失踪
強大な未登録の魔力を魔法研究所で感知した
各自所属場所にて万全の体制で待機せよ
レオンとブラッドリーが閲覧室で資料を読んでいた時、急に外が騒がしくなった。何事かと顔を上げると、慌てた様子で閲覧室の管理者が緊急命令が出されたと伝えに来た。不穏な情報にレオンとブラッドリーは顔を見合わせると、資料の片付けを管理者に任せて足早に閲覧室を後にした。
魔力は1人1人異なり、生まれた時に国に登録される。理由は解明されていないが、母体から生まれ出た瞬間に魔力の放出が始まり、それを国が感知するのだ。そして魔力持ちは希少なことから、基本的に国外に出ることを許されていない。他国から入ってくるのは王族や高位貴族の警護の時くらいで、その時も相手国に事前に通達することが通例となっている。戦争が起きた場合、そんなことは関係なくなるが。
結果として、未登録の魔力が唐突に感知されるのは赤子が生まれた時だけとなる。しかし研究所内で今日出産が、なんてことがある訳もない。普通に考えるとかなり不自然な情報だった。
研究所内は人が右往左往しており、皆大慌てで持ち場に戻っていた。レオンとブラッドリーは人の波をぬうようにして第三研究室へとたどり着いた。
思い切り扉を開け中に入ると、他の面々が深刻な面持ちで静かに座っていた。部屋の中には緊張感が漂っている。
「室長、何があったんですか?」
息を切らしながらレオンが問いかけると、グレイスは目を瞑って静かに首を横に振った。
「私にもわからないわ。研究所内で未登録の魔力が感知されたそうなんだけど、一瞬だったから位置の特定に時間がかかっているみたい」
「一瞬なんて、そんなことある訳が……」
「ええ、そうね。魔力を消すことなんてできないはずよ。その者が侵入した直後に死んだというのならあり得るけれど。でも、それなら不審者が死んでいると情報が出てくるはずよ。とりあえず今できることは、調査部隊の報告を待つことだけ。研究所内だから、最悪私たちが戦闘に参加することも覚悟しておきなさい」
レオンはグレイスの答えに眉を顰めると、自分の椅子に腰かけた。そして誰にという訳でもなく、ぼそりと尋ねた。
「過去にこんなことってあったんですかね」
「ないな。あったら対策をしているだろう」
「ですよね」
モーリスが律儀にレオンの言葉に返事をした。しかしそこで会話は途切れ、相変わらず重苦しい空気が流れている。その緊張感に耐えられなくなったのか、レオンの隣に座っていたブラッドリーがやけに明るい口調で話し始めた。
「それでも、あれっすよね。なんかもっとこう、個別にすぐに連絡を送れる、みたいな道具の開発を進めるべきっすよね。いちいち使いを送って伝達すると時間かかるっすよ。それに、王城内での転移魔法の禁止も辛いっす。研究所に戻るときだけでも、使えませんかねぇ」
皆緊張からブラッドリーの言葉を聞き流していたが、グレイスだけがクスリと笑うとブラッドリーに優しく声をかけた。
「そうね。道具の開発は第五に要請してもいいかもね。こんな緊急事態がなければ、特に何も感じないんだけど。でも転移はねぇ。確かに今は不便だけど、管理が難しいわね。とりあえず、ブラッドリーはソファに座りなさい。皆余裕がないみたいだから、私が話を聞いてあげるわ」
普段はグレイスを恐れているブラッドリーも、天の助けとばかりにグレイスの言葉に従った。しかしブラッドリーがソファに腰かけ口を開いた瞬間、研究室の扉が思い切り叩かれた。ピタリ、とそこに居た全員の動きが止まる。
「魔法取締局です。報告があって参りました。すぐに扉を開けてください」
最初に動けるようになったのはグレイスだった。グレイスは慌ててソファから立ち上がると、扉を開ける。そこには4人の魔法使いが立っていた。その後ろには兵士たちの姿もある。魔法使いの1人が研究室内をのぞき込んでから、問い詰めるような声音で言った。
「私は調査班リーダーのチャド・マクティアです。魔力が感知されたのは、第三のお客人の部屋からでした。そのお客人は今どこに?」
その言葉に、全員の顔に驚愕の色が浮かんだ。皆立ち上がり、扉の前に立つグレイスの元へと集まる。その様子を、まるで第三研究室が悪いとでも言いたげにチャドは睨みつけていた。グレイスも一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに対人用の本心を隠した笑みを作る。
「彼女は自室にいますわ。彼女は人間です。魔力はありませんし、私たちに心当たりはございません。彼女の所へ行くのでしょう?私たちも一緒に行きますわ。構いませんね?」
チャドは不服そうに眉を寄せたが、グレイスの言葉に肯定すると踵を返し、魔法使いと兵士を引き連れて走り出した。第三研究室の面々もそれに続く。
オードリーの部屋の前にたどり着くと、チャドはゴンゴンゴンゴンっと無遠慮に扉を叩きつけた。オードリーが犯人だと決めつけているような仕草に、側で見ていたレオンは静かに怒りを覚えた。チャドが何かを言う前にと、レオンは扉に向かって大きな声を出した。
「オードリー、中にいるのか。無事なのか」
チャドはチッと舌打ちすると、再度何か言おうと口を開いた。その時だった。室内から再度膨大な魔力が流れ出た。魔法使いたちは皆警戒態勢に入る。
「おい、マスターキーを寄越せ」
チャドは隣の魔法使いの手から鍵を奪うと、鍵穴に差し込んで勢いよく回した。そしてバンっと扉を開けると、バタバタと中に入っていく。
室内には誰もいなかった。ダイニングの机の上には本が積まれ、その中の1冊はまるで今まで読んでいたかのように開かれたまま置かれていた。オードリーが大切にしていた薬学書が、部屋主がいない今もそっと本棚に立てかけられていた。




