訪問
森を抜け、住宅街に足を踏み入れる。治安が悪いわけではないのだが、西区画はなぜだか貴族の邸宅が殆どない。そのためか、西区画は森に近づくほど、平民用の小さな戸建て住居が多くなる。
その中でも一等大きな家がエヴァンの住まいだった。貴族の邸宅とは比べ物にならないが、2階建てのやや広々とした屋敷は、明らかに値の張る造りをしている。周りの家にはない丁寧に手入れされた小さな庭には、花々が咲き乱れていた。
そして、立派な門扉がその敷地を守っている。
それは、屋敷の主人が招き入れれば、扉が勝手に開くという特殊な門だった。加えて、万が一悪意ある訪問者であった場合、門が開いていたとしても見えない壁に阻まれ足を踏み入れることは叶わない。使用人を雇わないエヴァンは、魔法で家と家族を守っていた。
レナードはレオンに目配せをすると、すっと門扉の前に進み出た。扉に埋め込まれた大きな赤い石に右手で触れる。
「フレドリック・レイナーとレオン・エリオットを知る者だ。エヴァン・ルイス殿に面会を申し込みたい」
ヴィンスの家で話し合いを行った際、エヴァンの家を訪ねるにあたり、レナードが面会を申し込むことで合意していた。レオンの名前を出したところで、魔力を感じなければ不審に思われ家に上げてはもらえないだろうからだ。
レナードの言葉に反応するように、門扉がギィィと音を立てながら奥に向かってゆっくりと動いた。レオンは無事エヴァンに迎え入れられたと安堵する。2人は目を見合わせて頷くと、敷地の中へと1歩踏み出した。
屋敷の前にたどり着くと、すぐに内側から扉が開いた。扉の向こうにはエヴァン本人が立っている。警戒を露わにした険しい顔つきが、フードをすっぽりと被った2人を見てさらに歪んだ。
レナードは1人フードを脱ぐ。
「フレドリックの友人のレナードという。内密の話があって参った。この屋敷には、貴殿以外に国の関係者はいらっしゃるか」
家の奥をちらりと見ながら、レナードは声を抑えて尋ねた。エヴァンは眉を顰めたまま僅かに目を見張ると、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。では、こちらに」
明らかに怪しい2人組だが、敷地内に入ってこられた時点で悪意がないことは証明されている。魔力がないこともあってか、エヴァンは2人を自身の書斎に招き入れた。
エヴァンは書斎の扉に鍵をかけると、2人にソファを勧め、自身も向かいに腰かける。
「それで、話と言うのはなんでしょうかな?」
エヴァンは見定めるような目つきで淡々と問いかける。
「ルイス所長」
レオンがそう言ってフードに手をかけると、エヴァンは片眉を上げた。そして、エヴァンの目が驚きに見開かれた。
「レオンか? いやでも、魔力が……そんなはずは……」
フードの下から現れた顔に、エヴァンは思わず声を上げる。珍しく慌てふためくエヴァンにレオンも驚いたが、魔力が消えるというあり得ない状況では仕方なかろうと思いなおした。
「ご察知の通り、私には今魔力がありません。そしてご存じのように、魔力を封じる儀式を行った訳でもありません。これはフレドリックさんの話にも繋がるものです。落ち着いて話を聞いてはくださいませんか」
「あ、あぁ、そうですな。……とりあえず、お茶を入れてきてもよいかね?」
レオンが頷くと、エヴァンは勢いよく立ち上がり、急ぎ足で書斎を後にする。その際、ソファや扉のふちに何度も足や手をぶつけていた。
「おい、あれは大丈夫なのか?」
「人間にとって、魔力が消えるなど考えられないことなのです。それに所長は、20年前のフレドリックさんの失踪を経験しています。動揺するなという方が無理な話です」
不安げな表情を浮かべるレナードに、レオンはエヴァンを庇う様に話す。その直後だった。
ガンッ
ガシャーン
パリンッ
遠くで盛大な音が響く。「貴方っ」と叫ぶ女性の声も聞こえる。想像以上の状態に、レナードだけでなくレオンの顔までもがひきつった。




