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柘榴石の瞳  作者: 美都
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変化

 それは、あまりにも呆気ないものだった。



「取り敢えず、試してみたらどうじゃ?」


 ヴィンスの提案にレオンは同意した。本を片手に立ち上がると、やや緊張した面持ちでオードリーの元へと歩いていく。いよいよ始まるのだ。オードリーの背筋も自然とピンッと伸びた。コツコツとなる規則的な靴音が耳に響く。人生を左右する瞬間へのカウントダウンのように、オードリーには思えた。


 レオンはオードリーの目の前に立つと、右手でオードリーの左手を取った。そして、優しく引き寄せる。オードリーはされるがままに立ち上がり、レオンと向かい合った。繋いだ手はそのままに、レオンはオードリーの緊張をほぐすように微笑みかけてから、左手の本に視線を移した。そして、穏やかな声で呪文を唱える。


 オードリーは咄嗟に身構えたが、結局何も起こらなかった。

 ただ、レオンが言葉を紡いだだけだ。オードリーの身体には何の変化もないし、光るだとか、空気が変わるだとか、そういったことも全く感じない。


 期待していた分オードリーは落胆し、視線を落として肩に入っていた力を抜いた。しかし、術が上手くいかなくてがっかりしているのは、オードリーよりもレオンのはずだ。すぐにそう思いなおし、顔を上げてレオンの顔を覗き込む。


 けれども、オードリーの目に映ったのは、想像していたものと大きく違った。レオンは体を固くし、驚いたように目を見開いている。それは悔しさとは全く別の感情だったが、何を驚いているのかオードリーには全くわからなかった。不思議に思い周りを見廻すと、他の人たちもそれぞれ異なる反応を示していた。


 レナードはどことなく悲哀を感じる眼差しでレオンを眺めており、ヴィンスは大層安堵しているようだった。アンガスは不変であったが、それでもこの中で状況を理解していないのはオードリーだけだと思われた。


 誰に何を聞けばよいのだろうか。レオンが微動だにしないため、話しかけてもよいのかと躊躇う。どうしようかとぼんやり考えていると、ヴィンスが近づいてきてレオンの肩をトントンと叩いた。レオンははっとしてヴィンスの方に首を回し、その手に持つものを見て頷く。


 オードリーから手を離し、本を机の上に置く。それから、ヴィンスから1本の蝋燭を受け取った。レオンが持つ蝋燭に、ヴィンスが掌をかざして火を灯す。それをそっとオードリーの瞳に近づけると、レオンは相好を崩した。


 蝋燭の火を吹き消して机に置くと、レオンはオードリーをその胸の中にしっかりと抱き寄せた。


「成功だ、成功したんだ」


 オードリーの肩に顔を埋め、絞り出すように声を出す。震えていて小さかったが、レオンの歓びや安堵がにじみ出ていた。オードリーには全く実感が湧かなかったものの、レオンの言葉と態度に、成功したのか、とほっとする。


 蝋燭を近づけられたときに、そうだろうとは思っていた。唱えた後レオンが驚いていたのは、自身の中から魔力がなくなったからだ。レナードの様子だけはよくわからなかったが、ヴィンスが安堵していたのも、レオンの魔力が消えたからだろう。


 レオンの胸の中で今までのことを考えていると、やっと感情が追い付いてきた。本当に成功したんだと、成功して嬉しいと、心が歓びで満たされていく。目頭が熱くなるのを感じ、オードリーはぎゅっと目を瞑るとレオンの背中に腕を回した。

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