策
「とりあえず、その魔法が使えるのかどうか試してみませんか」
最初に口を開いたのは、レオンだった。
「これで駄目なら、私たちは王城に戻る他ありません。しかし、もし私の魔力がなくなれば、解決する方法はあります」
ヴィンスは片眉をあげ、無言で続きを促した。
「オードリーから精霊の力がなくなれば、彼女の作る薬は普通の薬になります。そうすれば、間違いなく研究所から解放される。オードリーはヴォレンティーナに戻れます。私は魔力がなくなりますが、魔力がなければ国から検知されることもない。顔を隠せば王都を歩いても問題ありません」
「いや、だからな? お前はそれが難しいのだろうが。王都内で顔を隠して生活するつもりか? すぐに限界がくるに決まっている。それにオードリーが研究所に戻ったら、結局この村のことを話さないといけないだろう」
振り出しに戻っているぞ、とレナードは呆れたようにレオンを見たが、レオンは静かに首を横に振った。
「いいえ、そうではありません。私たちの味方になってくれそうな関係者が1人、王都内に居を構えています。王城に忍び込むのは無理ですが、そちらに協力を仰ぎます。私たちが研究所に戻らずに済むように」
レオンの提案にレナードとヴィンスは渋い顔になる。
「協力を仰ぐっていうのは、俺たちのことを話すってことか?」
「わしらが見ず知らずの人間を信じると思うのかの?」
「ごもっともです。しかし、これが今私が提示できる一番確実な手です。彼は研究所の中で権力を持っています。根回しをすれば、オードリーの薬の調査結果を偽造することも、私を死亡扱いにすることもできるでしょう。彼にこの村のことを話さねばなりませんが、彼は余計な欲をかく人物ではないと断言できます。それに、何と言ってもフレドリックさんが関わっていると伝えればまず裏切れない。彼の関係者でもあるのですよ」
オードリーは誰のことを言っているのかを瞬時に理解した。確かに、彼ならば父の意に沿わないことをしないだろう。まともに顔を合わせたのは2度しかないものの、そう思わせる人物だった。
しかし、当然のことながらヴィンスたちは良い顔をしない。
「おいおい、希望的観測が過ぎやしないか? かもしれない、でこっちは動きたくない。楽観的過ぎるだろうが」
レナードは額に手を当てため息をついた。レオンは少し考える素振りをした後、意を決したようにヴィンスを正面から見据えた。
「これが、私が出せる最善の策です。あなた方に人間側の事情を考慮した策を立てられるとは思えません。1人の人間に知られるか、国で公になるか。どちらを選びますか」
ヴィンスは目を瞑り、腕を組んで俯いた。暫くそうしていたものの、ふぅと息を吐くと、机の上に置かれたカップを手に取り、すっかり冷めきった紅茶を静かにすすった。
「1人の方が、まだいいでしょうな。しかし、その人物が怪しい動きをするのであれば、こちらは容赦なく動きますが、よろしいかな?」
「えぇ、構いません」
そう即答したレオンにオードリーは驚き、勢いよく振り向いた。その顔はいたって冷静で、寧ろ安堵しているように見えた。
「大丈夫なのですか?」
小さな声でそっと尋ねると、レオンは柔らかく笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。所長なら絶対味方になってくれる。第三研究室の面々もな」
レオンの表情と自信たっぷりの声音に、彼らの間で結ばれた信頼関係がいかに厚いものであるのかがわかる。人間関係が希薄なオードリーにとって、その笑顔はとても眩しく羨ましいものに映った。




