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柘榴石の瞳  作者: 美都
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感情

「話も聞けたんで、私たちは戻ります。2人が帰る前には絶対に呼んでくださいね。いいですか、絶対ですよ」


 ヴィンスの「休憩」という言葉を合図に、オードリーたちの前に座っていた精霊たちは立ち上がり始めた。近くにいた1人がヴィンスに念押しをすると、皆楽しそうに話しながら部屋を出ていく。彼らはオードリーの話に満足したようだった。


 部屋が静かになると、レナードが1人ぽつんと壁際に座っていた。


 机の上には3人分の紅茶が用意された。勧められるまま、オードリーはそっとカップを手に取る。その芳しい香りを吸い込むと、少し心が落ち着いた。ふうと息を吐きだし、静かに口をつける。


「おいしい……」


 オードリーは小さく呟き、口元をゆるめた。そんなオードリーを見てレオンは安心したようにふっと笑うと、オードリーから体を離し、自身もカップに手を伸ばした。


 あ……


 消えた温もりに、オードリーは急に寂しさを覚えた。紅茶に口をつけるレオンをちらりと見やる。


 離れちゃった……


 レオンの横顔を盗み見ながら、そう心の中で呟く。そして気持ちを切り替えるようにもう一度小さく息を吐くと、レオンから視線を逸らし、再びカップを口に運んだ。しかし、口につける直前に手が止まる。


 自分は今何を考えていたのだろうか。レオンと離れたことを残念に思わなかっただろうか。離れたくない、と思わなかっただろうか。オードリーは自身が無意識に抱いた感情に驚き、その言葉の意味を理解するとともに羞恥で頬が紅潮した。


 そもそも、男性と密着していたことがおかしいのよ。なのに、離れたくないと思うなんて……


 家族を除き男性と、否、それ以前に女性とですら触れ合うことの少なかったオードリーにとって、それを恋情と呼ぶことはできなかったが、自分はレオンを心から信頼しているのだということをオードリーに自覚させた。


「オードリー、どうしたんだ?」


 レオンが顔を赤らめて固まっているオードリーを心配そうにのぞき込む。オードリーは慌てて笑みをつくり何でもないと告げると、気を紛らわせるように紅茶を口に含んだ。


 レオンは不思議そうにしていたが、オードリーが追及して欲しくないと思っていることを感じたようで、それ以上何も言わなかった。


 紅茶のカップを見つめて離さないオードリーの隣で、レオンは机にカップを置きながら、あの、と声を上げた。


「オードリーのご両親が実行されたと仰った先程の魔法で、精霊の特徴をもった人間を完全に人間に変えることはできますか?」


 真剣な面持ちで尋ねるレオンに、ヴィンスは静かに首を横に振った。


「前例がないので、わからないとしか言いようがありませんの。……オードリーを変えてしまうおつもりか?」


 ヴィンスの言葉にオードリーは慌てて顔を上げ、レオンを見た。レオンは微笑んでオードリーを見返す。


「オードリーが是と言うならば」


 オードリーははっと息を呑むと、目を真ん丸に開いた。


「何を言っているんですか? そんなことしたら、魔力がなくなっちゃうんですよ?」

「構わない」

「構います!」

「そうしたら、日が暮れても君は外出できるようになるだろう?」


 優し気な瞳でオードリーを見つめるレオンにオードリーは居ても立っても居られず、ガタンと音を立てて勢いよく立ち上がった。うっかり手に持っていた紅茶をこぼしそうになり、慌てて机の上に置く。そしてすっとレオンに近づいた。レオンはオードリーの勢いに面食らったような顔をしている。


「……私の為に犠牲になろうというのですか? 私はそんなこと望んでいません! レオンさんはずっと魔法使いとして生きてきたじゃありませんか。学校にも通い、大変崇高なお仕事をされています。それに、言っていたじゃないですか! 今の、第三研究室のお仕事が、お好きだと! 私なんかのためにレオンさんを犠牲にして欲しくはありません!」


 半ば叫ぶように必死に言葉を紡ぐオードリーに、レオンはやはり柔らかい笑みを向けた。レオンは静かに立ち上がると、そっとオードリーの肩に手をのせる。


「違うんだ。確かに今の仕事は好きだが、俺は魔法使いでなかったらと思いながら生きてきた。そもそも、俺にとって魔力は過剰な力なんだ」


 訳が分からないと言った風にオードリーが眉間に皺をよせる。レオンは右手でオードリーの眉間を優しく擦ると、悲しげな笑みを浮かべた。


「魔力があるから、魔法使いとして生きるしかない。魔力があるから、国に監視される。そう感じているんだ。もし魔力がなければ、と昔から何度も考えた。そうすれば、自分の好きなように生きられたのではないか、と。考えても仕方がないとわかっていながら、ずっと魔力を持たない人たちに憧れていたんだ。だから、これは俺の我儘だ。オードリーを利用すれば、魔力を消せるかもしれない。そう考えてしまったんだ」

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