瞳
ヴィンスの言葉に、オードリーは自身の現状を理解し顔を強張らせた。掌の上に浮かんでいるとは言え火が部屋中に灯っているのだ。昼間に試したことはないが、瞳の色が変わるに決まっている。オードリーたちの前に座っている精霊たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。
見られてしまった。
咄嗟にそう思いどうしようと焦ったオードリーだったが、すぐにヴィンスの言葉を思い出した。驚いてはいたものの、精霊の血を引いていると言わなかったか。オードリーは深く息を吐くと、真剣な表情でヴィンスを見つめた。
「赤い瞳は精霊しか持たないのですか?」
ヴィンスは親し気な笑みを浮かべて掌から火を消し、精霊たちに向かって手を上げた。すると皆静かになり、一斉に掌から火を消し去る。一瞬で薄暗くなった室内でオードリーがちらりと精霊たちの方を見ると、彼らはなんだか嬉しそうな顔をしていた。
「黒い髪、赤い瞳、魔力の3つは基本的に精霊の特徴での」
精霊たちが何故喜んでいるのかがわからず、オードリーが目を瞬かせていると、ヴィンスが静かに話し始めた。
「魔力は精霊の気まぐれで人間に与えることもあるけれども、髪と瞳は精霊の血を受け継ぐ者しかあり得ない。例え魔力がなかろうとも、赤い瞳を持つ者には精霊の理が適用される。オードリー、レナードとはどうやって会ったのじゃ?」
オードリーはどうしてレナードが部屋に現れたのか、結局のところ理解できていなかった。何もわからないまま、レナードによってこの村に連れてこられたのだ。何と言おうかと少し悩んでから、オードリーが口を開こうとしたとき、部屋の隅からレナードの声がした。
「そいつが友呼びの呪文を使ったんだよ」
レナードはよっこいしょと立ち上がってすたすたとヴィンスの元に歩いてくると、ヴィンスの座る椅子の背もたれに手を置いた。不貞腐れていた先ほどまでとは異なり真剣な面持ちをしている。オードリーがレナードを見ると、レナードは「俺が話す」と言ってヴィンスに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「本に乗っていた友呼びの呪文を口に出しただけだそうだ。その本を確認したが、丁度俺の名前になっていて、両親に関わりのあった俺が呼ばれたようだ。さっき赤い瞳を見るまでは、例外でも生まれたかと思っていたがな。もう1つ、オードリーは『月を浮かべた泉の水』で薬を作るそうだ。それもどうやら、人間から調査対象にされるような薬を作るらしい」
レナードの言葉を黙って聞いていたヴィンスは、レナードが話し終えると穏やかな笑みを浮かべてオードリーの方を向いた。
「やはり、精霊の理が適用されておるようじゃの。レナードの話は、精霊に当てはめると何らおかしなことではない。オードリー、レナードの話に間違いはあるかの?」
「いいえ、ありません」
オードリーは訳が分からないままに首を横に振る。
「あの、精霊の理とは?」
「精霊の能力、とでも言うかの。仲間同士であれば遠く離れていても呼び出すことができるのもそれじゃ。フレッドは赤い瞳を持っていなかったから、『月を浮かべた泉の水』で薬を作ったとしてもただの人間の薬となるけれども、オードリーが同じように作れば精霊の薬となる。これも精霊の理じゃの」
「そう……ですか……」
ヴィンスは1人納得したようにうんうんと頷いているが、オードリーは素直に信じることができなかった。本当だとしても、結局何も解決しないのだ。精霊と人間の混血で魔力を持たないオードリーは、この村で生活をすることもできないだろう。研究所に戻った後に、皆に何と話せばよいのか。
その時、オードリーの頭の中にレオンの顔が浮かんだ。彼は黒い髪に赤い瞳を持つ。先ほど、『髪と瞳は精霊の血を受け継ぐ者しかあり得ない』とヴィンスは言わなかっただろうか。オードリー中で心臓が早鐘のように鳴り響いた。
もしかして、レオンさんも私と同じ……?
訳のわからない状況に置かれどうしたらよいのかわからなかったはずなのに、レオンと同じであればいいのにという期待が心の中を支配する。逸る気持ちを抑え、オードリーは静かに口を開いた。
「あの、黒い髪に赤い瞳を持つのは、本当に、本当に精霊の血を受け継ぐ者だけなんですか?」
「そうじゃ。魔力を持つ人間の多くは、精霊が気に入った人間の子供じゃ。精霊が人間と子を成すことは滅多にない。だから黒い髪や赤い瞳を持つ者はそうそういないだろうが、持っていれば間違いなく精霊の血が流れている」
レオンさんも、私と同じ……!
オードリーがそう確信した時、ヴィンスの前にしゃがんでいたレナードが、わっと叫んで姿を消した。




