隠秘
1、2分程経っただろうか。レオンがはっと顔を上げ、そっとオードリーを引き離した。オードリーが見上げると、その頬は赤みを帯びていた。目が合うなりふいっと視線を逸らしたレオンに、オードリーはふふっと笑う。
「すまない」
「いいえ?」
なんだか自分が優位に立っているような状況が可笑しかった。それに加えて、恥ずかしがっているレオンが、オードリーには大層可愛らしく映った。
小さく笑うオードリーの方を見ることなく、レオンはコホンと1つ咳をしてから、ヴィンスを見やった。その視線に、ヴィンスは大きく頷く。
「そうですな。では、次の問題について話しましょうかの。これからが大変じゃ。お座んなさい」
促されるまま、オードリーは先ほど座っていた椅子に腰掛ける。当たり前のように、その隣席にはレオンが掛けた。
「これから、どうするおつもりじゃ?」
ヴィンスの後ろに控えるアンガス以外が全員席につくと、ヴィンスは正面に座るレオンに真剣な面持ちで尋ねた。
「まず、今夜のうちにエヴァン・ルイスという研究所長の自宅に向かいます。そこで彼に現状を話し、処理をお願いします。ただ、恐らく私たちの捜索が行われていますので、オードリーと2人で連れ立って街を歩くのは危険です。ですので、オードリーはまだこちらにいさせて欲しいのです」
「それは構わんが……。お前さんも魔力がないとはいえ、容姿は変わっていない。危険ではないかの? それに、その家にいったところで、本当に家主にあえるのかの?」
「ええ。毎日彼の帰宅時間は変わりません。彼は元々庶民の出ですので、あまり仰々しい家にも住んでいないのです。使用人がいるような邸宅ではないので、門前払いということはありません」
レオンは、自分の容姿については一切触れなかった。尋ねたヴィンスでさえも何も言わない。危険であると、オードリーの目の前で言いたくなかったのだと、オードリーには理解できた。その配慮に、オードリーの胸は痛くなる。しかし、オードリーにできることがある訳もなく、何も言えなかった。
「では、俺がついて行こう」
レオンは眉間に皺をよせ、レナードを見た。レナードはいたって真剣な面持ちだったが、レオンの視線に気が付くと、呆れたような表情を見せた。
「いやだってな、お前1人ではここに戻ってこられない。そうなると、こちらは状況がわからないだろう。オードリーが外に出てもよいのかどうか、判断がつかないぞ」
「しかし、貴方が外に出ると、魔力が……」
「阿呆だな。俺たちが外に出なければ、魔力持ちが生まれないことは話しただろう? 俺たちは普段から人間の世界に足を延ばしている」
「……今まで、不審な魔力が検知された事例はありませんが……」
レナードははぁとため息をつく。
「魔力を隠すことができるに決まっているだろうが。まぁ、魔力持ちは特別だと考えている人間たちは、魔力を隠そうだなんて発想に至らないのだろうがな」
思ってもみなかった言葉に、レオンは一瞬きょとんとした。しかしすぐに唇を噛み俯いた。
確かに、隠すことができるのであれば、街をうろついても平気だろう。そしてそれは、人間たちは考えてこなかったものだった。
魔力は「特別なもの」という発想もあったが、それは「国が管理するもの」であり、「外交問題に生じるもの」であったからだ。
国としては、魔力を隠してどこかに行かれては困る。魔力を隠して他国に入れば、その行いが明るみに出た時、その国とは戦争となる。そして、武力としての魔法使いの存在で、互いに牽制しあっている面もあった。
幸せそうに暮らす精霊たちを見ていると、人間とはなんと愚かなのだと、魔力を持つことが馬鹿馬鹿しくなってくる。魔法は彼らのものなのだと、レオンは痛切に感じた。
「だからな、俺がついていって、お前をつれてここに戻ってくる。お前はただの人間になったが、きっと村に入れるはずだ。それに、そいつが話を信じないなら、最悪ここに連れてきてしまえばいい。まぁ、そいつがこの村に入れるかはわからないがな。お前1人で行くより、いいだろう」
黙ったままのレオンに、レナードは口調を和らげて続けた。しかし、その瞳は真剣そのものだ。ポンっとレオンの肩に手を置くと、レオン、と呼び掛ける。
「それにな、お前が1人で行くと言うなら、俺は反対だ。お前だって、俺たちの血を継いでいるんだ。1人で危険な目には合わせたくない」
レオンははっとして顔を上げる。レナードの表情と声音は、レオンの身を心から案じていた。わかったな、と念を押すレナードに、レオンは静かに頷いた。
「よろしくお願いします」
頭を下げるレオンに、レナードは満足そうに笑みを浮かべた。
アンガス以外気づかなかったが、その隣では、ヴィンスが目を見張ってレナードを見つめていた。