夜の森
すっかり夜も更けた頃、オードリーは薬屋の裏口から静かに外に出た。紺色のローブを身に纏い、フードを目深に被っている。手にはランタンとバスケットを持っており、周りに人がいないことを確認しながら、ゆっくりと町のはずれの森へと向かう。
誰にも会うことなく無事に森の入り口に辿り着くと、オードリーは躊躇いがちに森の中へと足を踏み入れた。
何度来ても、夜の森は怖いわね……
そうは思ったものの、オードリーには入らないという選択肢はなかった。
そのまましばらく歩き続けると、小さな泉に到着した。この泉は、昼間であれば泉の底や湧き口がはっきり見えるほど水が澄んでいる。満月に近い丸い月が水面に映り、森の中と違ってランタンの火を吹き消しても周囲を見ることができた。
今日も無事にたどり着いた……
そう安堵し、バスケットから瓶を取り出して膝をつき水を汲む。2本の瓶がいっぱいになると、オードリーは再度ランタンに火を灯し、帰ろうと森の中へと足を踏み入れた。
その時、後ろから男性の声がした。
「逃げるのかと思っていたが、そうではなさそうだな」
「誰⁉︎」
慌てて振り返りランタンを掲げると、そこには昼間の魔法使いたちが立っていた。
「どうしてここに……」
「握手をしただろう。その時に、印をつけておいた。それを追ってきたんだ」
オードリーは慌てて握手を交わした手を見るけれど、そこには何もない。
「魔法で付けた印だ。魔力の無いものには見えないし、付けた本人以外消すこともできない」
「どうして、そんなこと…」
「どうしてかは、自分がよくわかっているのではないのか?」
「わ、わかりません! 薬に魔力なんてなかったんでしょう?」
「ではなんで、人目を避けるようにしてこんな時間にこんな場所にいる?」
厳しい口調で咎められ、オードリーは身を強張らせながら後ずさった。しかし、後ろには木の根が盛り上がっており、オードリーは足を取られて背後に倒れこんだ。
「危ない!」
魔法使いたちが慌ててオードリーに駆け寄り、オードリーの両腕を掴んで引いた。その反動で、オードリーの頭からフードが外れる。
オードリーは慌てて目を瞑り顔を背けたが、2人の魔法使いが息を呑むのがわかった。
あぁ、見られたのね……
「レオンさん、これって……」
ブラッドリーの驚いた声が聞こえる。この後の反応が怖く、オードリーが目を開けられずにいると、オードリーの肩に優しく手が置かれた。
「話したいことがある。大事なことだ。これから薬屋に行っても構わないだろうか」
先程までとは異なる優しい口調にオードリーは驚いたものの、逃げられないこともわかっているため、力なく頷いた。
「では、掴まっていろ。ブラッドリー、薬屋に行くぞ」
「了解っす」
その次の瞬間、一瞬浮遊感を感じた後、オードリーはレオンとブラッドリーと共に薬屋の店内に立っていた。驚いて目を瞬かせているオードリーの前で、魔法を使ったのであろう、部屋の蝋燭に次々と火が灯っていった。