質問
「さて、オードリー・クロムウェル。話をしようじゃないか」
オードリーの涙が止まり呼吸も落ち着いてきた頃、レナードは不愛想な顔をしてオードリーに声をかけた。オードリーはまだ混乱した頭で静かに頷き、椅子を持って来てレナードと向かい合うように腰かけた。
「いくつか質問に答えろ。まず、ここはどこだ」
オードリーは何と答えるべきか少し考え、恐る恐る口を開いた。
「マイカ王国王都にある魔法の研究所です。ここはその寮にある私に与えられた部屋です」
「マイカか……。って魔法だと? お前には魔力がないだろう。なぜこんなところにいる」
レナードは一瞬懐かしそうに目を細めたが、すぐに訝し気に顔を顰めた。その迫力のある表情に押され、オードリーはおどおどと返事をする。
「それは、そうなんですけど……。えっと、私の作る薬の件で……その……調査と監視のために連れてこられました」
この自称精霊の男にどこまで話してよいのか、オードリーにはわからなかった。しかし、レナードの雰囲気に気圧され、何も言わないという選択肢も選べなかった。目を逸らして俯くオードリーにレナードは軽く鼻で笑うと、興味を失ったように続けた。
「まあいいだろう。で、何でそんな本を読んでいるんだ。今の人間たちは精霊なんかこれっぽっちも信じていないだろう」
「えっと……その……私の薬に関係することなので、話していいかどうか……。ちょっと相談してきますっ」
グレイスたちに相談しようと、オードリーは勢いよく立ち上がった。このどうしたら良いかわからない状況も、彼らに話した方が解決するだろう。この場から立ち去りたいという気持ちもあり、オードリーは早くこの部屋から出ようと扉に向かって歩き始めた。しかし、一歩踏み出した途端に、レナードが怖い顔をしてオードリーの腕を力強く掴んだ。
「やめろ。俺は人間と会う気はない。今が例外なだけだ」
腕に走る痛みにオードリーは顔を顰めながら、必死になって頷く。レナードはオードリーの顔を見てぱっと手を離すと、きまりが悪そうな顔になった。
「すまない。力を入れすぎた」
「いえ、大丈夫です」
オードリーは掴まれた部分を優しく擦りながら、再度椅子に腰かけた。
「悪いが、俺はもう人間と会わないと決めている。とりあえずお前が答えられる範囲で答えてくれ」
レナードはオードリーを真剣な眼差しで見つめた。それには有無を言わさぬような圧迫感があり、オードリーはおずおずと頷いた。レナードはよしと1つ頷くと、ふいっと視線を逸らして机の上の先ほどまでオードリーが読んでいた本を見た。
「お前が読んでいたのは、人間の童話か。何故こんなものを読んでいるんだ。かなり年季の入った本の様だが」
「……『精霊たちは月を浮かべた泉の水しか口にしない』という文を探していたのです」
「何故そんな文を?」
話しても良いのだろうか、とオードリーは返事をすること躊躇った。レナードはオードリーを一瞥すると、不機嫌そうな顔で机に肘をついた。
「言えないなら言えないと言ったらどうだ。黙られるのは気分が悪い」
オードリーはびくりと体を震わせると、ぎゅっと目を瞑った。この人が本当に精霊なのかはわからないし、研究室の面々以外に話してよいのかもわからない。ただ、オードリーが泣くと困っていたり、強く掴んだ腕を気にしていたりと、悪い人ではないような気がしていた。
この人に話すと何かが変わる気がする。
なんとなくではあるが、オードリーはそう感じた。その直感を信じようと、オードリーは覚悟を決めた。心の中でグレイスたちに向かってごめんなさいと呟き、静かに目を開いて真剣な面持ちでレナードを見つめた。
「私の作る薬も、『月を浮かべた泉の水』を使うのです。それでこの童話を思い出した方がいて、読んでみたくなったのです」
おどおどしていたオードリーの様子がめっきりと変わったことに、レナードは驚いたようだった。ぽかんと口を開けてオードリーを見ていたが、すぐに元の険しそうな表情に戻って眉をひそめた。
「人間は薬を作るのに『月を浮かべた泉の水』を使うのか?」
「わかりません。ただ、私はこのやり方しか知りません。精霊は本当に『月を浮かべた泉の水』しか口にしないのですか?」
「あ、ああ。そうだな。だからもちろん薬を作るのにも『月を浮かべた泉の水』を使う」
堂々と会話をするオードリーにレナードは若干動揺しているようであった。オードリーはそれを気にすることなく、レナードの言葉に驚いてさらに質問を返した。
「精霊も、薬を使うのですか?」
「使うぞ。精霊はかなり長生きだが、病気にはあまり魔法を使わないんだ。人間同様、使いすぎると効かなくなる」
「精霊は長生きなのですか?」
「ああ……って、お前が質問するのでなく、俺の質問に答えろ」
立ち位置が逆転していたことに、動揺から立ち直ったのかレナードがやっと気づいた。オードリーは小さく謝ると、視線で先を促した。レナードは相変わらず不機嫌そうな顔で質問を続ける。
「薬については誰に教わった」
「父親です」
「名前は?」
「フレッド・クロムウェルです」
その名を聞いた途端、レナードは驚きの表情を浮かべた。目を見開いてオードリーの顔をじーっと見つめる。
「……フレッド・クロムウェル……もしかして母親の名はバーバラか?」
その言葉に、今度はオードリーがはっと目を見開いた。
「え、ええ。その通りです。両親を知っているのですか?」
「なんてことだ」
レナードは質問をしたくせに、オードリーの答えを聞いていないようだった。オードリーの質問には答えずに、呆然とオードリーを見つめている。そして「そうか」と一言呟くと、何かを懐かしむような表情へと変わっていった。オードリーはまたもや状況についていけなくなり、困った様子でレナードを見つめた。




