警戒
レオンはオードリーを自身の背後に隠し、レナードと対峙した。この部屋でオードリーを見つけた時、レオンの目はオードリーだけしか入っていなかった。今になって、この部屋にいる誰もが魔力を持っており、彼らが魔法使いの集団であることに気づく。レオンは周囲への警戒を怠った自分に情けなくなりながらも、どう切り抜けようかと思考を巡らした。
マイカ王国ではここ数十年戦争が起こっておらず、平和そのものであった。研究職についているレオンには当たり前のことだが戦闘経験がなく、この人数を相手にできるのかと不安がよぎる。
身体に緊張を感じながらも周囲を見渡した時、部屋の中に集まる村人たちの風貌が目に入り、レオンは思わず息を呑んだ。ここでやっと、彼らは皆レオンと同じ髪と瞳を持っていることに気がついた。
全員が同じ色だと?
レオンは警戒を続けながらも、動揺を隠しきれずにいた。そんなレオンを見てレナードは肩をすくめると、仕方ないなといった様子で両手を上にあげた。
「とりあえず、話を聞いてくれ。この通り武器も持っていないし、魔法も使わないと約束しよう。まあ、それは証明しようがないがな。ここにいる誰もがお前たちに害をなそうなんざ微塵も思っていない。オードリーと話をしたいだけだ。オードリーからも何とか言ってくれ」
オードリーははっと我に返ると、レオンの纏うローブの裾をつんつんと引っ張った。
「本当です。皆さんとは話していただけです。レナードさんも、話が済めば研究所に帰してくれると言っていました」
レオンは複雑そうに顔を顰めると、オードリーを見つめた。
「ここは一体どこなんだ? 彼らは一体……? 魔法使いが住む村なんて聞いたことがない」
「精霊の村だそうです。それよりも、レオンさんはどうしてここに? もしかして、机の上に置きっぱなしにしていた本の呪文を口にしました?」
レオンはオードリーの言葉に目を丸くした。
「やっぱり……。レナードさんから何も聞いていませんか?」
「そいつをここに連れてきたはいいが、警戒して話が進まないものでな。『なぜ黒髪なんだ』『なぜ赤い瞳なんだ』『なぜ魔力を持っている』とぎゃーぎゃーうるさいしな。呼び出されたのがオードリーの時と同じ部屋だったから、知り合いだろうと思って『オードリーのところに案内する。お前1人じゃたどり着けないぞ。兎に角黙ってついてこい』と脅して引っ張ってきた。だから面倒で何にも説明していない」
あっけらかんと言い放つレナードに、隣で座って様子を見ていたヴィンスが怒鳴り声を上げた。
「レナード! お前というやつは、また同じことを繰り返しよって! 説明くらいしておけ馬鹿者!」
腹の底から出したような声量に、レオンは驚いた表情でヴィンスを見た。ヴィンスは一転して穏やかな笑みを浮かべると、立ち上がり静かにレオンに向かって頭を下げた。
「精霊の村へようこそお出でくださいましたの。貴方もまた我々の血を受け継いでいるようじゃ。しかも魔力まで」
レオンは訳がわからないとばかりにオードリーを見たが、オードリーも困ったように笑うことしかできなかった。オードリー自身狐につままれたような気分であるし、彼らの話を信じる気になったのも今しがたのことだ。
ヴィンスはパンパンと手を叩くと、アンガスに向かって椅子を用意するよう指示を出した。すぐにオードリーを真ん中にヴィンスと反対側に椅子が置かれ、有無を言わさぬ笑顔でヴィンスが着席を促す。
「何かあれば俺の後ろにいるんだ。いいね」
レオンはオードリーの耳元で囁くと、周囲に警戒しながらゆっくりと椅子に腰かける。オードリーは思わずこくりと頷くと、大丈夫と言う様にレオンに笑いかけた。