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柘榴石の瞳  作者: 美都
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対応

「あの時は、本当に驚いての。レナードとバーバラが私の家に見知らぬ青年を連れてきたのじゃ。しかも、あのお転婆なバーバラがお淑やかに振舞っておっての」


 ヴィンスが声を上げて笑うと、レナードは「笑えねぇよ」とぼそりと呟いた。


「母は、お転婆だったんですか?」


 驚いてそう尋ねると、ヴィンスは優しい顔つきで頷いた。


「バーバラはそれはもうお転婆での、その辺の木に登って自分で果物をもいだり、友達を泣かした男を投げ飛ばしたり、落ち着きのない子じゃった。でもの、裁縫が上手くて家庭的、それに村一番の美人であった。ひっそりあの子に憧れていた男どもも多かったのぅ」


 ヴィンスは思い出したようにクックッと笑う。そして、気を取り直すようにコホンと1つ咳払いをすると、話を続けた。


「どちらさんか、と尋ねると、フレッドはそれはそれは丁寧に挨拶をしてきての」


 ヴィンスは過去を懐かしむように目を細めて微笑んだ。



「フレッドさん、あの森に入り込んだらしいの。この村の血を引いているに違いないわ。長老、お願いよ。追い出すなんて言わないわよね?」


 バーバラの必死な様子にヴィンスは大層驚いた。バーバラがこうやって何かを願ってくるのは初めてのことであった。


 森に入ってこれた時点で、精霊の血を引いている可能性は高い。しかし、茶髪に緑の瞳と精霊の容姿を持たないフレッドを、バーバラのように盲目的に信じることはヴィンスにはできなかった。かと言って、もし精霊の血を引いていた場合、また迷い込むかもしれないと考えると、このまま追い返すのも得策とは思えない。


 この時は、バーバラの態度もヴィンスには理解できておらず、わからない事だらけであった。


 どうしたものかと考えていると、フレッドがにっこりと笑って提案を持ちかけてきた。


「状況はよくわかっていないのですが、この村はなんだか特殊なようですね。皆さん魔法使いですが、何かの任務で集まっているというよりは、普通に生活しているだけのように見えます。どうでしょう。皆さんの事情についてお話いただけませんか? 勿論、戻って国に報告することはないと誓います。何だったら誓約書を作成してもいい」


 フレッドの言葉に、ヴィンスは目を見張った。人間の魔法使いの誓約書には、魔力が組み込まれると聞く。誓いを破った場合には、自動的に制裁が加えられるのだ。そのため、滅多に作成することはない。それをへらへらと笑いながら申し出たのだ。驚かない訳がない。


 ヴィンスは眉間に皺を寄せ、ゆっくりと問うた。


「危険な行為だと、思わないのかの? どうして我々を信じられる?」

「私は直感を大事にしていましてね、皆さんが悪い人だと思えないのですよ」


 フレッドはにこやかに笑ってそう断言すると、ちらりとバーバラに視線を投げた。その瞳は優しく、ヴィンスはフレッドの意図を理解した。


 バーバラに惚れたんじゃの


 ヴィンスは想像していなかった状況に、脱力した。まだ疑惑が消えた訳ではないが、バーバラの見た目に釣られる者がいることはよくあることだった。フレッドは直ぐにヴィンスの方に視線を戻すと、あっけらかんとした様子で話を続けた。


「それにですね、私は薬学にしか興味がなくて。大声では言えませんが、国がどうなろうと知ったこっちゃないんですよ。あ、でも戦争なんてことになると、戦場につれていかれるか。それは嫌だな」


 困った困ったと、自分の提案に真剣に悩み始めたフレッドに、ヴィンスは気が抜け思わず噴き出した。


「確かに戦争には行きたくないのぉ。こちらは戦争を起こす気はない。そちらさんが戦争を起こさなければ良い話じゃ。とりあえず、いくつか質問に答えてくれるかの? それから考えさせてくれんか?」

「ええ、勿論です。何でも聞いてください。国の機密も知りませんしね。それに、嘘をついているかどうかは、わかりますよね?」


 フレッドはそう言って茶目っ気たっぷりに笑う。そして、嬉しそうな顔をしてバーバラを見た。バーバラも頬を赤らめ、微笑み返す。


 ああ、2人ともなのじゃの


 ヴィンスはやっと、状況を正確に理解できた気がした。ヴィンスはゴホンと1つ咳払いをすると、3人に席に着くよう促した。


「ご両親はご健在かの?」

「いいえ、父の顔も母の顔も知りません。孤児院で育ちました」

「……そうか。では、ご両親のことを誰かに聞いたことは?」

「それもありませんね。興味もないですし」

「そ、そうか……」


 爽やかな笑顔で言い切るフレッドに、ヴィンスの方が申し訳ないような気分になってくる。


「出身は?」

「マイカ王国の王都です」

「魔力は強そうじゃが、周りと比べてどうじゃ?」

「うーん、確かに強いとは言われますね」


 こういった事態は今までになかったことであり、何を聞いたらよいのかも、ヴィンスにはわからない。とりあえず、手掛かりになりそうなことを尋ねているだけだった。しかし、その回答からは特に得られるものがない。


 腕を組み頭を捻ってヴィンスが悩んでいると、扉をゴンゴンゴンと力強く叩く音がした。

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