理由
精霊について話している間、ヴィンスがレオンに何か問いかけることはなく、レオンはレオンで特に口を挟むことはなかった。ただ淡々と話は進んだ。
ヴィンスが一通り話し終えると、レオンは一言も発することなく難しい顔をして考え込んだ。ヴィンスは穏やかな面持ちで、レオンの反応を見守っている。
オードリーにはレオンが何を考えているのかわからなかった。ヴィンスの話を信じたようには見えないが、何かと葛藤しているようにも思える。何か声をかけようかとも思ったものの、レオンの真剣な様子にそれも躊躇われた。加えて、オードリーには適切な言葉も思いつかなかった。
オードリーはなんだか落ち着かずヴィンスとレオンをちらちらと見比べていた。レオンは暫く俯いていたものの、静かに顔を上げオードリーの方を向いた。最初は躊躇いを見せていたが、ふぅと息を吐くと意を決したように口を開いた。
「オードリー、君は彼の言葉を本当に信じているのか? それは、何故だ?」
レオンが躊躇した気持ちが、オードリーには理解できた。レオンはオードリーに対していつも優しい。何故レオンは信じてくれないのか、とオードリーがショックを受けるのではないかと、不安だったのだろう。このレオンの気遣いが、オードリーにはとても嬉しかった。
オードリーはレオンに大丈夫だと伝えるように微笑むと、机の上に手を伸ばした。そして、そこに置かれている写真の中から1枚を手に取りレオンに差し出した。
レオンは少しホッとしたような顔でオードリーを見ていたが、写真を不思議そうに受け取った。
「この写真に写っているのは、私の父です」
オードリーの言葉に、視線を写真に向けていたレオンは頭を勢いよく上げ、驚いたような顔でオードリーを見つめた。
「間違いないのか?」
「はい。これが別人なら、あまりに似過ぎています。そんな偶然は考え難いです」
「それもそうだが……」
オードリーはもう1枚写真を手に取り、レオンに手渡す。
「そしてこちらの写真には、レオンさんをここに連れてきたレナードさんが一緒に写っています。私の父を知っていることは、間違いありません。真ん中の女性は、私の母だそうです。これは確認する術がありませんけれど……。この写真の中では、2人とも幸せそうに笑っているんです。だから、私はヴィンスさんの話を信じたいのです」
そう言ってオードリーがレオンに笑いかけると、レオンは困惑したような顔をして、そうか、とだけ呟いた。
「……それに、ヴィンスさんの話が真実であれば……私の瞳や薬のこと、レナードさんを呼び出してしまったことの理由にもなりますよね? 勿論、帰って第三研究室の皆さんに納得してもらえるとは到底思えませんけれど……」
「そう……だな。確かに、あの文言をミラー室長とアビーも口にしていたが、何も起こらなかったしな」
レオンはオードリーに同意すると、はぁと1つため息をついた。そして先程より幾分柔らかい表情でヴィンスを見る。
「やはり、すんなりと信じられる話ではありません。どれも証明しようがない。しかし、これだけの魔法使いが国に見つからずに生活できていることも、普通ではありえません。とりあえず、貴方方が精霊ということで話を進めさせていただきます」
レオンの言葉にヴィンスは楽しそうに笑った。張り詰めていた空気もその一瞬で大分和らいだように感じ、オードリーは思わずふぅと息を吐いた。
「確かに、証明は難しいですな。ええ、ええ、それで良いのです。私はお2人と話をしたいだけです。では、オードリーの両親の話をしても良いですかな?」
「ええ。お願いします。私もその話は興味があります」
お父さんとお母さんの、昔の話……
ヴィンスの言葉に、オードリーの鼓動は速くなった。オードリーは前のめりになりながら真剣な面持ちで頷く。その様子を見てヴィンスは目を細め笑うと、静かに昔話を始めた。




