理想
レオンが苦しそうに吐き出す言葉を、オードリーは呆然と聞いていた。魔法使いは「神の祝福を与えられた者」だ。彼らは稀有な存在で、誰もが羨望の眼差しで彼らを見る。私も魔力を持って生まれたかった、と。それが世間の常識だった。だからこそ、魔力を持っていることを誇りこそすれ、疎んでいる者がいるとは想像だにしていなかった。レオンの告白はオードリーに大きな衝撃をもたらした。
黙り込んだレオンに掛ける言葉が見つからず、オードリーは視線を彷徨わせた。どのような返答が正しいのか全くわからない。魔法使いについて知らないオードリーがどのような言葉を返しても、レオンを不快にさせるのではと不安になり、余計に言葉を失う。話そうと口を開いては、声を出せずにすぐに閉じ、と繰り返していると、レオンは目を細めて笑みを作り、オードリーを見た。
「すまない。困らせてしまったな。今の言葉は忘れてくれ。こんなこと、普段は口が裂けても言えないからな」
その笑顔は、オードリーの為に無理して作っているものだと、すぐに分かった。レオンはいつも、オードリーが傷つかないよう気を配ってくれる。今だって、オードリーが反応に困っていたから、オードリーに気を遣わせないように笑っているのだ。レオンの一方的な優しさに、オードリーは目頭が熱くなる。今、この人に苦しみを1人で抱え込ませているのはオードリーなのだと断言できる。なんて優しい人だろうと、そして自分はなんて酷い人だろうと、そう思わずにはいられなかった。
オードリーから離れていく手を、オードリーはパシッと勢いよく掴む。レオンは体を強張らせ、目を見開いてオードリーを見た。その顔からは作り笑いが消えていた。
「ごめんなさい。違うんです。困ったんじゃないんです。レオンさんの欲しい言葉を言えないんじゃないかって、不安になったんです。私の言葉でレオンさんに嫌な思いをさせたらって思うと、怖くなったんです。だから、レオンさんが悪いんじゃないんです。私に自信がないだけなんです。驚きはしましたけれど、思っていることを伝えてくれて、嬉しかったです」
オードリーは必死に自分の気持ちをレオンに伝えようとするも、どうにも上手く言葉にできない。レオンの腕をしっかりと掴んだまま、泣きそうになりながらレオンに言葉をぶつける。レオンは何度も瞬きを繰り返した後に、体の力を抜き、思わずと言った様子で口角を上げてクックッと笑った。
「わかった、わかった。……すまない。余りの必死な様子に、つい……」
オードリーはほっとして息をつくと、そっと腕から手を離した。しかし、レオンの笑いは何故か止まらない。笑われることが恥ずかしくなり口をとがらせると、レオンは微笑みを浮かべ、まるで愛しい者を見るようにオードリーを見つめた。その表情に、オードリーの胸が高鳴る。その鼓動にあわせうっすらと赤らむ頬に気づかれないよう、オードリーはレオンから視線を逸らして早口で言葉を並べた。
「それなら、いいんです。えっと、魔力を持った人は特別で、凄い人だというのが、世間での見方ですよね。私も街の人たちがそう話すのを聞いていたので、それが普通なのだと思っていました。だから、魔法使いの気持ちを考えたことがなくて……。正直なところ、レオンさんの考えに驚きました。でも、そうですよね。私は、自分の瞳を疎んでいます。色が変わらなければ普通に生活できたのに、と。これに似てるのかな、なんて思います。私の瞳は何の役にも立たないので、見当違いも甚だしいかもしれませんけれど。……それで、ですね。もし私で役に立てるのであればレオンさんの好きにして頂いて構わないといいますか……」
オードリーの右手がくいっと引かれ、ぽすんとレオンの胸にぶつかった。オードリーは突然のことに驚き、体を強張らせる。そんなオードリーを気にすることなく、レオンはオードリーの背中に手を回し、そっと抱きしめた。
「ありがとう」
レオンはそれだけ呟くと、オードリーの頭に頬を寄せた。何に対しての『ありがとう』なのかオードリーにはわからなかったが、レオンの温もりに安心感を覚え、ふっと体の力を抜く。オードリーの変化に気づいたようで、レオンはオードリーを抱きしめる腕に力を込めた。オードリーは頬を紅潮させながら、静かにレオンの胸に身を預けた。




