる。それをヴィンスが実に可笑しそうに眺めていた。

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