村へ
エヴァンはにこやかな笑みを浮かべ、レナードに視線を移した。
「では、行きましょうか。さて、その村に入るにはどうすればよいのでしょうかね」
「いや、信じたならば行かなくていいのだが……」
「いえいえ、信じたとはいえ、この目で見なければ疑惑が残ってしまいますぞ。私に何かしてほしいのでしょう? では、疑念は解決しておかなくては」
急に押しが強くなったエヴァンに、レナードはフードを脱いで心底迷惑そうに顔を顰めた。敢えてエヴァンに見せつけているようだ。そして、今度は助けを求めてレオンを見る。しかし、レオンは静かに首を横に振った。
「ルイス所長は、言い出したら聞かない方です。何を言おうが、言いくるめられると思いますよ。いつもそうですから」
レオンが同情の色を滲ませ告げると、レナードは片頬を引きつらせた。そしてそのまま、その表情を隠すことなくにっこりと笑うエヴァンの方に向き直る。エヴァンにもレオンの言葉が聞こえていたはずなのに、どこ吹く風だ。
「入れるとは、限らないぞ? いや寧ろ、入れない確率の方が高い。お前は大分年を食っているからな」
「その時はその時です。年齢ばかりはどうしようもないですな。しかしですぞ、私は入れるような気がしているのですよ」
自信たっぷりに言ってのけるエヴァンを見て、レナードが折れた。
「……このまま歩けばいい。俺の位置からあと1歩のところで、繋がっている」
「ほうほう。そのあたりは今までにも歩いておりますからね。どうでしょうなぁ……」
悩まし気に眉を寄せたものの、その声は大層楽しそうだった。
「行くぞ。入れなければすぐに戻ってくるから、その場から動くなよ。レオン、お前もだ」
レナードはそう言い置いてくるりと向きを変えると、すぐに1歩を踏み出した。直後、レオンとエヴァンの前からぱっと消える。
おぉ、というエヴァンの歓声を聞きながら、レオンもレナードに続いて歩みを進めた。レナードが消えた辺りで、ふっと空気が変わるのを感じる。あの不思議で穏やかな空間だ。そして目の前にはレナードの背中があった。
あぁ、良かった。オードリーを迎えに行ける
レオンも村に入れるかどうかわからないと言われていたため、無事に森へ入れたことに安堵した。
そのままレナードについて数歩進み、立ち止まって振り返る。しかし、そこには誰もいない。
「無理だったか」
同様に立ち止まっていたレナードが安心したように呟くのが聞こえた。レナードはレオンの隣にやってくると、レオンのフードを脱がせ、その肩に腕を回す。そして、にやっと笑ってレオンを見た。
「まぁ、凝り固まった年寄りの頭では、難しいだろうな。うん十年も純粋でいられる訳がない。ああ、良かった」
その声音は異様に明るく、レナードでも喜びを外に出すことがあるのかと、出会ってから不機嫌な態度ばかりを見ていたレオンは驚いた。それと同時に、レナードは自分の心に正直なだけなのだと気がつく。それが態度や表情に現れるのだ。
レナードは、レオンの住む世界のように、本心を隠さなくてもよい環境で生きてきたのだろう。相手の気持ちがわかるというのは、それはそれで大変だ。レオンは、というより、殆どの人間はそんな生活には耐えられないだろう。
しかし、精霊たちの間にはそれを許しあえる程の繋がりがあるのだと考えると、なんだか羨ましくなった。
レオンがレナードの顔を見ながら考え込んでいる間も、レナードはそれに気づくことなくハッハッハッと笑っている。
その幼子のようなあからさまな振舞いを見ていると、クスリと笑いがこみ上げてきた。しかし、笑おうものならレナードの機嫌を損ねることが容易に想像出来た為、咳払いで誤魔化しておく。
「そのようですね」
戻りましょうか、と言いかけたときだった。
「入れましたな。入れましたな。ああ、なんということだ。ははぁぁぁ。これがこれが」
気の抜けるような陽気な声が静謐な森の中に響いた。




