森
森の小道は狭かった。前を行くレナードの持つランタンの灯りを頼りに、闇の中を進む。レオンの足元にはあまり光が届かなかったものの、不思議と不安はなかった。
道には小石の1つも落ちておらず、木の根が盛り上がっているような箇所もなかった。驚くほど平坦で、土は固すぎもせず、柔らかすぎもしない。道の横は丈の短い草が生い茂っており、木々は人3人分ほど離れたところに生えている。
今日は新月だったようで月光が差し込むことはなかったが、木々の隙間から数えきれないほどの星たちが瞬いているのがよく見えた。
木々のざわめきが聞こえる。それは、レオンたちを見守っているような、心に安らぎを与えるものだった。
柔らかな風を体に感じる。身体の周りを風が優しく包みこんでいるような心地よさを覚えた。
そしてなぜだか、動物の気配を全く感じなかった。虫の鳴き声さえ、一切聞こえない。
「不思議な森ですね」
ふと、言葉が口から漏れた。
「……精霊の森だからな」
レナードは少し間をおいてから、小さく返す。
「村の雰囲気とも、別物ですね。この森は、心穏やかになれます。なんだか自分が森の一部になったような、そんな気にさせる」
言葉が口を衝いて出た。レオンは雑談などする気はなかったのだが、無意識のうちに口が動いていた。そして、自身でそのことに気づいてはいない。
「足元が見えなくても怖くない。目を瞑っていたって、歩ける気がします。風が導いてくれるような……」
レナードは黙って聞いていた。レオンの言葉に口を挟むことを一切しなかった。それでもレオンは話し続ける。
人間の森との境界に近づいてくると、段々とレオンの口数も減り、そのうちに話さなくなった。この変化にも、レオンが気がつくことはなかった。
「で、どこに向かえばいい?」
突然、レナードは立ち止まり、振り返ってランタンを持ち上げた。レオンはきょとんとしたものの、すぐにはっと意識を戻す。
「すみません、なんだかぼんやりしていたようで。……ええと、場所でしたね。西区画のアレガニ地区です。その裏の森にほど近いところにあります。この森はどこに通じているのでしょうか」
「その、西区画のアレガニ地区の裏の森だ。凄い偶然だな」
レナードはレオンの様子を気にすることなく返事をした。
「あと5歩程で、人間の世界に入ることになる。承知のことだとわかっているが、くれぐれも気をつけろよ」
レナードはくるりと正面に向き直ると、再び歩き始めた。
レオンが6歩目を踏みしめた時、周りの空気ががらりと変わった。ざわざわとなる木々の音は、漠然とした不安を呼び起こす。虫の鳴き声が聞こえ、顔の近くを飛んでいくのを感じる。遠くではフクロウが不気味に鳴いていた。
急に足元が覚束なくなり、目を凝らして道を見ると、大小様々な石がごろごろと転がっていた。へこんだり盛り上がったりしている箇所もある。気を付けて歩いていたのに木の根に足を取られ、慌てて足を地につけた。
レナードは慣れているようで、平然と目の前を歩いている。レオンも普段こういった山道を歩いていたはずなのに、何故だかあまりに大変な道のりのように感じた。




