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柘榴石の瞳  作者: 美都
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精霊たちの村

 どうしたのか、とオードリーがレナードに尋ねようとした時、廊下からバタバタと複数人の走る音が聞こえてきた。それらはオードリーの部屋に着実に近づいているようだった。そしてその、足音はオードリーの部屋の前で一斉に止まった。何だろうとオードリーが扉の方を向くと、ゴンゴンゴンゴンっと部屋の扉が思い切り叩かれた。


「オードリー、中にいるのか。無事なのか」


 レオンの切羽詰まったような声が聞こえ、オードリーは急いで扉を開けようと立ち上がった。しかし、レナードも立ち上がってオードリーの手首を掴むと、もう一方の手でオードリーの口を押さえた。


「しっ黙って。……俺の魔力に気づかれたようだ。お前に呼び出されてすぐに魔力が漏れぬようにしたのだがな。お前がここにいる限りもう会えないだろう。悪いが、お前を連れていく」


 オードリーは驚いてレナードの手を振り払おうとしたが、次の瞬間には静かな森の中に立っていた。さわやかな風が吹いており、ざわざわと揺れる木々の隙間からは淡い光が漏れている。王国内をいろいろと旅してきたオードリーですら見たことないほどの、穏やかで不思議な雰囲気の森だった。レナードはオードリーからぱっと手を離すと、申し訳なさそうな顔でオードリーを見つめた。


「すまないな。どうしてもお前と話がしたかったんだ。話が終われば帰してやる」


 オードリーはいきなりの事態に戸惑いを隠せなかったが、1人ではどうすることもできないため、黙って頷いた。


「こっちだ」


 レナードは木々の間にある平坦な小道に入っていき、オードリーもその後ろに続いた。ここはどこか、両親を知っているのか、など聞きたいことは山のようにあったが、話しかけられる雰囲気ではなかった。5分程歩くと、小さな村についた。白い外壁に橙色の屋根の小さな家が立ち並び、その壁が光を反射してきらきらと光っている。村の中は、大人たちが畑で農作業をしていたり、小さな子供が走り回って遊んでいたりと大層賑わっていた。オードリーが生きてきた場所と異なるのは、街並みもさることながらその誰もが黒い髪を持っていることだった。


「やあ、レナード、お帰り。どこへ行っていたんだい?」

「ああ、ちょっとな」


 近くで農作業をしていた40歳くらいの恰幅の良い女性がにこやかな笑顔でレナードに話しかけてきた。帽子を被っているものの、わずかに見える髪は漆黒だった。離れている時は気が付かなかったが、その瞳は黒みがかった赤い色をしている。女性はレナードの後ろにいるオードリーに気が付くと、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔でオードリーに話しかけてきた。


「おや、人間のお嬢さんは久しぶりに見るよ。あたしはカーラ。よろしくね」


 そう言って、カーラは片手を差し出した。レナードとは異なる、人間に対して友好的な態度にオードリーは困惑しつつも、名乗ってからおずおずとその手をとる。カーラは満足げに笑うと、オードリーの心を読んだかのように楽しそうに話し始めた。


「精霊は皆人間が大好きさ。レナードも昔はそうだったんだけど、色々あってね。あまりいい態度を取っていないんだろう? こいつは」


 カーラは少し怒ったような表情でレナードの肩をバシバシと叩く。レナードは不機嫌そうに顔を顰めながらも、逃げることなく叩かれている。完全に主導権を握られている様子に、オードリーは思わずくすりと笑った。


「そうそう。そうやって笑っている方がいいよ。どうしてオードリーがここに来たのかは知らないけどね、オードリーのような清らかな心を持った人間は大歓迎さ」

「清らかな心、ですか?」

「ここは精霊の住む村でね、清らかな心を持つ人間しか入ってこれないのさ」


 カーラはオードリーに微笑むと、今度は真面目な顔をしてレナードに詰め寄った。


「で、なんでオードリーを連れてきたんだい?お前はここ20年人間の世界には足を踏み入れていないじゃないか。あの森に迷い込んでいたとかかい?」

「そうだった。オードリーは、フレッドとバーバラの娘なんだよ! うっかりオードリーが友呼びの呪文を口にしたことで、俺が呼ばれたんだ!」


 レナードははっとした表情になり、興奮気味にまくしたてた。その言葉に、カーラも愕然とした表情になると、オードリーの顔をじーっと眺めた。そして何かを思い出したように懐かしそうに微笑むと、そっとオードリーの頬に手を当てた。


「ああ、言われてみれば確かに目元はバーバラに似ているような。口元はフレッドかねぇ。おっとこうしちゃいられない。皆を集会所に集めてくるよ。お前たちは先にお行き」


 カーラはすぐにオードリーから手を離すと、レナードの返事も聞かずにバタバタと家の立ち並ぶ方向へと走っていった。呆気にとられた様子でレナードはでその後ろ姿に向かってぼそりと返事をし、オードリーはただただ呆然と見送ることしかできなかった。

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