現実
「えーと、いいか?」
その声が、2人を現実に引き戻した。現状を思い出し、レオンとオードリーは勢いよく離れる。慌てて周囲を見廻すと、ヴィンスは微笑ましそうに目を細め、壁際にいたはずのレナードは呆れたような顔をしてヴィンスの隣に立っていた。そんな中でも、アンガスは相変わらずの無表情だ。
オードリーは顔を真っ赤にしながらレナードの問いにコクコクと頷いた。レオンも珍しく頬を朱に染めていたものの、「あぁ、すまない」と淡々とした口調で返事をする。
「とりあえず、フレッドがバーバラにしたことをオードリーにもってことだな? もし可能だったとして、その後お前はどうするんだ? フレッドと違って、お前の容姿はかなり目立つぞ?」
レオンはオードリーにちらりと視線をよこし逡巡する素振りを見せたが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔でレナードの方を向く。
「……覚悟の上です。髪を染めるなりして身を潜めます」
「いけません! そんなこと、レオンさんにさせられません!」
オードリーはすぐさま反論する。レオンは、だから言いたくなかったのだとばかりにため息をついた。しかし、それに反対したのはオードリーだけではなかった。
「いや、それは考えが甘すぎだ」
真剣な表情でレナードがピシャリと言う。レオンが眉を顰めると、レナードは大袈裟にため息をついた。
「あのな、お前が目立つのはその色だけじゃない。そもそもの顔の造形が目立つんだ。お綺麗すぎてな。手配書が配られてみろ。すぐに見つかるぞ。まぁまず関所を通れないだろう」
レナードの言葉に対しオードリーとヴィンスがうんうんと頷いている中、レオンは先ほどまでの顰め面から一転してぽかんと呆けた顔をしていた。そして困惑を隠せないまま、ぼそりと問いかける。
「そんなに……目立ちますか……?」
これには、全員が同情の色を浮かべて頷いた。オードリーでさえ、気づいていなかったのかと絶句してしまう。レオンはオードリーの眼差しに気づくと、気まずそうに顔を背けた。
「化け物のようだと言われることはあっても、顔の造形について言われることはなくてな」
仕方ないだろう、と言い訳を始めたレオンが可愛くて、オードリーはクスリと笑いをこぼす。途端にレオンの耳がほんのりと紅く染まった。それを隠すように、レオンはコホンと1つ咳をすると、改めてレナードに向き直る。
「ですが、今このまま帰ったところで、あなた方のことを報告しなければなりませんが」
今度はレナードが顔を顰める番だった。
「何故だ。フレッドは報告しなかったぞ。その娘の仲間が俺たちを裏切るのか?」
「20年前と今回とでは状況が違います。今研究所では、未登録の魔力が検知された件と、私とオードリーが消えた件の捜査が行われています。そこに私達がひょっこりと戻れば、何があったのかを説明しなければなりません。私の魔力が何処からも検知されない今、既に私が特殊な状況下にいることは明白になっていますから」
レオンの説明には、レナードもヴィンスも頭を抱えざるを得なかった。この村は人間が入っては来られないが、魔法も日々進化しているのだ。精霊の存在を知られ、この村への侵入を企てられたら堪らない。
オードリーも、このまま戻ったとして彼らに上手く説明が出来るとは到底思えなかった。
「昔は王国も魔力持ちに固執しておらんかったからの。人間との交流もあったものの。今ではここが見つかったが最後、我らの魔力を求めて押しかけてくるじゃろうて。面倒な世の中になったものじゃ」
ヴィンスはやれやれと頭を振る。
「しかしの、オードリーも研究所に戻れないとなると、元いた場所にも戻れなくなるぞ? お前さんについていくのも危険すぎるじゃろう。しかし1人で逃亡生活をさせるのも酷な話じゃ」
「それは……」
レオンが辛そうに顔を歪める。オードリーも自分がレオンについていくと足手まといになることが目に見えているが、1人で国から逃げるというのも不可能だと感じる。
「現実ってのは上手くいかないもんだな。お前はよくやったよ。なぁ、フレッド」
誰もが険しい顔で考え込んでいる中、レナードがポツリと呟いた。




