初めから
「まずは新たなお客人に説明が必要じゃの。すみませんな。レナードの奴が無理矢理つれてきてしもうたようで。私はヴィンス。この村の長老です」
ヴィンスはレオンに向かって申し訳なさそうに微笑むと、柔らかい口調でそう挨拶をした。対して、レオンは固い表情でヴィンスを見やる。レオンの心中を慮ってか、ヴィンスはオードリーの時の様に手を差し出す事をしなかった。
「いえ、オードリーの元に連れてきて頂き有難いです。……私は……レオンと申します」
言葉とは裏腹に、その口調からは微塵も感謝を感じられなかった。レオンは名前を教えることにも躊躇いを見せたが、既に『レオン』とオードリーに呼ばれていたこともあり、ファーストネームだけを名乗った。警戒心を隠すこともせず見定めるようにヴィンスを見つめるレオンに、ヴィンスは優し気に笑うとうんうんと頷いた。
「警戒されるのも尤もじゃ。いや寧ろ、正しい反応じゃの。レナードとは違ってよくできた青年じゃ」
穏やかな口調でそう言うと、今度はオードリーの方を向いて嬉しそうに微笑んだ。
「オードリー、大切にされておるの。安心しましたぞ」
安心……?
ヴィンスの言葉にオードリーは目をぱちくりとさせた。今さっき会ったばかりの人に、安心されるという状況がどうにも不思議でならなかった。ヴィンスはオードリーの様子にほっほっと笑う。
「フレッドとバーバラの娘じゃからの。私にとってはオードリーも家族同然じゃよ。だからの、こうやって大切にされていることが分かって嬉しいのじゃ」
オードリーは『家族』という言葉に心が揺さぶられた。父親しかしらない世界で生きてきたのだ。フレッドが死んでから、そう呼べる者は誰もいなかった。ヴィンスがそう思っていることに、そう言って愛おしそうにオードリーに笑顔を向けてくれることに、オードリーは心が温かくなった。
ヴィンスに言葉を返そうとオードリーが口を開きかけた時、オードリーが言葉を発するよりも先にレオンが食い気味に声を上げた。
「オードリーの両親をご存知なんですか?」
レオンは眉間に皺をよせ、訳が分からないといった風にヴィンスとオードリーを交互に見る。先ほどまでの警戒はやや解かれており、それよりも困惑している様子が伺えた。
「ああ、勿論じゃ。オードリーの母親はこの村に住んでいた精霊、父親は精霊と人間の間に生まれた子での。レオン、お前さんも誰の子かはわからぬが、精霊の血を引く者じゃ。その髪と瞳が証じゃよ」
レオンは信じられないとばかりに顔を顰めたが、目の前に座る自身と同じ色を持つものたちが目に入り言葉を失った。確かに、レオンは今までに一度たりともこの色を持つ者と出会ったことはない。それなのに今目の前にいる者全員が同じ色を持っていた。勿論、ヴィンスの言葉を鵜呑みにすることはできないが、否定もできない話だった。
レオンはため息を吐くと、オードリーの方をそっと見やった。その顔には不安が入り混じっており、オードリーは心配になる。オードリーは優しく笑みを作ると、大丈夫という様にレオンに向かって頷いた。レオンも少し笑って頷くと、何かを決心したように神妙な面持ちでヴィンスの方を向いた。
「俄かには信じがたい話です。ただ、精霊という言葉さえ最近知ったもので、否定できる知識を持ち合わせていません。それに……オードリーが貴方の話を信じています。この事を私は無視できません。とりあえず、貴方達について話を聞かせてください」
ヴィンスはレオンの視線に真っ向から向き合うと、真剣な表情で頷いた。
「勿論じゃ。だが、オードリーには同じ話を聞かせることになるの。申し訳ないが、オードリー、ちょっと待っていてくだされ」
そしてヴィンスはオードリーに話した内容を最初から語り始めた。




