それぞれの
「それでは、オードリーのことをよろしくお願いします」
森の入口で、濃紺の長いローブを身に纏ったレオンがヴィンスに告げる。その隣には、同じ出で立ちのレナードが立っていた。ヴィンスとアンガス、オードリーは2人と向かい合っている。
既に日は落ち、辺りは暗闇につつまれていた。灯りはアンガスとレナードが手にしている小さなランタン2つだけの心許ないものだった。
「オードリーのことは安心なされ。この村にいる限り、安全じゃ。それよりもレオン、お前さんじゃ。くれぐれも、気を付けるのじゃぞ」
ヴィンスはクイックイッと人差し指を曲げ、レオンに近づくよう合図した。レオンがヴィンスの前に立つと、今度はしゃがめと手を振る。
戸惑いながらも跪いたレオンの額に、ヴィンスは親指を当てた。
「真の精霊のご加護を」
ヴィンスは祈るように目を瞑り、暫く微動だにしなかった。アンガスと、レナードもヴィンスに倣い、目を瞑る。2人は空いた手の親指を立て、心臓の位置に指の腹を当てていた。それはオードリーが初めて見る祈り方だった。
オードリーは教会に行ったことがない。他人が祈るところも見たことがない。フレッドはオードリーが他人と交流を持たないようにさせていたし、オードリー自身も必要以上に他人と接することが怖かった。
「神のご加護がありますように」
そう言ってオードリーの額に口づけを落とす。オードリーが買い物に出掛ける度、フレッドが必ず行っていたことだ。これだけが、オードリーの知っている祈りだった。
ふとレオンを見ると、レオンの顔にも困惑の色が浮かんでいた。レオン自身も馴染みのないもののようだ。レオンも知らないとなると、人間が一般的に行っているものではないのだろう。
しかし、レオンの無事を願う祈りだ。オードリーも同じようにすべきか悩んでいると、ヴィンスがぱちりと目を開いた。
「行ってきなさい」
ヴィンスは指を離し、レオンの肩をポンと叩く。レオンは困惑した面持ちのままで頷くと、静かに立ち上がった。
それを見て、今度はレナードがパチンと指を鳴らした。すると、ランタンに灯された赤い瞳が緑に変わり、明るい髪色へと染まる。その変化に、オードリーとレオンは息を呑んだ。色が異なるだけで、全くの別人だと思える。オードリーとレオンにはわからなかったが、これで魔力も隠されたのだと感じた。
レナードは自身の変化を確認することなく、フードを目深に被った。
「では行こうか」
呆然とレナードを見ていたレオンに、レナードは声をかける。レオンははっと意識を戻すと、すっと顔を引き締めた。
「行きましょう」
レオンは不安げな表情でレオンを見つめるオードリーに向かって、安心させるような笑顔で軽く手を上げた。オードリーも小さく手を上げ返すと、レオンは嬉しそうに口角を上げた。
「お気をつけて」
レオンはオードリーの言葉にしっかりと頷く。
フードを目深に被ると、2人は真っ暗な森の中へと消えていった。
「とりあえず、オードリーには私の家に泊まってもらいましょうぞ。さぁ、おいでなさい」
灯りが見えなくなると、ヴィンスはオードリーの背中を優しく叩いて促した。オードリーはアンガスが持つ灯りから離れないよう気をつけながら、ついて歩く。ヴィンスの家までの道には誰もいない。森に向かっている時もそうだった。両側に並ぶ家々からは灯りが漏れており、中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「皆さん、夜間に外出することはないのですか?」
気になって尋ねると、ヴィンスはほっほっと笑った。
「わしらが夜に働くことはない。夜は憩いの時間じゃ。外出しない訳ではないが、丁度食事の時間じゃからの。暫くは出てこないじゃろう。わしらも帰ったら食事じゃな」
「えぇ。オードリーさんのお好きなものは、何でしょうか?」
低くゆったりとした声がした。それは、ヴィンスの足元を照らしているアンガスから発せられたものだった。突然の会話に驚いていると、ヴィンスは可笑しそうに声を立てて笑った。
「アンガスは無口な奴での。必要なこと以外話さないんじゃよ。これでもわしの5番目の息子でな。普段、わしの身の回りの世話をしてくれとる。食事もアンガスが作ってくれるんじゃよ。何とも親孝行な息子で助かっとるわい」
にやりと口元を歪めるヴィンスに、アンガスは珍しく表情を崩す。諦めたような相形で小さくため息をついた。
「父が長老となってから、母は長兄の元に身を寄せています。あの家に住むのは嫌だと。父は大分高齢ですし、兄弟の中で家庭をもたなかった私がついてきた次第です」
大変なのだとアンガスはオードリーに語って聞かせる。珍しく多弁なアンガスの話を、ヴィンスは楽しそうに聞いていた。




