集会所
「ほうほう、言われてみれば確かに目元がバーバラそっくりじゃの」
「横顔は若い頃のバーバラのようだわ」
「髪と瞳の色はフレッドから受け継いだんだね」
集会所と呼ばれた小さな家で、オードリーは入口から一番奥に置かれた椅子に座らされ、精霊たちに囲まれていた。年老いた者は白髪が混じってはいるものの、皆黒い髪と赤い瞳を持っており、和気藹々と楽しそうにオードリーの周りに押し寄せている。オードリーにとってそれは初めて見る光景で、なんだか圧迫感を感じ緊張していた。オードリーの頭の中ではいくつもの疑問が渦巻いているにもかかわらず、何も言葉が出てこない。皆が好き勝手に話しているのを無理矢理笑みを作って対応してはいたものの、限界を感じてレナードに助けてとそっと目で合図を送った。
「お前ら一旦落ち着けよ」
オードリーの意図することを理解したレナードが面倒くさそうに精霊たちに声をかけたが、誰も聞きやしなかった。レナードはオードリーに向かって諦めろと言わんばかりに大げさに肩をすくめると、部屋の隅に移動して壁に背中を預け息をついた。喧騒を無視することに決めたようだ。オードリーは思わずため息をつきそうになるのをこらえ、とにかく笑顔でいることでその場を凌ごうとした。
「お前たち、そのくらいにしてやりなされ」
室内は騒々しいのに、何故かその声ははっきりと通った。落ち着いた老人男性の少し嗄れた声であったが、それには凛とした響きがあった。その声に、騒いでいた精霊たちはピタリと口を閉ざすと、入口からオードリーの前まで左右に避けて道を開けた。そして入口の方をじっと見ている。
偉い方がいらっしゃったに違いないわ……
精霊たちの様子を見てオードリーが慌てて立ち上がり入口を見ると、そこには白髪にふさふさとした白髭をこしらえた老人が杖をついて立っていた。髪色こそ黒ではないが、その瞳はワインのように深い赤をしている。その横には、50くらいの白髪雑じりの男性が老人を支えるようにして立っていた。
「お、長老、やっとお出ましか」
誰も何も言わない中、レナードが何でもない風に彼らに声をかけた。レナードの長老という言葉に、オードリーは更に緊張して背筋を伸ばした。レナードが2人に軽い足取りで近づくと、長老は俊敏な動きで杖を振り上げごつんとレナードの頭を叩いた。レナードは油断していたようでその攻撃を避けることができず、いてっと叫ぶと頭を抱えてしゃがみ込んだ。そして長老に対して悪態をつきながら、低い声で唸っている。
他の精霊たちは黙ってその様子を眺めていたが、レナードが悶絶している様子を見て、何人かの若い男性が堪えきれずに吹き出した。
「この馬鹿者が。お前がお嬢さんを連れてきたと聞いておるぞ。何で放っているのじゃ。いきなり連れてこられた上にあんなに大勢に囲まれて可哀そうに。困っておるだろうが。全く、嘆かわしいぞ。ほれ、そこで笑っとるお前らも同罪じゃ」
笑っていた男性たちからもうめき声が聞こえ始めた。オードリーからはよくわからなかったが、長老が何か魔法を使ったのだろうと推察できる。
「まぁ、お掛けなさい。おい、レナードわしにも椅子を寄越せ」
そのやり取りが終わったのを見計らいオードリーが長老の元へ行こうとしたが、長老が穏やかに笑って静かにオードリーを制した。そして杖をついているとは思えない速さでオードリーの元へとやってきた。長老はまぁまぁ、とオードリーの肩を押して椅子に座らせると、自身もレナードによってオードリーの隣に並ぶように置かれた椅子に腰かける。すると瞬く間に道は精霊たちで埋まり、皆オードリーたちと向かい合う形で地べたに座り込んだ。レナードは部屋の壁際で不貞腐れたような顔をして座っている。
「村の者たちが、というよりレナードが失礼をしたね。……私はヴィンス。この村の長老ですぞ」
ヴィンスが『レナードが』というところを強調して言うと、レナードが舌打ちをしながらヴィンスを睨みつけた。ヴィンスはそれを見てしたり顔でふんっと鼻で笑ったが、すぐに好々爺然とした笑みをオードリーに向けて挨拶をする。
「初めまして。オードリー・クロムウェルです」
オードリーがヴィンスに差し出された手をそっと握ると、ヴィンスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「フレッドとバーバラの娘だそうだの」
「そのことなんですが、本当に父と母をご存じなのですか?確かに父はフレッド、母はバーバラです。しかし、皆さんのお話を両親から聞いたことがないのです……」
オードリーの言葉を聞いた途端、ヴィンスは怖い顔をしてレナードを睨みつけた。
「おい、レナード! お前はここに連れてきただけなのか! 何も話していないなんて何を考えとる!」
ヴィンスは右手に持っていた杖を勢いよくレナードに投げた。それはまっすぐにレナードに向かって飛んでいくと、スコンっと見事に頭に当たってレナードを横向きに突き倒した。




