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柘榴石の瞳  作者: 美都
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フレドリック

「長老、フレドリックです。お話があって参りました」


 ヴィンスが口を開く前に、扉の外から焦ったような声が聞こえてきた。訪ねてきたのは、今ヴィンスの目の前に座る男と同じ、フレドリックの名を持つ村の精霊だった。フレドリックと話している時にフレドリックがやってくる。なんという偶然かと、ヴィンスは可笑しくなった。


 しかし、普段のフレドリックは、扉を乱暴に叩いたり、ヴィンスが『どちら様かの?』と尋ねる前に声を出したりしない。首を傾げながら、ヴィンスは穏やかな声で返事をした。


「おお、フレドリックか。そんなに慌ててどうしたんじゃ。珍しい。しかしな、すまんが来客中での。また後で来てはくれんかね?」

「ええ、ええ、そのことを承知で参りました。どうしても、そのお客人にお会いしたいのです。入れてはいただけませんか」


 フレドリックは、静かな男だった。どんな時でも落ち着いていて、微笑みを浮かべている。こうやって何かを必死に乞うなど今まで1度たりとてありはしなかった。ヴィンスは驚きながらも、何かあるに違いないと、フレッドに一言断りを入れてから席を立つ。


 扉をあけると、そこにはフレドリックが緊張した面持ちで立っていた。それはヴィンスが見たことのない表情だった。


「何事じゃ。兎に角、入りなさい」


 ヴィンスはフレドリックを部屋に招き入れると、フレドリックに椅子を勧めた。しかし、フレドリックは扉から1歩入ったところで止まり、動く気配がない。ヴィンスが怪訝な顔でフレドリックを見ると、フレドリックはフレッドを見つめ、呆然と立ち尽くしていた。


「あぁ、そんな……」


 あぁ、あぁ、とばかり呟いているフレドリックに、その部屋の誰もが訝し気に眉を顰めた。


「あぁ、アラベラ……僕らの息子は、もうこんなにも大きくなったのか……」


 その言葉に、ヴィンスとレナード、バーバラははっと息を呑んだ。そう言われたフレッドは、1人きょとんとした顔でフレドリックを見ている。


 ヴィンスは放心状態のフレドリックに近づき、その肩を掴んで真正面から顔を覗き込むと、フレドリックの注意を自分に向けた。


「フレドリック、説明してくれるね?」


 ヴィンスが強い口調でフレドリックに問いかける。その言葉でフレドリックは状況に気づきハッと息を呑むと、小さく謝罪の言葉を口にしながら静かに席に着いた。



 フレドリックがアラベラ・レイナーに出会ったのは、27年前、フレドリックが魔法で髪と瞳の色を変え、人間の住む王都の街に遊びに行ったときのことだ。偶々入った小さな食事処で、給仕係として働いていたのがアラベラだった。肩で切りそろえた茶色の髪は彼女の動きに合わせてふんわりと動き、クリクリとした丸い大きな目はエメラルドのように輝いている。楽しそうに仕事をこなすその明るい笑顔に、フレドリックは一瞬で惹きつけられた。


 人間と精霊では種族が違う。生きる時間も違えば、住む世界も違う。抱いてはいけない感情であるのはわかっていた。しかし、それからフレドリックは頻繁にその店に足を運ぶようになっていった。


 すっかり常連になった頃には、アラベラとも名前で呼び合うまでになっていた。それは他の客たちからお似合いだと冷やかされる程で、フレドリック自身、アラベラからも好意を持たれていると感じていた。しかし、自分が精霊であるということが引っかかり、デートに誘うこともできずにいた。


 ある日、いつもの様に食事処に行くと、アラベラの様子がおかしかった。いつもと同じ笑みを浮かべているように見えるが、少し顔色が悪い。


「アラベラ、大丈夫? 体調が悪いんじゃないのかい?」


 心配して声をかけると、アラベラは驚いたような顔をしてフレドリックを見た。


「どうして?」

「顔色が良くないよ。休んだ方がいい」


 その話を聞いていた女将さんが、慌ててアラベラの元へやってくる。そして額に手を当てると、驚いたような声を上げた。


「アラベラ、熱があるじゃないか。全く、無理して……。今日は帰ってしっかり休みな」


 そう言って、アラベラが腰に付けたエプロンを取ると、アラベラをそっとフレドリックの方へと押した。


「フレドリックさん、悪いがアラベラを送ってやって頂戴な」


 フレドリックは承諾すると、アラベラの肩を支えて店を出た。


「フレドリック、ごめんなさいね。送らせてしまって」

「気にしないで。1人で帰るって言われた方が心配だよ」


 申し訳なさそうにフレドリックを見上げるアラベラに、フレドリックは優しく微笑んだ。ありがとう、とアラベラは呟くと、フレドリックにそっと身を預ける。


 アラベラの家に近づいた時だった。


「ねぇ、フレドリック。私の気持ち、気づいてるんでしょう?」


 その言葉に、フレドリックは思わず足を止めた。しかし、何と返したらよいのかわからない。


「ねぇ、どうして何も言ってくれないの? お店にだって、私に会いに来てくれるんだって思ってた。それは、私の自惚れ?」

「……僕には、大きな秘密があるんだ」

「それは、私が一緒に抱えちゃ駄目なの?」


 アラベラは目に涙を浮かべながら、フレドリックを見上げた。


 潮時かな

 フレドリックはそう感じ、諦めと共に静かに口を開いた。


「もし、僕が御伽噺に出てくる狼男だって言ったら、どうする?」

「気にしない。貴方が人間じゃなくても、気にしない。だって、私はフレドリックを愛しているもの」


『はぐらかさないで』『馬鹿にしているの?』そう言った言葉が返ってくると思っていたフレドリックは、驚いたような顔でアラベラを見た。アラベラの表情は真剣そのものだった。


「でも、貴方は狼男ではないわ。満月の夜も新月の夜も変わらず店にやってくる。別の何か、でしょう?」


 フレドリックの驚きように、アラベラはしてやったりと言わんばかりににっこりと笑った。


「貴方の負けよ」


 フレドリックはふーっと長く息を吐くと、観念したように笑みを浮かべた。


「アラベラ、君には負けたよ。僕は君を愛している。僕の話を聞いてくれるかい?」


 アラベラは頷くと、自身の家にフレドリックを招き入れた。


 アラベラに秘密を打ち明けてから半年が経ったころ、アラベラのお腹の中に小さな命が宿った。2人は喜び、フレドリックは愛しい我が子の役に立つよう、魔力を授けた。この子が生まれたら、3人だけで式を挙げよう、と幸せを思い描いていた。


 しかし、その時間は息子が生まれた直後に儚く散った。息子の命と引き換えに、アラベラがこの世を去ったのだ。フレドリックは王都と精霊の村を行き来する生活をしており、王都に常にいることはできなかった。しかし、息子は精霊の村へ行くことができない。フレドリックは仕方なく、息子を孤児院に預けることにした。いつかまた会えるよう、自身と同じ名をつけて。

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